[4日目]・・・8月20日
                                     写真4-①~75 
1 美侖大飯店(パークビューホテル)で起床(5:15)、朝食(6:00~6:30)、集合(6:50)
(1)4日目は、
  ①花蓮から太魯閣(タロコ)峡谷まで行って、太魯閣(タロコ)峡谷観光の後、
  ②花蓮から台北へ列車(在来線)で移動し(2時間15分)、
  ③台北で儀仗兵の交代と故宮博物院を見学した後、
  ④バスで九份まで行って、食事と観光をし、
  ⑤また、バスで台北の六福客棧(レオフーホテル)まで戻る
  という強行軍。
(2)台北での儀仗兵の交代と故宮博物院の見学は以前の台湾旅行でも経験したが、太魯
 閣(タロコ)峡谷と九份は今回がはじめてなので、大いに楽しみだ。
(3)ホテルの部屋からの見晴らしも最高(写真4-①)。今回もいい天気だ。フロントでちょ
 っとリラックスし(写真4-②、③)、さあ出発。

2 バスで、花蓮から太魯閣(タロコ)峡谷へ(7:00~7:40)
(1)花蓮の美侖大飯店から太魯閣(タロコ)峡谷までは、右手に太平洋の美しい景色を見
 ながら海岸線に沿って走り、左側の峡谷に向かえば約40分で到着。
(2)太魯閣(タロコ)という字は何とも馴染みにくいが、太魯閣(タロコ)峡谷では切り立った
 断崖が絶景。この付近は硬質の岩盤で形成されており、この岩盤を立霧渓が侵食したこ
 とで大峡谷が誕生したらしい。

3 太魯閣(タロコ)峡谷観光(7:40~9:35)
(1)タロコ公園東西横貫公路ゲートと長春橋を見学
 ・ 太魯閣(タロコ)峡谷観光のためには中部横貫公路が不可欠だとして、その道路が作
  られた。その道路の入り口には石碑があり、「太魯閣国家公園東西横貫公路入口」の
  文字が刻まれている。この石碑は、道路開通の記念碑なのだ(写真4-④、⑤)。
 ・ 険しい太魯閣(タロコ)峡谷にトンネルの整備と道路の拡張工事がなされたことによっ
  て、今では車が自由に走れるようになっているが、ここまでするには大きな苦労があり
  、多くの犠牲者も出たらしい。
 ・ 目の前にそそり立つ大峡谷の中にある九曲洞と長春祠に向かうには、長春橋を渡る
  必要がある。これは、真っ赤に塗られた色が目立つ派手な橋だ(写真4-⑥、⑦)。
(2)九曲洞と長春祠を見学(7:40~8:20)
 ・ 太魯閣(タロコ)観光のメインが九曲洞の見学。これは、曲がりくねった素掘りのトンネ
  ルが連続する全長約2kmの遊歩道だ。外はものすごい日差しだが、トンネルの中に
  入ると、ひんやりと涼しく気持がいい(写真4-⑧~⑩)。さらに、時々は水滴が落ちてく
  る。道は滑りやすいから、雨の日にここを歩くのは危険だろう。暑い暑いと言いながらも
  、晴天に恵まれたことを感謝しなければ・・・。
 ・ 九曲洞の中には長春祠がある(写真4-⑪、⑫)。これは、東西横貫公路の建設工事
  中に亡くなった212名の人たちの霊を祀るもの。朱色の屋根が鮮やかな祠の下からは
  勢いよく湧き水が流れ出ている(写真4-⑬)。そこに足を浸している人もいたが、そり
  ゃ気持ちよさそうだった。
 ・ 長春祠の湧き水は冷たく透き通っているが、峡谷の下を流れる大きな川は石灰のた
  め灰色に濁っているから、その対比が面白い(写真4-⑭、⑮)。
(3)絵はがきとしおりを購入
  九曲洞と長春祠の見学を終え、またトイレを終えてブラブラしていると、アミ族のおばち
 ゃんが絵はがきとしおりを買ってくれと迫ってきた(写真4-⑯)。話を聞いてみると、絵
 はがきは10枚一式で150元、しおりは12片入りで120元とのこと。
  この手のものは買っても机の引き出しの中に眠るだけの運命なのだが、半分は少数民
 族のアミ族への寄付のつもりで購入。たしかに自分では写せない写真だから、「値打ちあ
 り」と考えておこう。
                  -バス移動(8:20~8:45)-

