洋11-109

「灼熱の魂」
    

                    2011(平成23)年11月8日鑑賞<GAGA試写室>

監督・脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作(戯曲):ワジディ・ムアワッド
ナワル・マルワン/ルブナ・アザバル
ジャンヌ・マルワン(双子の姉)/メリッサ・デゾルモー=プーラン
シモン・マルワン(双子の弟)/マキシム・ゴーデット
ジャン・ルベル(公証人)/レミー・ジラール
アブ・タレク(若い拷問人)/アブデル・ガフール・エラージズ
ノタリ・マッダード(現地協力者)/アレン・アルトマン
シャムセディン(イスラム系武装勢力のリーダー)/モハメド・マジュド
ファーヒーム(監獄で働いていた老人)/ナビル・サワラ
マイカ(元看護婦)/バヤ・ベラル
2010年・カナダ、フランス映画・131分
配給/アルバトロス・フィルム

<「あれ」も良かったが、「これ」はもっとすごい!>
 第83回アカデミー賞の外国語映画賞はデンマークの女性監督・スサンネ・ピアの『未来を生きる君たちへ』(10年)が受賞した。それに敗れたものの、最終的な5本のノミネート作の1本がカナダ代表作品とされた本作。本作はカナダのアカデミー賞たるジニー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞など8部門を受賞したというし、『灼熱の魂』という邦題もすごい。さらに、プレスシートによると本作はワジディ・ムアワッドの戯曲を映画にしたもので、そのテーマは中東の「某国」を舞台として展開される、民族や宗派間の抗争、社会と人間の不寛容がもたらす血塗られた歴史を背景に、その理不尽な暴力の渦の中にのみ込まれていったヒロインの魂の旅らしい。こりゃ必見!そう思って試写室に行ったが、①「双子」、②「ナワル」、③「ダレシュ」、④「デレッサ」、⑤「クファリアット」、⑥「サルワン、ジャナーン」、⑦「ニハド」、⑧「シャムセディン」という8つの章の中で展開される2時間11分のストーリーは、まさに灼熱の魂。こりゃすごい。
 2001年に起きた9・11世界同時多発テロから10年後の今の、「報復と許しを」をテーマとして描いた『未来を生きる君たちへ』の問題提起もさすがだったが(『シネマルーム27』177頁参照)、カナダに住むジャンヌ・マルワン(メリッサ・デゾルモー=プーラン)とシモン・マルワン(マキシム・ゴーデット)という双子の姉弟が、カナダで死亡した母親ナワル・マルワン(ルブナ・アザバル)のルーツをたどっていくと、中東の某国で、こんな灼熱の魂の叫びがあったとは!

<ヒロインは私と同じ年代だが、その生きザマは強烈!>
 冒頭の章「双子」では、ナワルがプールサイドで原因不明の放心状態に陥り、入院後しばらくして息絶えてしまう姿から始まる。そして、公証人ジャン・ルベル(レミー・ジラール)から、ナワルの奇妙な遺言を聞かされた双子の姉弟ジャンヌとシモンが母親のルーツを訪ねる旅に出発するストーリーが描かれる。いくら公証人が作成した遺言に強い法的効力が認められているとはいえ、死んだはずの父親を捜し出し、その父親に宛てて書かれた手紙を渡せとは一体ナニ!?さらに、兄弟は自分たち双子だけと信じ込んでいたのに、もう1人いたという兄を捜し出し、その兄宛てに書かれた手紙を渡せとは、これまた一体ナニ!?
 長年ルベルの秘書として働いていた母親ナワルは世間に背を向けるように生きてきたばかりか、全く子供に心を開かなかったから、特に弟のシモンにとってそんな母親はイカレた存在だった。したがって、シモンにとっては通常の埋葬まで不要と指定した遺言は、母親のイカレぶりを示すだけのものだったから、「せめて葬儀くらい普通の方法で」と提案。ところが、姉のジャンヌはそれをたしなめ、若き日の母親の写真1枚を頼りに、双子が中東にある母親の祖国を訪れる旅に出発する決意を。
 そして次の「ナワル」では、中東某国南部の村デルオムでキリスト教系の家庭で生まれたナワルが20代始め頃、異教徒である難民の青年ワハブと恋に落ち、はからずも彼との子を授かる姿と、そのためにワハブが殺され、ナワルも一族の名を汚したとして村から追放される姿が描かれる。出産したばかりの男の子の赤ちゃんを祖母に取り上げられたナワルは、別れ際に「いつか必ず捜しに来るわ。約束する。私の坊や」と誓ったが、こんなストーリー展開をみていると、本作のヒロインであるナワルは1949年生まれの私とほぼ同年代であることが明らかになる。私もかなり激動の人生を送ってきたと思っているが、ナワルの生きザマはそんな私の人生とは比べものにならない強烈なものであることが以後のストーリーから明らかに・・・。

