[3日目]・・・10月9日(火)
                                 写真@〜O

1 起床(6:30)、朝食(7:00〜7:30)ホテルのバイキング

2 タクシーでホテル(華潤飯店)から北京電影学院へ(8:30〜9:10)
 今日はいよいよ、今回の北京旅行最大の目的である北京電影学院での特別講義の日(になるはず・・・)。大きな旅行カバンの中に入れて持ってきた『SHOW−HEYシネマルーム』1〜14各1冊と『シネマルーム5』すなわち『坂和的中国電影大観』5冊をはじめ、坂和用の資料や中国映画のパンフレットなどを、昨日購入したばかりのキャリーバッグと日本から手荷物として持参したキャリー製のリュックに入れてホテルを出発。
 もちろん、この他にカメラなどの必需品があるため、昨日のようなすし詰め状態の地下鉄で行くことは到底ムリ。そのうえ、地下鉄1号線には、乗り換えのために歩くについて、エスカレーターやエレベーターがほとんどないから、重い荷物を持って歩くのはとてもムリ・・・。それに対して、北京のタクシー代はメチャ安だから、日本では到底考えられないホテルから北京電影学院前までタクシーに乗っていくという選択は容易。ただ、交通渋滞で時間がどれくらいかかるのか不安なため、かなりの余裕をもってホテルを8時半に出発した。途中、道路の結節点ではかなり混んでいたものの、それを過ぎるとわりと車は流れており、正味約40分で9時10分頃北京電影学院正門前に到着。料金は55元(約880円)。

3 北京電影学院正門前で古澤先生と待ち合わせ(10:00)
 2003年11月の北京ツアーの際に訪れ、女子学生と並んで正門前で写真を撮った、懐かしい北京電影学院にやっと到着した。古澤先生と約束していた10時までの時間待ちのため、「喫茶室はどこにあるか?」と聞いて入ると、そこは上空からの明かりをとり入れたすごく大きな喫茶室。ここでトイレに行ったり、資料を広げたりした後、再度正面玄関で写真を撮っていると、すぐ横に古澤先生が現れた。
 2007年5月27日に大阪の天三(天神橋3丁目)にある「甚六」という店でおいしいお好焼きを食べながら語り合った時以来の再会だ。喫茶室へ戻り、いくつかの情報交換をした後、とにかく美術学部の王鴻海(ワン・ホンハイ)教授の部屋に行こうということになり、私はかなりの緊張感をもちながら、古澤先生と一緒に9階の王教授の部屋に。

4 王鴻海(ワン・ホンハイ)教授の部屋で劉旭光教授を含めて打合せ
                           (10:30〜12:00)

 (1)王教授の部屋に入ると、古澤先生と懐かしそうに再会を祝していたが、その後すぐ劉旭光教授も姿を現し、王教授と同じように古澤先生との再会を祝し、その後具体的に私との打合せに入った(写真3−@)。ここで驚いたのは、劉教授は日本語が達者なこと。聞くところによれば、先生は神奈川県に数年間住んでいたとのこと・・・。
 まず、私が中国語版のA43枚のレジメを約5分間で説明したところ、王教授からビックリするような質問を受けた。それは「文化大革命をどう考えていますか?」というシビアなもの。それに対して、私は「基本的に文化大革命は問題ありと考えている。そして、それが中国映画に大きな影響を与えていることはまちがいない」と答えたところ、それに対して王教授からはさまざまな指摘が。
 それをここでいちいち紹介することは避けるが、このような質疑をはじめとして、王教授と劉教授そして私と古澤先生の間の、通訳を介した話は、次第に熱を帯びることに。そこで時計を見ると、既に正午前。あらかじめ食事の予定をしてくれていたらしく、「それでは食事に行きましょう」となり、私たちは9階から1階に下り、食堂に行くことに。

 (2)校舎を出て外を歩いていると、そこで出会ったのが、何と北京電影学院の学長である張会軍(シャン・ホンジー)教授とのこと。そこで私も名刺交換をし、一緒に記念撮影を。多少ミーハー的かもしれないが、私はもともとミーハー族と自認しているから、これもよしとしておこう・・・?(写真3−A、B