 ―坂和コラム―
 「ホントに良かったガイドさんのお話」 その7
 ―『セデック・バレ』の映画を紹介

(1)『最後の一兵』における高砂族出身の中村輝夫一等兵のお話や、3日目に行った花
 蓮のアミ族のお話を聞いて私が思い出したのが、台湾の「霧社事件」をテーマとした4時
 間36分の大作、『セデック・バレ』(11年)。これは、『海角七号/君想う、国境の南』(0
 8年)で長編デビューした台湾のウェイ・ダーション監督の作品で、日本では第1部『太陽
 旗』、第2部『虹の橋』として、2012年3月に開催された第7回「大阪アジアン映画祭」で
 上映され、大きな話題を呼んだ。「霧社事件」とは、1930年10月27日に台中州能高
 郡霧社(現在の南投県仁愛郷)で起きた、台湾原住民による日本統治時代後期におけ
 る最大規模の抗日暴動事件だ。
(2)『最後の一兵』は私も知らなかったが、『セデック・バレ』は有名だから、ガイドの王さん
 もよく知っていた。そこで、是非ツアー客の皆さんに紹介してくれと話していたところ、4
 日目の朝に王さんがその内容を紹介してくれた。
  各地の駐在所を襲ったのは、霧社セデック族マヘボ社の頭目モーナ・ルダオだが、彼
 は最後には自殺し、セデック族の暴動は鎮圧された。映画では、スクリーン上でジャン
 グルの中を駆け巡る、刺青をしたたくましい若者たちの動きが印象的だった。
(3)ちなみに、王さんの話を聞いているツアー客の反応はイマイチだったから、きっと皆さ
 ん「霧社事件」もこの映画も多分ご存知ないのだろう・・・。

4 花蓮に戻り、大理石の工場見学(8:45~9:35)
(1)花蓮は、大理石、めのう、翡翠等の産地。石之屋という台湾最大の大理石工場がある
 とのことで、それを見学(写真4-⑰)。
(2)最初は係員が詳しく大理石、めのう、翡翠の精製過程を説明してくれたので、かなり勉
 強になった。特に、建築資材用の大理石パネルの製造工程は興味深かった(写真4-
 ⑱、⑲
)。
(3)しかし、後半からは一変し、ドアを開けると売店(写真4-⑳、21)。さあ、そこからは
 大理石、めのう、翡翠の販売攻勢に・・・(写真4-22)。この手のものに全然興味のな
 い私は時間を持て余すことに。
(4)唯一、自然の川の流れの中でできた模様を生かした天然石には興味があった。これ
 は、04年6月10日~13日の中国(桂林・深せん・広州)旅行の際、桂林の桂林天然竒
 石館ではじめて見たのと同じようなもの(写真4-23)。桂林では「春夏秋冬」と名付けら
 れた、縦5センチ、横10センチほどの4枚の石を5000円で購入し、今でも自宅に飾って
 ある。そこで、ここでも値段交渉したが、ほとんどまけてくれなかったので、買うのを断念
 。
                -バスで花蓮駅へ(9:35~10:00)-

5 列車(在来線)で、花蓮から台北まで移動(10:15~12:30)
(1)まずは花蓮駅で写真撮影(写真4-24~26)。
(2)花蓮から乗った列車(在来線)は、花蓮から彰化まで行くもの(写真4-27、28)。つ
 まり、台湾の北半分を東から西へ半周することになる。したがって、私たちはその半周の
 うち、花蓮から台北までの東側半分を乗ることになる。
(3)花蓮から台北まで行く途中には、羅東、宜蘭、七堵、松山という4つの駅がある(写真
 4-29
)。七堵は、今夕に行く九份の近くだ。また、松山駅には松山空港がある。松山駅
 からは台北まですべて地下を通っており、その間の時間は約5分。
(4)昼食は焼肉弁当だった。その値段は何と80元。約300円だが結構美味しかった。缶
 ビール2本を飲み、半分眠りながらも停車駅ごとに停車時刻をチェックした。その結果は
 、10:15花蓮→11:10羅東→11:17宜蘭→12:05七堵→12:25松山(空港)→12
 :30台北着。
(5)松山駅ではスコールに遭い大いに心配したが、台北に着いた時にはやんでおり、ひと
 安心。むしろ、これによって少し涼しくなったから、ラッキー!
(6)台北駅で、また写真撮影(写真4-30~32)。
(7)台湾のタクシーはすべて黄色。バイク軍団の一部(写真4-33)。

―坂和コラム―
 「ホントに良かったガイドさんのお話」 その8
 ―台湾のタクシーの色は?バイク軍団とは?

