洋画03年No51

「HERO(英雄)」
                        @2003(平成15)年7月19日鑑賞<試写会>
                        A2003(平成15)年8月17日鑑賞
(張藝謀(チャン・イーモウ)監督/李連杰(ジェット・リー)/梁朝偉(トニー・レオン)/張曼玉(マギー・チャン)/章子怡(チャン・ツィイー)/陳道明(チェン・ダオミン)/甄子丹(ドニー・イェン))(配給:ワーナー・ブラザース映画)

<何回も観た予告編>
 『HERO(英雄)』は、古くは『赤いコーリャン』(1987年)、新しくは『活きる』(1994年)、『初恋のきた道』(2000年)などの名作で有名な、中国第5世代監督の1人である張藝謀(チャン・イーモウ)監督の最新作だ。そして、チャン・イーモウ監督が初めて世界にうって出た作品!CG(コンピューター・グラフィック)をふんだんに使用し、西の『マトリックス』、東の『HERO(英雄)』と称されて世界中にセンセーションを巻きおこした大作だ。
 私は何回もこの作品の予告編を観たが、そこで見せられる格闘シーンは『マトリックス』そのもの。そしてまた、何千人という秦国の弓矢部隊から発射される矢を、切っては払い、切っては払いのけるシーンなどは、ある意味でマンガ的すぎないか(?)と、多少心配していたものだ。

<『HERO(英雄)』とは?>
 この映画のタイトルとなっている『HERO(英雄)』とは、趙の国の刺客「無名(ウーミン)」(ジェット・リー)のこと。彼は、今は秦国の小さな村の官吏となっているが、彼が10年の歳月をかけてマスタ−したのは「十歩一殺」の剣。
 時代は紀元前200年。秦の国王、政(後の始皇帝)(チェン・ダオミン)は、その強大な軍事力をバックに次々と隣国の6つの国を滅ぼし、中国統一の野望を実現しようとしていた。秦王に滅ぼされ、殺された趙国の将軍の娘、飛雪(フェイシエ)(マギー・チャン)は、恋人の残剣(ツァンジェン)(トニー・レオン)と共に3年前、秦王の暗殺を狙い決行したが残念ながら失敗。残剣は、放浪の果てに、書道を通じて剣の奥義をきわめた刺客だ。
 さらに、比類なき槍の名手である長空(チャンコン)(ドニー・イェン)も秦王の暗殺を狙っていた。無名はそんな天下随一の刺客3人を討ち取った、「十歩一殺」の剣の使い手として、秦王への謁見を許された。そして、無名は秦王の質問に応じて、残剣、飛雪、長空の3人の「刺客退治」の顛末を語り始めたが・・・。

<テーマは「始皇帝暗殺」>
 始皇帝暗殺をテーマとした名作は、何といっても1998年に公開された中国映画『始皇帝暗殺』だ。これはチャン・イーモウと並ぶ第5世代監督の陳凱歌(チェン・カイコー)の作品。この映画のテーマはそのタイトル通り始皇帝暗殺。そして、これは中国の歴史書『史記・刺客列伝』に書かれている刺客「荊軻(ジン・クー)」が、始皇帝を暗殺しようとして結局は失敗するという話をベースにした映画だ。その刺客「荊軻」に扮する張豊毅(チャン・フォンイー)が見せる重厚な演技とすさまじいアクション、そして、荊軻と愛し合う趙姫(チャオ・ジー)に扮する鞏俐(コン・リー)の美しさと2人の愛がすばらしく、何度観ても飽きることのないすばらしい作品だ。
 『HERO(英雄)』のテーマは、これと全く同じ「始皇帝暗殺」だが、この『HERO(英雄)』はチェン・カイコー監督の『始皇帝暗殺』とは違う視点から、全く異質の壮大なドラマをつくりあげている。

