[4日目]・・・11月6日(日)
                                写真4ー①~⑥

1 起床(7:00)、朝食(7:30~8:30)、チェックアウト(9:30)
 今日も例によってタップリとバイキングの朝食を食べた後、部屋を片付けてチェックアウト。今や、このホテルの日本人の女性スタッフとはしっかり顔馴染みに。

2 ホテルの喫茶室で対談(10:30~12:30)
1)その趣旨
 今回の上海旅行の目的の第1は出版の打合せ、第2は毛先生人脈との交流だが、第3の目的として旅の中での「毛VS坂和」対談の実施があった。今年の7月26日に行った「莫言VS坂和」対談に加えて、これを『名作映画には「生きるヒント」がいっぱい!』の中に取り込もうという狙いだ。そんな企画が最終日に実現した。場所はホテル1階の喫茶室。愛用のICレコーダーを前に、毛先生の質問に坂和が答えるという形で進行し、その中味は濃いものに。
2)第1部 弁護士として(10:30~11:20)
 その第1部は、弁護士坂和章平がどんな考え方で弁護士を志し、どんな活動をやってきたのかというテーマ。私は愛媛県の松山市にある中高一貫教育の男ばかりの進学校でいつも鬱積した気持を持ったまま過ごし、1967年に大阪大学法学部に入学。ここですべての「しがらみ」から開放された私は、以降学生運動にのめり込み、その中でさまざまな勉強をした。そして、大学卒業間近にして司法試験の途を知り、独学によってこれに合格。司法修習生の間に、弁護士としての私の社会的使命は公害問題にあると考え、弁護士登録後はそれを実践。その後政治・経済・社会状況の変化に対応して私の関心は環境問題から都市問題に移り、今日に至っている。毛先生の質問に対してそんな答えを約50分間展開する中で第1部の対談は終了した(写真4ー①、②)。
3)休憩(11:20~11:30)、アイパッド談義(11:30~12:15)
 ここでしばらく休憩に入ったが、そこではまた毛先生のアイパッドが大活躍。私が獲得した最大の意義ある判決は大阪阿倍野再開発訴訟での大阪高裁判決と最高裁判決だが、そんな判決をなぜ一介の弁護士が獲得することができたの?そこらあたりを毛先生のアイパッドを使って、「日本では国を相手とする訴訟は99%敗訴だが、阿倍野再開発訴訟で坂和弁護士は奇跡的に勝訴した」旨を対談の写真付きで「つぶやく」と、次々とその反響が。なるほど、2億人が使っているという中国の微博(ツイッター)の威力と毛先生の影響力はすごいものだと改めて感心(写真4ー③)。
4)第2部 映画評論家として(12:15~12:25)
 対談の第2部は、なぜ弁護士坂和章平が映画評論家をやるようになったのか?また、なぜ中国映画にこだわるのか?というテーマ。
 私は中学時代から1人で映画館に行っていた。それは一種の「現実逃避」でもあったが、実はそれによって松山という地方都市にありながら広く世界を見ることができた。つまり映画を見ることによって歴史や恋愛や人生を考え、人間の喜びや悲しみや憎しみをいろいろと実感していたわけだ。私の映画好きは弁護士の仕事が忙しくなっても続いていたが、それはせいぜい年末年始のテレビで古い映画をまとめて観る程度に制約されていた。ところが、01年にホームページを開設したことがきっかけで、50歳を超えたベテラン弁護士の視点で自由に映画評論を書く面白さを覚えると、それがやみつきになり、以降約10年間の間に『シネマルーム』を1~26巻まで出版することになった。
 中国映画をはじめて知ったのは、02年12月21日~03年2月7日の間、大阪九条のシネ・ヌーヴォで開催された「中国映画の全貌2002-3」の時。そこではじめて、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の『赤いコーリャン』(87年)や陳凱歌(チェン・カイコー)監督の『黄色い大地』(84年)などの1980年代中盤から後半に作られたたくさんの中国映画を鑑賞し、そのすばらしさに圧倒された。最近の中国映画の世界進出、ハリウッド化には若干問題があるが、引き続き注目していきたい。第2部はこんな内容となり、以上で「毛VS坂和」対談は終了。さあ、この対談が来年3月には出版されるであろう『名作映画には「生きるヒント」がいっぱい!』の中国語版にどのように活用されるのか、大いに楽しみだ。