(1)王さんの話によれば、台湾のタクシーは政府の方針によって、すべて黄色に統一され
 ているとのこと。中国では、ドイツのアウディやフォルクスワーゲンなどヨーロッパ車が多
 いが、台湾では圧倒的に日本車が強い。3日目の昨日、美侖大飯店(パークビューホテ
 ル)から街へ出るのに乗ったタクシーは日本のトヨタの「カムリ」だったが、室内は広くキ
 レイで快適だった。
(2)中国では、08年8月の北京オリンピックに向けて、タクシードライバーのマナー向上
 が徹底されたが、それまでのタクシーは、車もひどければ、マナーもひどかった。それに
 比べると、台湾のタクシーは日本と同じように上等で、ドライバーのマナーも質がいい。
(3)他方、台中、台南、高雄でも、バイクの多さが目立っていたが、王さんの話では、面積
 が狭く人口密度の高い台湾の首都・台北では「バイク軍団」と言われるほどバイクの量
 がすごいらしい。ちなみに、日本では現在ガソリン代が高騰し、レギュラーで1L当たり1
 80円くらいだが、台湾のそれは125円くらい。日本の3分の2くらいだが、給料は日本
 の半分くらいだから、相対的にガソリン代は高いことになる。日本では、軽自動車の人
 気がずっと高いが、台湾ではそれに代わるのがバイクだ。バイクには2人乗り、3人乗り
 はザラで、場合によれば4人乗ることもあるらしい。
(4)朝の通勤ラッシュにおける台北のバイク軍団の姿はそりゃ壮観だが、その分交通事
 故の数も、そしてまた、死傷者の数も多いのでは・・・。  

               ―バス移動(12:30~13:05)―

6 台北市内観光その1―忠烈祠見学(13:05~13:30)
 ・ 忠烈祠の見学と儀仗兵の交代を見学(13:05~13:30)(写真4-34~44
  台北では、忠烈祠における儀仗兵交代の観光が目玉だが、既に前回の台湾旅行でこ
 れは観光済み。そこで、ここでは前回05年3月15日の旅行記を下記にそのまま引用し
 ておく。
                         記
<衛兵交代は一見の価値あり!>
 台北市の北部、圓山方面にあるここ忠烈祠は、故宮博物院の南西に位置している。圓山大飯店はすぐ近くだ。ガイド本によると、この忠烈祠は、抗日戦線や国民党政府のために命を落とした軍人などの英霊を祀るため、1969年に創建されたという巨大な建物(写真3ー⑬)。そして本殿の両脇にある殿閣内には、英霊の写真や国民党の主要な戦いの模型などがあるとのことだが、時間の関係上私たちがここで見学するのは、有名な衛兵の交代の儀式のみ。正門前の衛兵と本殿前の衛兵は1時間に1度交代の儀式が行われる。まず驚いたのが、正門の前に立っている2人の兵士。ピクリとも動かないのはもちろん、目の瞬きさえしない(写真3ー⑭)。写真撮影は自由だが、兵士の身体や銃に触れることはもちろん厳禁。思わず、面白いことをしゃべって笑わせようかといういたずら心が湧いてくるが、それも慎んだ方がよい。指揮官(?)を先頭に4名の兵士が正門から本殿までの石畳の上を行進し(写真3ー⑮)、2名が本殿で交代。そして正門に戻り、ここでまた2名が交代(写真3ー⑯)。この間約20分だが、そりゃ見事なもの。1度見学する価値あり!
<思わず思い出した『大閲兵』>
 衛兵の行進とその交代の儀式を見学して思い出したのが、映画『大閲兵』(85年)。これは1984年に『黄色い大地』で衝撃的なデビューを飾った陳凱歌監督の第2作目の映画。タイトルからわかるとおり、これは1984年10月1日の「国慶節」の日に行われる、中華人民共和国の建国35周年を祝う、天安門広場での閲兵式に参加する空輸部隊の若者たちの姿を描くもの(『坂和的中国電影大観 SHOW-HEYシネマルーム5』69頁参照)。閲兵を受けるのは96歩、時間にしてわずか1分足らずの行進だが、そのための集団訓練は苛酷を極めるもの。しかしここに参加することは、体力、知力の優れていることが条件だから、当然エリートになることが保証されるもの。しかし、ホントにその苛酷な訓練に耐え、見事に「大閲兵」できるのかどうかがこの映画の見どころ。
 台湾の、ここ忠烈祠の衛兵は、陸軍から選抜されたエリート。身長は175~195センチメートルと限定されているうえ、体力はもちろん、頭も良くなければこんな仕事(?)は到底ムリ。そのうえ多分、容姿端麗という絞りもあるのでは・・・?
 