<宗教対立のすごさは、ここまで!>
 第3章「ダレシュ」では、1974年に都会に住む叔父宅に身を寄せたナワルが、フランス語を学ぶという本来の目的から逸脱して(?)学生運動に身を投じる姿や封鎖される大学の姿が描かれる。ここらあたりは1960年代後半の私が学生運動をしていた当時の日本と同じだが、中東ではキリスト教徒とイスラム教徒との本格的な内戦まで勃発するから大変だ。そんな中でナワルは封鎖された大学に見切りをつけ、故郷に残した息子を捜し出すため南部に向かったが、息子が預けられたはずの孤児院はイスラム系武装勢力の襲撃によって無惨な姿になっており、孤児たちはデレッサという町の難民キャンプに連れていかれたらしい。そこで、ナワルは十字架のネックレスをはずしてイスラム教徒を装ってバスに乗り込みデレッサに向かったが、そのバスはキリスト教系武装勢力によって一斉射撃を受けたうえ、ガソリンをまかれて火を放たれたからさあ大変。かろうじて「私はキリスト教徒よ!」と叫びながら十字架をふりかざしたナワルだけは何とか災難を免れたが、バスに乗っていたイスラム教徒たちはすべてアウト。
 日本人にはこんな激しい宗教対立は理解できないが、なるほど、中東におけるキリスト教徒とイスラム教徒の宗教対立はこんなにすごい・・・。

<第4章「デレッサ」とは?>
 第4章の「デレッサ」は地名。ナワルが何とかたどりついたデレッサもあたり一面焼け野原と化していたため、もはや息子と出会うことはできないと絶望したナワルはここで生きる意味を失い、イスラム系武装勢力のテロリストを志願することに。
 ナワルはなぜこのように「急転換」することになったのかの説明が弱いところが本作唯一の難点だが、そこでナワルに与えられた任務は、フランス語がしゃべれることを利用して、ある有力なキリスト教右派の指導者の子供のフランス語の家庭教師として家に入り込み、その指導者を暗殺すること。ある日見事にその任務を達成したナワルだったが、そこで自分も自殺しなかったため、ナワルは南部のクファリアット監獄に送られ、15年間にも渡る拷問を含む過酷な刑罰を受けることに。

<第5章「クファリアット」では?>
 ナワルはどんな体罰を受けてもそれに屈せず、いつも歌を歌っていたため「歌う女」と呼ばれていたらしい。第5章「クファリアット」では母の消息を尋ねて、クファリアット監獄の跡地にたどり着いたジャンヌの質問に対して、かつて監獄で働いていたファヒーム(ナビル・サワラ)という老人が答える形でクファリアット監獄内のナワルの姿が描かれるが、そりゃ壮絶なものだ。さらにファヒームの話では、ナワルの精神力のあまりの強さにしびれを切らした看守たちは、冷酷非情な拷問人アブ・タレク(アブデル・ガフール・エラージズ)を送り込んだらしいが、そのアブ・タレクがナワルに対してとった拷問とは?
 罪刑法定主義を定める近代的な法治国家では、刑罰はすべて法律で規定されるうえ、看守たちは厳しくその遵守が求められている。しかし中東の某国にあるクファリアット監獄でアブ・タレクがナワルに採用した拷問手法は、連日に渡る執拗なレイプ。愛を伴った結婚生活、性生活で妊娠しないことがある反面、愛など全くない、拷問としてのレイプでもそれが続くと精子と卵子が結びつくことがあるものだ。日々大きくなっていくお腹をみてナワルは自らその腹を叩き、身体をぶつけて何とか流産にしようと試みたが、結局は・・・。

