洋12-5
「戦火の馬」 ![]()
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2012(平成24)年1月17日鑑賞<試写会・大阪ステーションシティシネマ>
監督:スティーブン・スピルバーグ
原作:マイケル・モーパーゴ『戦火の馬』(評論社刊)
アルバート・ナラコット(ジョーイと強い絆で結ばれる若者)/ジェレミー・アーヴィン
テッド・ナラコット(アルバートの父親)/ピーター・ミュラン
ローズ・ナラコット(アルバートの母親)/エミリー・ワトソン
ライオンズ(ナラコット家の農場の地主)/デヴィッド・シューリス
エミリーの祖父(孫エミリーと暮らすフランス人農夫)/ニエル・アレストリュプ
エミリー(フランス人の少女)/セリーヌ・バケンズ
ニコルズ大尉(ジョーイに騎乗する英国陸軍大尉)/トム・ヒドルストン
ウェイバリー中尉(同じ隊の英国陸軍中尉)/パトリック・ケネディ
ステュアート少佐(ニコルズの上官)/ベネディクト・カンバーバッチ
ギュンター(若きドイツ軍兵士)/デヴィッド・クロス
ミヒャエル(ギュンターの弟、ドイツ軍兵士)/レオナード・カロヴ
フレドリッヒ/ニコラス・ブロー
ブラント/ライナーボック
デイヴィッド・ライオンズ/ロバート・エムズ
2011年・アメリカ映画・147分
配給/ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
<『タンタン』はノーサンキューでも、こちらは必見!>
近時、スティーブン・スピルバーグ監督の最新作として『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』(11年)が公開されたが、いくら同監督作品とはいえ、私にはこの手の映画はノーサンキュー。しかし、同監督がはじめて第1次世界大戦の時代を映画化した本作は、マイケル・モーパーゴ原作の小説『戦火の馬』(1892年)に同監督が惚れ込んで映画化した感動作だから、こりゃ必見!これまで観た馬と人間との結びつきをテーマとした映画では、アルベール・ラモリス監督の『白い馬』(08年)が印象的だった(『シネマルーム20』253頁参照)。
イギリスの小さな牧場で農夫をしているテッド・ナラコット(ピーター・ミュラン)が地主のライオンズ(デヴィッド・シューリス)に競り勝って手に入れた若き馬ジョーイと、これを調教したテッドと妻ローズ・ナラコット(エミリー・ワトソン)の息子アルバート・ナラコット(ジェレミー・アーヴィン)との絆が揺るぎなきものになった1914年、遂に第1次世界大戦の火蓋が切っておとされ、ジョーイは軍馬として徴用される事になったから、イギリス国民はもちろん、ジョーイも大変。
したがって本作は、叙情性豊かだった『白い馬』とは全く違う趣で、まさに『戦火の馬』というタイトル通り、アルバートとジョーイは激動の時代を生きていくことになる。『タイタンの冒険』はノーサンキューだったが、こちらは必見!
<人間にとっての馬の効用とは?>
競走用のサラブレッドはとにかく速く走ることを義務付けられた特殊な馬だが、それ以外のほとんどの馬は農耕用。特に日本ではそうだった。しかし、西洋でも中国でもモンゴルでも馬は戦いのために人間が乗る道具として重宝されたし、面積の広いアメリカでは騎兵隊が重要な役割を果たした。それは、日本の戦国時代でも同じだ。ちなみに、近代戦争ではじめて「騎兵」という概念が生まれたが、日本軍としてその役割を果たしたのは日露戦争における秋山好古支隊ぐらいだった。しかして、本作ではジョーイはサラブレッドの血をひいていたにもかかわらず貧乏な農夫のテッドに競り落とされたため、やむなく荒地を耕すための農耕馬としてアルバートによって調教されることになったが、さてその首尾は?