               ―バス移動(13:30~13;45)―

7 台北市内観光その2―故宮博物院見学(13:45~15:20)(写真4-45、46
(1)今年は、東京と福岡で台湾の故宮博物院の翠玉白菜(すいぎょくはくさい)等が展示さ
 れるているが、今は故宮博物院に戻っている。狭い故宮博物院の中は人の波でいっぱ
 いで、身動きもできないほどだ。
(2)故宮博物院の中へは、女性のハンドバッグ程度はOKだが、リュックのような荷物の持
 ち込みは禁止。また、写真撮影も禁止だから、カメラの持ち込みもダメ。したがって、リュ
 ックと大型のカメラはバスの中に残し、小型カメラ1台だけを持って院内に。
(3)王さんの案内に従って後ろをついて行こうとしても、人の流れに押されてとにかく大
 変。そこで、こんな流れの中に身を置くのは真っ平とばかりに、10分ほどで団体行動を
 中止。約1時間あまり故宮博物院の中を勝手に見学したが、前回と同様、あまり収穫な
 し。もっとも、翠玉白菜と角煮そっくりの肉形石だけは一目見ることができたが、全然感
 激はなし。
(4)帰国後、友人のM氏に「故宮博物院はつまらなかった」という話をすると、M氏は「あの
 精巧な細工は素晴らしい」と猛反撃。やはり、人によって興味の対象はさまざまだと痛感
 。
(5)故宮博物院についても、前回05年3月15日の旅行記を下記にそのまま引用しておく
 。
                          記
<台湾の故宮博物院への期待!>
 故宮博物院は、事前のガイド本の勉強によって、すごい展示がされていると思ったし、呉さんの「世界4大博物館の1つ」という解説を聞いても、どんなにすごいものかと期待に胸を膨らませて見学に赴いた(写真3ー⑩、⑪)。しかし結果は・・・?残念ながら大きく期待外れ!ここ故宮博物院に収められているのは、中国の明朝と清朝の宮殿であった紫禁城に収められていた中国皇帝の膨大なコレクションのうち、蒋介石の国民党政府によって中国本土からここ台湾へ移送されたもの。台湾へ移送されたのは約4分の1の品物だが、それでもその物は70万点。そしてそれらは選りすぐりの品物ばかりといわれているため、大いに期待したのだが・・・。

<期待外れの故宮博物院>
 期待外れの第1は、その規模(の小ささ)。もちろん小さくはないのだが、やはり北京の故宮博物院や西安の陜西歴史博物館と比べればその規模の大きさは全然違うもの。
 期待外れの第2は、展示品の小ささ。展示されている品々は貴重なもので、その美しさや細工には目を見張るものがあるが、基本的にすべて「小物」ばかり(写真3ー⑫)。有名な「毛公鼎」という青銅器の鼎や「青花花卉 空花薫」、「鈞窯 丁香紫尊」という壺、あるいは歴代皇帝の印鑑(玉璽)等、それぞれの解説を聞きながら見学すれば、それなりに素晴らしいものだが、私は基本的にこういう昔の骨董品や美術品にはあまり興味がない。だから、そういう作品がズラリと陳列台の中に並べられていても、フンフンと見て回ればそれで終わり。