<「サルワン」とは?「ジャナーン」とは?>
 弟のシモンは母親の遺言を「イカレている」と考えていたが、遺言どおりに若き日の母親の写真を頼りにカナダからはじめて中東の地に降り立ち、父捜し、兄捜しの旅に出かけた姉のジャンヌは、ダレシュ大学やデルオムの村で母の足跡をたどり、今クファリアット監獄の跡地にたどり着いていた。そこで看守のファヒームから詳しい話を聞いたジャンヌは、さらに監獄内で母の出産に立ち会ったという元看護婦のマイカから詳しい話を聞くことになったが、この話はあまりにも衝撃的なものだった。他方、ジャンヌからここまでの話を聞かされたシモンも事ここに至っては「我関せず」というわけにはいかず、母親のルーツをたどる旅に途中参加することになったが、元看護婦のマイカから2人が聞いた話はさらに衝撃的なものだった。
 第6章の「サルワン、ジャナーン」とは、元看護婦のマイカが、ジャンヌとシモンの姉弟を見ながら、懐かしげな表情で「サルワン、ジャナーン」と叫んだ言葉だが、実はこれは2人の人間の名前。すなわち、あの時拷問人アブ・タレクの子としてナワルが産み落としたのは1人ではなく、サルワンとジャナーンという双子だったのだが、その双子の姉弟とは・・・?そんなバカな!すると、ナワルの遺言にあった死んだはずの父親とは?そして、今明らかになるジャンヌとシモンの父親とは?

<「ニハド」とは?「シャムセディン」とは?>
 第7章の「ニハド」とは、1970年5月にナワルがデルオムの実家で出産し、孤児院に預けられたという男の子の名前で、正式にはニハド・ド・メ。それから約40年後の今、ニハドの消息を知る者は、孤児院を破壊した「シャムセディン」というイスラム武装勢力のリーダーだけだった。
 第8章「シャムセディン」では、ホテルから怪しげな男たちに目隠しをされて外に連れ出されたシモンが、シャムセディンから詳しくニハドの消息を聞くことになるが、シャムセディンの訓練の下で優秀な狙撃兵に育ったというニハドは、その後どんな数奇な運命を?

<あのプールサイドでは、一体ナニが?>
 本作は2時間11分の長尺だがその構成は、映画冒頭のプールサイドで亡くなった母ナワルのルーツを、ナワルの遺言に則り、双子の姉弟がたどっていく中で、ナワルの灼熱の魂の叫びを聞くというもの。ストーリー展開の大部分は、ジニー賞の主演女優賞を受賞したルブナ・アザバルが若き日の情熱的かつ行動的なナワルを印象深く演じているが、冒頭とラストのプールサイドのシーンでは彼女が老けメークの水着姿で登場する。娘のジャンヌと共にプール内で泳いでいたナワルがプールサイドにたどり着いた時、目の前に立っていた男の足のかかとに見たある印とは?ナワルは1970年に故郷デルオムで産んだ男の子とはすぐに生き別れになったが、その時ナワルの母親が痛さに泣き叫ぶ赤ん坊の足のかかとにある印を刻んだのは、将来ナワルがいつか坊やを捜しに戻ってきた時発見しやすくするためだが、まさかこんな年になってこんなところで・・・?しかも、ナワルが足にある印が刻まれた男の顔を見ると・・・?まさかそんな・・・。

<父宛て、兄宛ての手紙には一体ナニが?>
 公証人ルベルが預かった父宛の手紙と兄宛の手紙はそんなプールサイドでの事件があった後にナワルが書いたものだが、遺言どおりにするためには何としても父親と兄を捜し出すことが不可欠。しかして今、ジャンヌとシモンの父親はあの冷酷非情な拷問人で母親をレイプしまくった男アブ・タレクだと判明した。そしてまた、1970年に母が産んだジャンヌとシモンの兄ニハドにも、今シャムセディンの協力によってたどり着くことができた。そんな父と兄に対してジャンヌとシモンが手渡したナワルの手紙には、一体ナニが書かれていたの?
 これほどすごいスケールで灼熱の魂の叫びを描いた映画を私は知らない。本作鑑賞後はあまりの数奇な運命の展開にしばらく呆然とせざるをえなかったほどだ。ナワルにとって、アブ・タレクは憎しみの対象以外の何者でもないはず。しかし、若き日のナワルが実践してきたように、「目には目を、歯には歯を」「報復には報復で」という考えでは憎しみが憎しみを生むだけ。そして、報復の連鎖がくり返されるだけ。それは誰でもわかっていることだが、20代初めからおよそ60歳までこれほどの激動の人生を歩んできたナワルなればこそ、双子の姉弟に対してこんな遺言をそして父宛て、兄宛てにこんな手紙を書くことができたのだろう。最後に明かされるその手紙の文面を見て、涙しない観客はいないはずだ。
                               2011(平成23)年11月15日記