<中国史のお勉強>
 秦の国王の政が始皇帝となったのは紀元前221年。これによって初めて中国が統一されたわけだ。すると、それまでの中国はどうだったのか?
 紀元前200年ごろといえば、日本はまだ弥生時代だが、ヨ−ロッパはロ−マ帝国の時代。次々と領土を拡大して大ロ−マ帝国の基盤を築いていた時代だ。そして中国では、秦・趙・韓・魏・燕・斉・楚の七国がそれぞれ本拠地を構えて争っていた。これらの国の配置は下図の通り。秦国の都は咸陽。今の西安(昔の長安)の少し西北の地だ。いわゆる春秋時代(BC770〜403年)・戦国時代(BC403〜221年)である。そして、秦国はこの争いの中で他の六国を滅ぼし、天下統一を成し遂げたわけだ。
 秦の始皇帝のお墓があるのは、西安市の東方30kmの田園地帯の中にある始皇帝陵。そのすぐ近くにあるのが、20世紀最大の発見ともいわれる秦の始皇帝兵馬俑坑だ。私は2001年の西安旅行でこれらをつぶさに見聞したが、そのすばらしさに息をのんだものだ(詳しくは旅行記参照  西安旅行記)。


          高校教科書「詳細世界史」山川出版社1991年版より

<女優くらべ コン・リーとマギー・チャン、そしてチャン・ツィイー>
 『始皇帝暗殺』で魅力的な趙姫を演じたのがコン・リーなら、『HERO(英雄)』で、残剣の恋人、飛雪を演ずるのはマギー・チャン。『花様年華』(2000年)や『ラヴソング』(1996年)などで魅力的な演技を見せた、丸顔で色気タップリの美人女優。秦王暗殺に向けての行動、残剣との愛、そして無名との死闘のありさまなど、無名が語る事実は本当なのか、逆に秦王が疑問を呈し、スクリーン上で描かれる別のストーリーが真実なのか・・・?この映画ではいくつかの仮説に沿って、いくつかのバリエーションの物語が展開されて興味深い。そして残剣と飛雪との愛や始皇帝暗殺の執念に絡んでくる若手の美人女優が如月(ルーユエ)(チャン・ツィイー)。如月は残剣に仕える侍女だが、残剣への恋情は強い。従って、残剣と飛雪がとった行動のバリエ−ションに応じて、如月の行動も多種多様になってくる・・・。

<中国映画と中国の歴史の重厚さ>
 私は『マトリックス』が大嫌い。CGをふんだんに駆使するのはいいとしても、あのワイヤ−を使った派手な格闘シーンは全然面白いとは思わない。だから、この『HERO(英雄)』での格闘シーンも多少心配だった。そして・・・。たしかに『HERO(英雄)』での格闘シーンも、マンガ的な面も多い。しかし、この格闘シーンを演ずる各役者の表情、衣裳、髪型、そして使用する剣や槍、さらにはそのバックとなる背景等が、近未来社会を描く『マトリックス』とは全然異なるため、CGによる「つくりモノ」のシーンにも現実的な迫力を感じることができる。
 つまり、『マトリックス』的な軽薄さよりも、中国映画と中国の歴史の重みの方が勝っているわけだ。そんなわけで、多少マンガ的なシーンもそれなりに楽しむことができた。
 ただし、中国映画が今後こういう方向に進むことに私は大反対だ、とはっきり宣言しておきたい。『始皇帝暗殺』の最初のシーンで張豊毅(チャン・フォンイー)が見せた迫力ある格闘シーンや、最後の最後の真に迫った暗殺シーンの方がワイヤ−を使った画面よりはるかに魅力的。CGやワイヤ−を多用しないで、現実的に迫力ある格闘シーンを目指してもらいたいものだ。

<特筆すべき色と衣裳の美しさ> 
 この『HERO(英雄)』で衣裳を担当したのは、世界的衣裳デザイナ−のワダエミ。彼女は黒沢明監督の『乱』(1985年)や『夢』(1989年)で、見事な色のコントラストを作り出したア−ティストだ。この作品では無名が語るスト−リ−だけではなく、それが秦王によって嘘だと見抜かれることによって描かれる別のスト−リ−が何重にも錯綜するため、頭を整理しないと分かりにくい。そこで、それを視覚的に分かりやすくしたのが、スクリ−ン上で展開される全く異なった3つのスト−リ−が赤、青、白の3つのカラ−で分類したこと。
 紀元前200年という時代の、中国の戦国時代における趙国の衣裳の魅力もさることながら、この3つの色の使い分けはすばらしい。
 さらに、飛雪と如月との女同士の決闘は、イチョウの葉が舞い散る山の中。赤い衣裳に身を包んだ2人の美女が、黄金のイチョウの葉の舞い散る中で展開する死闘は、本当に美しい。