本作序盤はそんなストーリーが中心だが、第1次世界大戦がはじまると、ジョーイはイギリスの陸軍大尉ニコルズ(トム・ヒドルストン)が騎乗する馬として突撃に参加することになる。剣をまっすぐ前に向けたステュアート少佐(ベネディクト・カンバーバッチ)率いる130騎のイギリス騎兵集団の突撃は圧巻で、一見その奇襲は大成功のように思えたが、地面に伏して銃を構えながらこれを待ち受けている敵兵がいると・・・。人類初の世界戦争となった第1次世界大戦では人間も何百万人と死亡したが、戦場で死んでいった馬の数は100万頭とも200万頭ともいわれているらしい。また、何とか戦地を生き抜いたイギリスの馬たちも、本国に輸送するのは費用がかかりすぎるため、食用としてフランスの肉屋に売られていったらしい。競馬をはじめ人間にとっての馬の効用はさまざまだが、「戦火の馬」はやはり大変だ。
<馬の知能は?>
本作にみるジョーイの知能はすごい。馬を調教するには餌や強制や継続が必要だが、農具をつけることについてジョーイはテッドが無理強いをすることには強い抵抗を示したものの、アルバートが優しく説得すると・・・。『怪傑ゾロ』の映画やTVドラマでは、ゾロが「ピー」と口笛を吹くと愛馬がどこからでも駆けつけて主人の危機を救っていたが、本作でもアルバートが「ホーホー」と口笛を吹くとジョーイは・・・?また『三国志』の前半部分では、名馬・赤兎馬をめぐる呂布と曹操との確執が描かれるし、関羽が曹操から赤兎馬をプレゼントされて感激するシーンも登場する。
本作中盤以降、ジョーイはステュアート少佐が騎乗していた大きな黒馬トップソーンと共にフランス戦線を転々とすることになるが、脚を怪我したトップソーンが大砲を引く激務に耐えられないとして射殺されようとするとジョーイは・・・?さらに本作のクライマックスシーンでは、「脚の怪我は破傷風だから、もう楽にしてやれ」と軍医から言われるほどの怪我をしたジョーイが、目を負傷したため何も見えないアルバートの「ホーホー」という口笛に反応し、戦場で奇跡的な再会を果たすことになるから、さてさてジョーイの知能は?
ここまでくると、馬と人間との信頼関係を築くためには愛情はもちろんだが、それ以上に知能と知能のぶつかり合いが不可欠だと確信!
<ドイツ人兄弟の物語は?>
フランスの前線におけるステュアート少佐率いる130騎の騎兵集団によるドイツ軍への奇襲攻撃が大失敗に終わったことによって、主を失ったジョーイはトップソーンと共にドイツ軍の手に落ちたが、その世話を馬が大好きなドイツ軍の若い兵士ギュンター(デヴィッド・クロス)とミヒャエル(レオナード・カロヴ)兄弟に任されたから2頭ともラッキー。ところが、あの奇襲の撃退には成功してもやはりドイツ軍は大変だったようで、転戦命令によって弟のミヒャエルだけが転戦し、ギュンターは現場に残って馬の世話をしろと命令されたからギュンターは大困惑。なぜなら、ギュンターは母親に対して年齢を偽って兵士として出征してきた弟と「必ずいつも一緒にいる」と約束していたからだ。そこで、ジョーイに乗ってトップソーンをつれたギュンターは、行進中の隊列からミヒャエルをさらってトップソーンに乗せ軍隊から脱走しようとしたから大変!駆けに駆けた2人は、ある風車小屋の中に馬と共に隠れることができたが、さて翌朝になると・・・。
ジョーイを核としたストーリー展開としてニコルズ大尉からドイツ人兄弟への引継ぎはスムーズだが、私が思うにこの脱走劇とこの結末は少し安易すぎるのでは?
<フランスの田園では?少女エミリーとの交流とは?>
ギュンターとミヒャエルというドイツ人兄弟が軍隊からの逃亡の罪で射殺された後、ジョーイとトップソーンに愛情を注いだのは、風車小屋の中で2頭を発見したフランス人の少女エミリー(セリーヌ・バケンズ)。ヨーロッパ全体を巻き込んだ第1次世界大戦の真っただ中のフランスにこんな田園風景が広がり、エミリーとその祖父(ニエル・アレストリュプ)が平和につつましやかに過ごしていることには少し違和感があるが、第2次世界大戦よりも牧歌的だった(?)第1次世界大戦当時は、これも現実?もっとも、その後事態は私が想像したとおりの展開を見せ、ここにもドイツ軍の一団が現れ、畑の作物はもとより家の中の目ぼしいものをすべて略奪していったが、さてジョーイとトップソーンは?この危機を何とか切り抜けた後、エミリーと2頭の馬との交流はどんどん深まり、亡くなった両親から禁じられていた乗馬を祖父から許可されたエミリーは、今はじめてジョーイの背中に鞍をつけ、その上にまたがったが・・・。
戦争の真っただ中にもこんな風景があることには驚くが、それが長く続かないのは当然。その直後にスクリーン上で観る風景に、あなたはきっとビックリするはずだ。この演出の冴えは、さすがスティーブン・スピルバーグ監督と感心!
