洋12-3 

「ホーボー・ウィズ・ショットガン」
    

                    2012(平成24)年1月13日鑑賞<テアトル梅田>

監督・脚本:ジェイソン・アイズナー
ホーボー(流れ者)/ルトガー・ハウアー
スリック(ドレイクの長男)/グレゴリー・スミス
アビー(娼婦)/モリー・ダンズワース
ドレイク(犯罪組織のボス)/ブライアン・ダウニー
イヴァン(ドレイクの次男)/ニック・ベイトマン
2011年・カナダ映画・86分
配給/ショウゲート

<ホーボーとは?>
 ホーボーとは「流れ者」「ホームレス」という意味らしいが、本作は列車に乗ってある町に流れ着いた初老の男(ルトガー・ハウアー)がショットガンを持って暴れまくるという映画。ホープタウンという名前とは裏腹に、ここはドレイク(ブライアン・ダウニー)という犯罪組織のボスが牛耳る町で、長男のスリック(グレゴリー・スミス)と次男イヴァン(ニック・ベイトマン)は暴力から殺人までやりたい放題。流れ着いた早々、スリックが売春婦のアビー(モリー・ダンズワース)を誘拐しようとする姿を見たホーボーは義侠心を出してスリックを警察に突き出したが、何と犯罪を取り締まるべき警察署長はドレイクと結託し、甘い汁を吸っていたからどうしようもなし。とことん痛めつけられたホーボーは今や気力もなえ、屈辱的な仕事で日銭を稼いでいたが・・・。

<グラインドハウスとは?B級映画とは?>
 私が本作を観に行ったのは、「火を噴くショットガン!飛び散る血しぶき!『ホーボー・ウィズ・ショットガン』は、クエンティン・タランティーノとロバート・ロドリゲスがB級俗悪映画に思いを捧げた『グラインドハウス』直系のバイオレンス・アクションだ」という宣伝文句に惹かれたため。何でも本作は、「5分に1度(ほとんどはもっと短い)描かれるバイオレンス・シーンに、映画倫理委員会(映倫)から『修正不可能』『ここ10年で最も酷い映画』と判定され、R18+という日本における最も高いレイティングとはなったものの、今回無修正での公開が実現した」らしいから、興味津々・・・。
 日本ではB級映画という範疇は明確ではないが、私の小中学生時代にやっていた2本立ての映画では、レコードのA面とB面と同じように主と従があった。また1970年代に低予算で大量に作られた日活ロマンポルノはまさにそれ。本作は冒頭から暴虐の限りを尽くすドレイクやスリックらによって血しぶきが飛び散るが、中盤からは芝刈り機を買うために訪れた質屋で強盗に対抗するべくホーボーが購入したショットガンによって次々と別の血しぶきが・・・。さあ、ホーボーのこんな英雄的なボランティア活動(?)によって、ホープタウンの町は少しは良くなるのだろうか・・・?

<アビーの「変身!」にびっくり>
 『ホーボー・ウィズ・ショットガン』というタイトルどおりの展開だけでは、いくら血しぶきを売りモノにしてもストーリー的にイマイチ。映画にはやはり美女を登場させ、男女の恋愛モードを描くことが不可欠だ。しかして、本作にみるアビーは売春婦ながらかなりの美形。しかし、ホーボーがスリックたちからその胸をボロボロに切り刻まれるのと同じように、アビーも喉もとを切り刻まれるという残忍極まりない報復を受けるから、B級映画に登場する女優は大変。
 アビーはもともとホーボーに英雄的行動を期待したわけではなく、心の交流が始まったホーボーと2人だけでこの町を逃げ出せればよかったのだが、それが叶わないことがハッキリするや、ラストに向けては銃を持ち、鎧兜に身を固めた見事な戦士(?)に変身!マンガみたいなこの変身にはびっくりだが、B級映画は何でもあり!だって、それが持ち味なのだから・・・。

<ヤクザ映画では主役は死なないが・・・>
 一世を風靡した鶴田浩二や高倉健を中心とした東映のヤクザ映画や高橋英樹を主役とした日活の『男の紋章』シリーズ(63~66年)などでは、無法な勢力からさまざまな迫害を受けながら我慢に我慢を重ねてきた主役もついに堪忍袋の緒が切れ、敢然と悪の退治に乗り出すことになる。そして、その主役はコトが終わった後「自首」の方向性が暗示されるものの、決して死んでしまうことはない、と相場が決まっている。それが日本的なヤクザ映画の美学だが、さてアメリカのグラインドハウス映画では?
 そもそもホーボーのようなカッコ悪い初老の男を主人公にすること自体が日本では考えられないが、アメリカの(1部の?)若者が熱狂するのだから、グラインドハウス映画にはそれなりの面白さがあるはず。しかして、本作のクライマックスではギリギリまでドレイクとの対決をくり広げたホーボーとアビーの前に、警察署長率いる警官隊が動員されるが、ここでホーボーが下すあっと驚く決断とは?日本のヤクザ映画とは大いに異なるアメリカの美学(?)を本作のようなグラインドハウス映画から学ぶとともに、ホーボーの仕事と対比して「さわらぬ神にたたりなし」を決め込んでいないかどうかをしっかり自己点検することが大切だ。もっとも、そのためには血しぶきにも強いことが不可欠・・・?
                                   2012(平成24)年1月16日記