 昼食(12:00〜1:30)
 「留学生餐庁」の1階は大衆食堂風だが、2階は個室(写真3−C)。案内されたとおりの部屋に入ると、そこには大きな丸テーブルを前に既に4人の先生方が座っていた。その前に通訳を含めた私たち5人が座ると、まずは王教授が私たちを歓迎するために持参してきた日本酒の醸造酒で乾杯をした後、豪華で楽しくかつ有意義な昼食会が始まった。そこに出席してくれていたのは、馬(マー)教授、李教授ら4名の先生方。
 当初の話題は自己紹介や北京電影学院での活動状況などのお固いものが中心だったが、何度か乾杯を重ねていくうちに、お酒談義や失敗談義さらに悪者談義(?)になってきた。そして、それとともに昼食の場は次第に大きな笑い声に包まれた和気あいあいとした雰囲気に。こんな雰囲気の食事は私も大好き。しかも、ほとんど飲めない古澤先生のお酒を代わりに飲んであげたりしているうちに、私も大声で笑いながら打ち解けていくことに・・・。(写真3−D、E

6 王鴻海教授の部屋で打合せ(1:30〜2:00)
 1時間半をかけた長く楽しい昼食会が終わり、再び、王教授の部屋に戻ると、午前中に段取りの指示を受けていたらしい事務担当の人から報告があり、私の特別講義は明日10月10日の2〜4時に決まったとのこと。昼食を食べながらも、どこか心の片隅にひょっとして今回の北京ツアーでの特別講義はお流れかも、と心配していたが、この決定を聞いてひとまず安堵。明日は雍和園を中心とした観光をする予定だったが、それはいつでもできること。講義が明日の2〜4時と決まった以上、それに向けて全力を傾けなければ・・・。そのうえ、今日はこれから北京電影学院全体を見学させてもらえるらしい。こんな機会を与えてもらった古澤先生と王、劉両教授に謝謝!講義用の資料などはキャリーバッグの中に入れたまま王教授の部屋に置いてもらうこととし、これからまずはアニメ学科の見学へ。

7 アニメ学科案内(2:00〜4:00)
 日本のアニメ技術の優秀さは世界的によく知られているが、最近は中国でもアニメに力を入れてきたとのこと。そこで今日は、新しくつくられた(?)アニメ学科の入っている棟をタップリと見学させてもらうことに。これについては、最近3D(立体画像)の研究に興味をもっている古澤先生がかなり興味があるらしく、いろいろと突っ込んだ質問を。私は専門的なことは全くわからないものの、各部屋で勉強している学生や先生たちの熱心さをひしひしと感じることができた(写真3−F)。この案内は、私が張藝謀(チャン・イーモウ)監督によく似ていると表現した馬教授の案内によるもの。本当にありがとうございました。(写真3−G

8 撮影学部案内(4:00〜5:00)
 次は、俳優棟を見学(写真3−H)。入口には世界的な賞を受賞した先輩俳優たちの名前がズラリと並び圧巻。私がすぐに気づいたのは王志文(ワン・チーウェン)や趙薇(ヴィッキー・チャオ)の名前(写真3−I)。また、各期ごとの集合写真や各期ごとの舞台風景などの写真が並べられており、そこにはすぐにわかる徐静蕾(シュー・ジンレイ)や周迅(ジョウ・シュン)の顔なども(写真3−J、K)。
 具体的にどんな授業をしているのかの見学はできなかったが、雰囲気を味わうことは十分に。また、学院の中をあちこち歩いていると、たくさんの学生たちと出会う中、美男・美女、そしてスタイル抜群の学生が多いように思えたが、それは将来のスターの卵がたくさん集まっているのだから、当たり前のこと・・・?

9 古澤先生の案内でオープンスタジオ見学(5:30〜6:00)
 (1)以上で学院内の見学をすべて終え、今日1日いろいろとお世話していただいたことを感謝して、お別れすることに。学院を出た後、古澤先生の案内によってすぐ近くにある、清の時代の建物がたくさんあるオープンスタジオの見学に行ったが、ここは現在は使用されていないようで、ほとんど放置状態・・・?しかも、少しずつ暗くなってきたため、約30分の見学で終了。(写真3−L、M

 (2)なお、帰国後ガイド本を見たところ、学院のすぐ近くに北京電影游城という「映画村」があり、ここには、いろいろな施設があるそうだ。つまり、@電影大観園(『紅楼夢』の屋内セット)、A影視拍撮外景地(映画村)、B激光槍戦場(軍事娯楽施設)、C影視奥秘館(ホラー劇)など。次回は、是非ここにも行ってみなければ・・・。

 (3)ここで、明日午前11時に再び喫茶室で待ち合わせる約束をして古澤先生と別れたが、古澤先生は明日は12時から天津へ行く予定になっているため、私の講義を聴くことはできないとのことで少し残念。まあ、講義は録音するし、ビデオ撮影もするから、後日講義録を送って読んでもらうことにしよう。