<秦王は幸せ者・・・>
 戦国時代、秦王は天下統一のため、次々と隣国を滅ぼした。秦王暗殺のため刺客を送りこんだ趙国もその滅ぼされた国の一つだ。映画『始皇帝暗殺』では、「壮士ひとたび去ってまた還らず」とうたわれたように、荊軻は暗殺に失敗した。またかつて勝新太郎が秦の始皇帝を演じた大映映画の70mm超大作『秦・始皇帝』(1962年)では、市川雷蔵が荊軻となって始皇帝暗殺未遂事件が描かれていたが、これも史実の通り、失敗物語だ。ところが、この作品では・・・?
 実は、3年前の残剣と飛雪のコンビによる秦王暗殺も失敗ではなかった・・・?そして今回の無名も・・・?「十歩一殺」の剣をマスタ−している無名は、計算通り、秦王の10歩以内まで進んでいたのだから・・・。
 残剣は、書道を通じて剣の道を極めた、3人の中でも最も強い刺客。そんな残剣は、3年前に秦王を襲った時、なぜか最後に暗殺を中止した。その残剣が、無名の求めに応じて書いた「剣」という文字には、残剣の奥義が含まれていた。そして今回、10年間ひたすら秦王を暗殺するために「十歩一殺」の剣を磨いてきた無名に対して残剣が地面に書き残した言葉は、「天下」。その言葉の意味するものは・・・?
 秦王は暗殺されず、秦国が天下統一を成し遂げ、始皇帝が誕生したことは歴史的な事実だから、これを覆すことは不可能だが、その秦王の暗殺事件が、失敗によって「未遂」に終わったのではなく、刺客の自発的意思による「中止未遂」だった、というのは何とも大胆な仮説だ。刑法的に見ても、殺人罪の失敗による未遂と自発的意思による中止未遂とでは全く意味が異なることは当然だ。
 秦王の天下統一の夢、それは一体何だったのか?また、そのことの価値はどれほど大きいものだったのか?それを最も理解していたのは、秦王の側近や将軍たちではなく、暗殺者の刺客だったとは・・・。秦王は本当に幸せ者だ。

<第75回アカデミー賞外国語映画作品賞ノミネート>
 『HERO(英雄)』は、第75回アカデミー賞外国語映画作品賞にノミネートされたが、残念ながらドイツ映画の『名もなきアフリカの地で』が大賞を受賞した。私は7月9日『名もなきアフリカの地で』を観て、それなりに感動したが、外国語映画作品賞としては『HERO(英雄)』の方が勝っているのではないかと思う。始皇帝暗殺、という中国の伝統的なテーマに、『マトリックス』的手法を駆使して挑んだチャン・イーモウ監督に拍手!

<若者にも大人気だが・・・>
 私はこの『HERO(英雄)』を7月に試写会で観た後、劇場でも公開の翌日である8月17日の日曜日に観た。混んでると読んで、約1時間前にチケットを買おうとしたが、何とすでに満席。そこでやむをえず次回上映にずらしたが、それでもいい席はなかった。それほど超満員!
 なるほど若者が多い。そしてグループが多い。従って当然のことながら(?)、観るマナーの悪いヤツも多い。問題は映画が終わった後の反響。グループで来ているヤツらはよく喋っているからその反応が分かる。「予想していたのとだいぶ違うナ・・・」とか、「マトリックスみたいやったナァ・・・」はまだいいとして、「三国志みたいやナァ・・・」の声にはアングリ・・・。
 この映画の理解のためには、必要最低限のきちんとした歴史の勉強が必要だ。またそれを勉強することがいかに楽しいことかを、この映画を通じて知ってもらいたいものだと痛感した。大きなお世話かもしれないが・・・。
                                   2003(平成15)年8月18日記