<ジョーイにはさらなる試練が!そんな中ジョーイは?>
①ジョーイとニコルズ大尉との物語②ジョーイとドイツ人兄弟との物語③ジョーイとフランス人少女エミリーとの物語は、戦争という暗い時代の中でもまだまだ牧歌的で、ジョーイやトップソーンは何とか生きていくことができることを示している。またジョーイとの別離の時にアルバートがジョーイに託した父親・テッドの名誉ある一片の布は、ジョーイをかわいがる人間は代わってもずっとジョーイの身体と共にあったが、後半からクライマックスにかけて、ジョーイとトップソーンにはさらなる試練が待ち受けることに。
馬を戦場で使用するのは騎兵だけではない。戦場では重い大砲を引いてあちこち移動しなければならないから、そんな時に必要なのが文字どおり馬力のある馬。しかしてサラブレッドの血を引くジョーイやトップソーンであっても、ドイツ軍は移動の時にはそれを必要としていたが、所詮これらは消耗品。傷つき疲れ果て、これ以上役に立たないとされた馬は次々と処分されていたから、脚に傷を負ったトップソーンは?
献身的な男同士の友情を描いた映画はたくさんあるが、本作ではこんな過酷な戦場における馬と馬の友情(?)が感動的に描かれる。ドイツ軍の部隊を率いる将校は倒れ込んだ馬を容赦なく撃ち殺し、代わりにトップソーンを使うよう命じたが、脚を負傷しているトップソーンにはその任務はとてもムリ。馬のことをよく知る係員はそう進言したが、将校はそれを完全に無視。そんな状況下ジョーイがとった行動に注目し、馬と馬の友情のあり方を再確認したい。
<『西部戦線異状なし』の現実とは?さあジョーイは?>
第1次世界大戦における西部戦線とは、ドイツ(帝国)とフランス(共和国)の間に敷かれた戦線だが、そこではエーリッヒ・マリア・レマルクの有名な小説『西部戦線異状なし』に描かれた長期の塹壕戦が展開されていた。小説を読んだだけではなかなかイメージできない塹壕戦の様子は1930年の名作『西部戦線異状なし』を観ればよくわかるが、今では映画館ではもちろん、テレビでもこの名作を観た人は少ないはずだ。しかし、スピルバーグ監督の最新作である本作を観ればそれがよくわかるから、まずはそのお勉強をしっかりと。
トップソーンの大砲引きの激務はジョーイの志願(?)によってジョーイに取って代わられていたが、イギリス軍の襲撃によってドイツ軍が退却を余儀なくされる中、トップソーンはついにその歩みを止め崩れ落ちた。トップソーンの傍を決して離れようとしないジョーイを見て、それまで2頭の馬に愛情を注いでいた馬係は軍規に背いて手綱を手放したが、その後ジョーイは一体どこへ?
ドイツ軍の塹壕と連合軍の塹壕の間には、敵軍の進軍を阻むべく何重にも鉄条網が張り巡らされていた。これによってこちらは味方、あちらは敵と明確に区別されていたわけだが、ジョーイにとってそれは人間の世界のことで、自分には関係なし。ただ自由を得た馬の本能として走りに走り、安全なところを目指したのは当然で、ここでのジョーイの疾走は本作最大の見どころだ。『三国志演義』によると、赤兎馬は1日で千里を駆けることができたらしいが、西部戦線におけるジョーイの駆けっぷりは?
もっとも、いくら名馬でもこんな戦場内で安全なところを発見することは不可能だから、2つ3つの鉄条網を突破しても、身体に巻きついてくる鉄条網が次第にジョーイの行動力を奪ったのは当然。塹壕の中や鉄条網が張り巡らされたにらみ合いの続く平原の上を駆け巡ったジョーイは、ついに鉄条網を身体に巻きつけたまま倒れ込むことに。動けなくなったジョーイは、このままでは死を待つのみ。スクリーンを観ている私たちは、そう思わざるをえなかったが・・・。
<アルバートたちの突撃は「二百三高地」の突撃以上?>
今やジョーイとの別れから4年が経ち、屈強な若者となったアルバートは西部戦線に配置されていた。昨年末にテレビで見た映画『二百三高地』(80年)やNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』では、乃木希典大将率いる第三軍がしゃにむに二百三高地に突撃するシーンが描かれていたが、本作後半のクライマックスの1つが連合軍のドイツ軍塹壕に対する突撃だ。二百三高地では日本軍がはじめて経験する機関砲に大いに悩まされたが、アルバートたちが悩まされたのは、幾重にも張りめぐらされた鉄条網などの障害物だ。ちなみに、1月5日に見た『マイウェイ 12000キロの真実』(11年)では、「戻ってきたら射殺するぞ!」とオダギリジョー扮する長谷川辰雄大佐が叫ぶセリフが登場したが、これも第2次世界大戦を描いた『マイウェイ 12000キロの真実』とは違って牧歌的?