3 「湯司令」で昼食(1:00~2:40)
1)事務所の日常生活では、私の昼食は基本的に野菜サラダと味噌汁だけ。また時間的にも新聞を読みながらの10~15分が普通だが、中国に来ると朝食をバイキングで腹いっぱい食べているにもかかわらず、昼食もしっかり食べることが多い。しかして、今日も「軽く」と言いながら、1日目に入った「今一靚湯」のすぐ近くにある大衆的なレストラン「湯司令」に入って昼食を(写真4ー④)。
2)この店も毛先生の奥さんのお薦めだが、どうも奥さんにはおいしい店を嗅ぎ分ける独特のカンがあるらしい。既にすべての任務が終わっているので、私も毛先生も気分的に楽なためか、ビールをグイグイと飲みながらいつも以上に口が軽やか。とりわけ、今朝の対談の延長のような話題になると私のしゃべる量が多くなり、日本の裁判員制度から弁護士の社会的役割論まで私の話しは縦横無尽に。もっとも、日本の弁護士法第1条では、「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」とされているが、中国でそれをやろうとすれば大変。そこらあたりは極めて微妙な論点だから、議論は難しい。
3)毛先生の奥さんが一緒だとどうしても食材の話題となる。1日目はがちょうの肉がテーマになったが、ここでは牛蛙。当初私はその名前を聞いただけで莫言の小説『蛙鳴』を思い出して拒否していたが、挑戦したところこれが極めて美味。今後やみつきになりそうだ(写真4ー⑤)。

4 ホテルに戻り(3:00)、迎えのバスで浦東空港へ(3:30~4:30)
 3時過ぎにホテルに戻ると、迎えの若い女性のガイドさんが既に来ていた。このガイドさんは毛先生のことをテレビなどでよく知っているらしく、毛先生のお迎えに来られただけで興奮していた。そのため、ホテルから空港に向かう車の中でもいろいろな質問と答えが飛び交うことに(写真4ー⑥)。

5 出国手続きを終え、待合室へ(4:30~6:15)
 旅行社は入出国の手続きに時間がかかることを考えて、「2時間前に集合」と厳命しているが、乗客が少なく手続きが順調に進めば、待合室で時間をもてあますことが多い。今回は来る時は95%くらいの乗客率だったが、帰る時は80%くらい。したがって、私たち4人がゲート前の待合室に着いたのは出発の1時間以上前だった。
 そこで、ヒマつぶしに書店に入ってみると、そこではパソコンで使う中国語の教材が一式7000円くらいで売っていた。これ一式があれば何でもできるだろうし、日本で買えば1万5000円くらいするからたしかに安い。そこで、これを買おうかどうかだいぶ迷ったが、考えてみればパソコンの前に座って勉強するのならこれはベストの教材だが、私の場合はそんな時間はないから買っても絶対使わないはず。30分以上迷った挙句、そんな結論となったが、帰国してみるとそれで正解だった。なぜなら私の中国語の勉強は、ラジオ講座を録音したICレコーダーを新幹線の中で聴いたり、ファミレスで単語や文法を覚えたりするので精一杯だから。

6 機内へ乗り込み(6:15)浦東空港(18:40発NH154便)から
            関西国際空港へ(21:40着)(日本時間22:40着)

 例によって機内食を食べながらビールとワインをたらふく飲んでいると、ひと眠りする暇もなく関西国際空港へ到着。今回も大いに意義のある上海旅行ができたことに感謝。