<なぜ、小物が多い?>
 それにしても、なぜこの故宮博物院の陳列台には小物が多いのか?それは考えてみれば当たり前のこと。すなわち、日中戦争の終結当時、南京に集約されていた収蔵品を蒋介石の国民政府が南京から台湾に運び込むについては、小さくて価値のあるものを優先して運び込んだからだ。したがって、値打ちがあっても大きいものは運び込めないまま、今は北京の故宮博物院(紫禁城)に残っているというわけだ。ガイド本によると、「4分の1とはいえ選りすぐりの文物ばかりで、北京よりも評価が高い」と書いてあるが、さてその真偽のほどは・・・?だって、『なんでも鑑定団』のように、すべての収蔵品を現実に鑑定して、その価格をトータルしたうえでこれを比較した人など誰もいるはずがないのだから。 

              ―お土産店へ移動(15:20~15:50)―

8 ショッピング(15:50~17:35)
(1)金龍藝品有限公司(15:50~16:40)
  王さんから、お土産を購入する最後のチャンスと言われたこともあり、ツアー客は、①
 芒果干と鳳梨酥、②からすみ、という台湾名物を物色していたが、私は全く興味がなく、
 もっぱら試食だけ。お酒やお茶も見るだけで買う意欲は全く無し。したがって、時間を持
 て余しながら何度も試食をくり返し、タダのお茶を何杯も(写真4-47、48)。
                ―バス移動(16:40~16:50)―
(2)ブランド店(16:50~17:35)
  世界のブランド品が5%引きとのこと。時間があるので、仕方なく時計やバッグをいろい
 ろ見たが、日本と比較した値段がわからないこともあり、全く購入意欲なし(写真4-49
 。

9 バスで台北から九份へ移動(17:40~18:20)
(1)九份はかつて東洋随一の金鉱があった金瓜石から近く、戦前はゴールドラッシュに沸
 いたそうだ。しかし今は・・・?
(2)九份は、日本では宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(01年)の舞台になったことで一
 躍有名になったが、本当は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の名作中の名作『悲情城市
 』(07年)の舞台になったことで、ゴールドラッシュが終わり、戦後衰退した九份の街が再
 び注目されることになったもの(写真4-50、51)。
(3)『悲情城市』は1947年の「二・二八事件」(戦後中国から台湾に渡った国民党政権が
 台湾住民の抗議行動を武力弾圧した事件)を扱った重苦しい映画だった(『シネルーム1
 7』350頁)。しかし本省人(戦前から台湾に住む人々)と外省人(戦後に中国から台湾に
 移住した人々)との対立を理解することは、戦後台湾の歩みを考える上で不可欠だ。
(4)そんな難しい話はさておき、坂道を登ったところから見下ろす、台湾北部に位置する基
 隆港の景色は美しい(写真4-52)。逆に坂道の上に立つゴールドラッシュ時代の(?)
 古い建物(写真4-53)も興味深い。さあ、そんな九份の街の観光が楽しみだ。

10 九份で食事と観光、夜景見学(18:20~20:00)
(1)路地を歩いて、レストラン小上海まで(18:20~18:50)
 ・ バスを停車場に停め、お土産店が両側に並ぶ狭い路地を約10分歩いてレストラン
  小上海まで。こんな狭い所によくぞこれだけの店が集まったなと感心させる狭い路地(
  写真4-54~58)と異世界に繋がるような急勾配の石階段にビックリ。
 ・ 私がいつも通っている天神橋筋商店街は日本で1番長い商店街と言われているが、
  九份の商店街もそれと同じように長い。違うのは道幅が、ぐっと狭いことと、至る所に
  階段があること。しかも足下はあまり明るくないからよほど用心して歩かないと、転ん
  だら大変だ。
 ・ 両側にはお土産や食べ物を売る小さな店がズラリと並んでいる(写真4-59~62)。
  いずれも面白そうな店ばかり。しかし今は、とにかくレストランへまっすぐ足早に向かわ
  なければならないので、買うのはもちろん写真撮影もそこそこにレストランへ。夕食の
  後でゆっくり見学しなければ・・・。
(2)レストラン小上海で夕食(家庭料理)(18:50~19:40)
  狭いレストランだったが、味は美味しかった(写真4-63)。
(3)写真撮影と買い物(19:40~20:00)
 ・ 食後はじっくり時間をかけて路地を散策しながら買い物を楽しみたかったが、散策時
  間はわずか20分だけ。しかも、お店は夜8時でほとんど閉まるらしい。そんなことなら
  本当は夕方のショッピングをなしにして、ここ九份でのショッピングに時間を回してもら
  いたいところだが、格安のツアー旅行ではそれはムリ。なぜなら、ショッピングにツアー
  客を招き入れることによって格安料金で成り立っているのだから。
 ・ 食後の散策中に『SHOW-HEYシネマルーム』の表紙に使う写真を撮りたかったが
  、あまりにも人が多く、ごった返しているため、それは到底無理。それでも、できる限り
  の努力を・・・(写真4-64~68)。
 ・ 100元でいろいろな木製品を売っている店が1軒だけ目についたため、急いで立ち
  寄り、急いで物色し、マッサージ関係の木製品を大量に購入(写真4-69、70)。
       ―九份からバスで台北のホテルへ移動(20:00~21:10)―

