洋画03年No47

「永遠のマリア・カラス」

                   2003(平成15)年7月11日鑑賞<ヘラルド試写室>
(フランコ・ゼフィレッリ監督/ファニー・アルダン/ジェレミー・アイアンズ/ジョーン・プローライト)(配給:ギャガ・コミュニケーションズ Gシネマグループ)

<世界の歌姫マリア・カラスの生涯>
 マリア・カラスは移民の二世として1923年ニューヨークに生まれた。そして、失意の中、
死亡したのが1977年、53歳の短い人生だった。最後となった日本の札幌での公演は死亡の3年前の1974年のことだ。クラシック・ファンやオペラ・ファンはもちろんだが、マリア・カラスの名前は世界中の音楽ファンが知っているはずだ。しかし、1974年を最後に観客の前で歌ったことはないのだから、彼女の声をLPレコードで聴くことはあっても、その肉声を聴いた人はごく少数だろう。私もクラシックレコードをたくさん持っているが、マリア・カラスのオペラ集までは持っていないし、時間をかけて聴くこともなかった。従って、マリア・カラスの生涯を描いたこの映画を私は非常に興味を持って観ることができた。

<マリア・カラスのトピックス2題>
 マリア・カラスの生涯には、面白いトピックスが2つある。ひとつは、アルゼンチンへの演奏旅行中、ミュージカル『エビータ』で知られる独裁者ペロンの妻エバ・ペロンの姿を目撃していることだ。アルゼンチンの多くの貧しい人たちから慕われたこのエビータのように、マリア・カラスは、その後、全世界の人々から注目される歌姫になったのだ。
 第2は、船舶王オナシスとの恋。マリア・カラスは、「世界でもっとも有名な2人のギリシャ人のひとり」と自負していたオナシスに招かれ、たちまちその魅力の虜となった。しかし、世界中が知っているとおり、オナシスは、故ジョン・F・ケネディ大統領の未亡人ジャクリーンに心を移し、マリア・カラスは失意の末にオナシスとの別れを余儀なくされたのだった。

<マリア・カラス生誕80周年の記念映画>
 この映画は、20世紀最高のソプラノのオペラ歌手マリア・カラスの生誕80周年を記念して作られたもの。しかし、いわゆる自叙伝ではなく、1974年11月11日の札幌厚生年金会館での日本公演を最後に、世界の人々の前から姿を消したマリア・カラスが、歌劇『カルメン』の主役として再登場するという仮定の姿を描いたものだ。
 この映画の監督・脚本は1955年以降マリア・カラスと深い親交があったフランコ・ゼフィレッリ。映画のストーリーはこうだ。失意のどん底にあり、今はひとりアパートで暮らすマリア・カラスを、かつての友人でプロモーターであるラリー(ジェレミー・アイアンズ)が訪れ、1通の企画書を手渡した。それは、マリア・カラスの全盛期の声を使って、マリア・カラス主演のオペラ映画を製作するという企画だった。「ごまかしをしろというのか!」と怒るマリア・カラス。しかし、次第にマリア・カラスは芸術への情熱を取り戻し、今までレコーディングのみで、一度も舞台で公演したことのない、歌劇『カルメン』の映画化を自ら提案するのだった。

<音楽映画の楽しさ、面白さ>
 作曲家や音楽家を主人公にした映画は数多くある。私が今でも覚えているのは、多分中学生のころに観た、ピアノの天才フランツ・リストの生涯を描いた『わが恋は終わりぬ』(1960年)。ヨーロッパの社交界のきらびやかさ、演奏会場のすばらしさ、そしてピアニスト兼作曲家であるリストが弾くピアノ曲の数々のすばらしさに圧倒されたものだ。また、先日7月6日に観て感動した中国映画の『北京ヴァイオリン』も考えてみれば音楽映画。そのテーマ曲はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲だが、この映画のサウンドトラックは、今や私の愛用のMDナンバーのひとつとなっている。これらの音楽映画は、単純にコンサートでオーケストラの演奏を聴くより、よほど楽しくて面白い。そして歌劇『カルメン』は誰もが知っているもの。私もカルメンの舞台は2度観たことがあり、すごく面白い。それがマリア・カラスの美声とマリア・カラスを演ずるファニー・アルダンの迫力ある演技で観られるのだから、楽しいことこの上ない。十分に満足できる映画だった。
                              2003(平成15)年7月14日記