アルバートは同郷の兵士たちと助け合いながらこの突撃に挑んだが、無事敵の塹壕までたどり着くことができるのだろうか?日露戦争では「二百三高地」の攻防が最大の激戦だったが、これは1904~5年当時のこと。それに対して第1次世界大戦は1914~18年だから、銃火器の威力は飛躍的に増大しているはず。そう考えると、西部戦線におけるアルバートたちの突撃の厳しさは二百三高地の突撃以上?
本作のラストに向けた感動的なクライマックスでは、両目を包帯で覆ったアルバートとジョーイの感動的な再会が描かれる。ちなみについ先日、野田総理が右目に眼帯をかけて登場したのには驚いた。その理由は明らかにされなかったが、本人の弁によると夜中に柱に目をぶつけたらしい。しかして、今アルバートが両目を覆っている理由とは?
<第1次世界大戦では、ホントにこんな牧歌的な風景も・・・>
膠着化し長期化した塹壕戦は、新たにさまざまな武器や道具を生み出した。少しでも頭を出すとすぐに撃たれてしまうから、前方を見るのに便利な潜望鏡のようなレンズの工夫もその1つだ。そんなレンズに何やらごそごそと動いているものが見えたが、そこには何と鉄条網に絡められた1頭の馬が?こりゃ一体ナニ?「あの馬はまだ生きている!何とか助けなければ」そう考えた連合国側の1人の兵士は白旗を掲げながら塹壕を抜け出しその馬の方に向かっていったから、その行動にビックリ!もちろんこれを見たドイツ兵は銃を撃ってきたが、その兵士が「俺は白旗を掲げている。馬を助けにいくだけだ」と叫び、馬のもとにたどりつくと、何とそこには向こう側の塹壕からも1人のドイツ兵が。馬に絡まっている鉄条網を取り除くにはペンチが必要。そのことに気づいた連合軍の兵士が大いに後悔していると、ペンチを持っていたドイツ兵が協力すると共に、もう1本必要だとなると、ドイツ側の塹壕から何本もペンチが投げ込まれることに。
この風景は爆笑もの(?)だが、日本でも互いに名を名乗りながら対峙した戦国時代の武将対決が牧歌的だったのと同じように、第1次世界大戦の最前線にもこんな牧歌的な風景があることにビックリ!
<美しい映像で描かれる感動的シーンは?>
『シンドラーのリスト』(93年)で撮影監督に抜擢されて以降、すべてのスピルバーグ作品の撮影を担当しているのがヤヌス・カミンスキー。「アメリカ映画のベスト1を挙げよ」と言われると、多くの人がきっと「風と共に去りぬ」を挙げるだろう。「風と共に去りぬ」では、私はタラの美しい夕焼けのシーンが印象に残っているが、舞台がイギリスの小さな村に移っても本作にはそれと同じような美しい風景が登場する。
ジョーイとアルバートの献身的な努力によって滞納していた地代の支払いを完済できたため、アルバートを戦場に送り出した後もテッドとローズは何とか故郷の村で暮らしていたが、両親の思いはただ1つ、無事アルバートが戻ってきてほしいということだけ。ジョーイは軍馬として徴用されたのだから、まさか一緒に戻ってくるとは期待していなかったはずだ。4年間も続いた第1次世界大戦は1918年11月11日ドイツ政府が休戦条約を受諾したことによって終結したが、病院の中で奇跡的な再会を果たしたアルバートとジョーイのこれからの大切な仕事は故郷へ戻り無事な姿を両親に見せること。今、赤く輝く夕日の中ジョーイに乗ったアルバートは1人故郷へ向かっていたが、スピルバーグ監督とヤヌス・カミンスキーはそんな静かなクライマックスをいかに美しく観客に示すのだろうか。その感動的なシーンは、ぜひあなた自身の目で。
2012(平成24)年1月23日記