10 西単(シータン)の本屋へ
 ここでまた1つヤボ用が・・・。それは、友人のために法律専門書を扱っている西単の本屋まで買いに行かなければならないこと。そこで、すぐにタクシーに乗ったが、これが大失敗。夕方の大渋滞で、西単まで何分かかるかわからないとのこと。車の中から、電話で7時半に秀水街での買い物を約束していたので急がなければならないのだが、これでは本屋に寄って本を買い、地下鉄で秀水街に向かってもかなり遅れそう。
 そこで、思い切ってタクシーの行き先を近くの地下鉄の駅に変更してもらい、地下鉄で西単へ行き、目的の本屋へ。ここでも本を選ぶのに時間がかかったので、急いでまた地下鉄に乗って秀水街へ。遅刻すること約30分で、8時にやっと秀水街に到着。

11 秀水街で買い物(8:00〜9:00)写真3−N
 (1)秀水街での買い物は、閉店時間の9時までちょうど1時間。さあ、どんな値切り交渉で、何を買ったのか、その実況中継をすればかなり面白いが、ここではそのホンの一部だけを。

 (2)まず、購入した品物とその金額は次のとおり。
 @袋もの(カバン)6個220元、Aキャリー式リュック2個200元、B袋もの(小)15個150元、Cベルト1本50元など。

 (3)各店の売り子たちの商品販売意欲は相当なもので、腕を引っ張って店の中に引き入れようとするほど。そして、こちらが少しでも興味を示すと、たちまち「これいいヨ」と薦め、「いくら?」と聞くと「○○元」と即座に答える。私の経験では、この言い値の半額ではまだ高く、半値の半値くらいがホントの相場・・・?もちろん、品物によってその違いはあるが・・・。
 キャリーバッグは既に昨日購入していたので、それ以上購入しても手荷物として持って帰れないうえ、キャリー式のリュックを2つ購入したからもう限界。ところが、1つ目についた立派な書類カバンタイプのキャリーバッグがあったので見ていると、たちまち店員に囲まれ、値段は「1980元」とのこと。「そりゃ高いワ」と言って電卓に「200元」と表示すると、1200元、800元、500元と次第に値下げしてきた。私はこれ以上買う気はなかったので、「もういらない」と言ってその店を離れようとしたが、腕を握って放してくれないまま電卓を示し、遂に200元まで値下げ。本気で買う気なら、こちらの言い値になったのだから買うべきところだが、所詮持って帰れないからと断り、やっとその店を離れることができた。しかし、これほど簡単に10分の1の値段になるとは・・・?

 (4)まとめ買いをすれば安くなるのは当然だが、それ以上に大切な買い物のコツは、こちらの言い値まで近づきながら最後の折り合いがつかない場合、「それじゃ、いらないヨ」と言って店を離れる勇気を持つこと。これはポーズだけではダメで、本当にそういう気持を持つことが大切。そうすれば、90%以上の確率で店員が追いかけてくるはず・・・。もっとも、10%はホントに交渉が決裂し、せっかく欲しかったあの品物が買えない危険も・・・。まあしかし、異国での買い物は楽しみだと割り切り、固執しないことが一番・・・。

12 夕食(9:00〜10:00)
 (1)買い物が終わると夕食だが、道路を隔てたすぐ前に、豆腐料理店の大きな看板が目に入ったためそこに入ると、そこは韓国料理店(写真3−O)。
 1つは刺激の少ない韓国風の温かいメンを注文したが、それにはキムチやナムルそして韓国風お好み焼などがついて30元。もう1つは、韓国風のうなぎどんぶりを注文すると、豆腐チゲがついて48元。ビール1本15元を含めて合計93元(約1500円)。
 こんな安くておいしい韓国料理に舌つづみを打ちながら、足ツボマッサージの店が近くにないかと店員に尋ねると、何とそのビルの地下にあるとのこと。こりゃ、今日はついてるナと思ったが・・・?

 (2)ゆっくり食事をした後、地下に下りていくと、今混んでいて1人だけしかできないとのこと。そこでいろいろ交渉したところ、20元プラスになるが11時ならホテルまで出張してくれるとのこと。「それならちょうどいいいワ」とその約束をして、タクシーに乗りホテルに戻ったが、何とその約束は無惨な結末に・・・。まあ、その詳細はここでは伏せておこう・・・。

13 ホテル(華潤飯店)着(10:15)
 足ツボマッサージをしないまま就寝