11 六福客棧(レオフーホテル)へチェックイン(21:10)
(1)帰国後、この旅行記を書くために色々調べてみると、この六福客棧は05年3月の台
 湾旅行でも泊まったホテルらしいが、全く記憶なし。
(2)その前に圓山大飯店(ザ・グランドホテル)に寄ったため、今後の台湾旅行で泊まるこ
 ともないだろうと思って、ホテルの中で写真撮影(写真4-71、72)。
(3)今回の、台中、高雄、花蓮のホテルはそれぞれ立派だったが、台北は眠るだけのホテ
 ルだから、このレベルで十分。それでもレッキとした4つ星ホテルだ(写真4-73)。

12 台北の住宅バブルは世界一
(1)王さんの話では、台北のバイク軍団のすごさの他、台北の地価や住宅価格の高さを
 聞いていたが、日本に帰り、この旅行記を書いていると、「台北で住宅バブル」という8月
 28日付の読売新聞の記事が目についた。
(2)それによると、「台北市内の住宅価格高騰に市民が悲鳴を上げている。平均価格は
 年収の約15倍に達し、『世界一住みにくい街』(有力紙・聯合報)」とも言われているらし
 い。それは、「今後の関係改善を見込んで、中国からの投資資金が流入していることが
 要因」、「年収比の価格は世界一では」、「共働きか親からの資金援助がなければ台北で
 は家を買うことはできない」、「住宅価格は30~40%も適正価格を上回る、バブルだ」、
 そうだ。そのため、「若者には将来への不安が広がり、当局は高騰の抑制に躍起となっ
 ている」が、さて、かつての日本のように、有効な住宅バブルへの対策が打てるの?

13 ホテル周辺を散策(21:30~23:30)
(1)ホテル周辺を散策(21:30~22:30)
  とりあえずコンビニに寄って缶ビールを買い、それを飲みながらフロントで聞いた足ツボ
 マッサージの店を目指しつつ、街を散策。ホテル周辺には、私が株主優待のチケットでい
 つも利用しているロイヤルホストやマクドナルドの店もあった(写真74、75)。また、お目
 当ての足ツボマッサージに行く途中には、映画館も。
(2)足ツボマッサージの店へ(22:30~23:30)(60分)
 ・ 中国旅行でも台湾旅行でも、ホントに気持ちの良い足ツボマッサージの店に巡り会え
  れば最高の幸せ。
 ・ フロントで教えてもらって入った店は客が誰もいなかったので、少し心配だったが、
  マッサージ師の腕は最高。料金も1000元だから約3500円とリーズナブルだ。
 ・ しばらくすると、近くの住人らしいおばちゃん2人がブラリと入ってきて、スマホをチェッ
  クしながら足ツボマッサージを受けていた。私は痛い!痛い!と、ヒーヒー泣きながらだ
  ったが、このおばちゃんたちは、悲鳴ひとつあげていなかったから、ホントに足ツボマッ
  サージが必要なの?
 ・ 私は大阪では近時、「のぞみ整骨院」という格安のマッサージ店を見つけ、毎週のよう
  に通っているが、足を薬草入りのお湯に浸した後の強烈な足ツボマッサージは、やはり
  私には最高だ。

14 就寝(24:00)