洋12-25

「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」
    

                  2012(平成24)年2月18日鑑賞<TOHOシネマズ梅田>

監督:スティーヴン・ダルドリー
原作:ジョナサン・サフラン・フォア『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(HNK出版)
トーマス・シェル(オスカーの父)/トム・ハンクス
リンダ・シェル(オスカーの母)/サンドラ・ブロック
オスカー・シェル(11歳の少年)/トーマス・ホーン
間借り人/マックス・フォン・シドー
アビー・ブラック/ヴィオラ・デイヴィス
スタン(ドアマン)/ジョン・グッドマン
ウィリアム・ブラック/ジェフリー・ライト
オスカーのおばあちゃん/ゾーイ・コールドウェル
2011年・アメリカ映画・130分
配給/ワーナー・ブラザーズ映画

<9・11の悲劇を少年の視点から・・・>
 本作の主人公は11歳の少年オスカー。オスカーを演ずるのはオーディションで選ばれたズブの素人トーマス・ホーンだが、ほぼ全編出ずっぱりの上、早口で大量のセリフをこなさなければならないから大変。あの事件、すなわち2001年の9・11同時多発テロの際、たまたま世界貿易センタービル(WTC)の中にいた大好きだった父親トーマス(トム・ハンクス)が死んでしまったため、心の中に立ち直れないほどの痛手をうけたオスカーは今、父親のクローゼットの中にあった青い花瓶の中から見つけた封筒に入った1本の鍵に注目。
 これを鍵屋に持って行くと、貸金庫か何かの鍵らしいが、そこで指摘されたのは封筒に「BLACK」と書かれていたこと。もし、これが人の名前だとしたら・・・。そこで電話帳で調べてみると、ニューヨークに住む「BLACK」さんは472人いるらしい。そこを1人1人訪ねてこの鍵穴を捜しあてることができれば、父親とよく一緒に遊んでいた「調査探検ゲーム」のゴールにたどり着くことができるのでは・・・?そう考えたオスカーは、以降「BLACKさん」捜しに没頭するのだが、さてそれは何のため?9・11を描いた作品には、『炎のメモリアル』(04年)(『シネマルーム7』70頁参照)や『ワールド・トレード・センター』(06年)(『シネマルーム12』35頁参照)、『ユナイテッド93』(06年)(『シネマルーム12』29頁参照)などがあるが、本作は少年の視点から9・11の悲劇を・・・。

<こりゃちょっと難解!作品賞はきっとムリ!>
 本作に登場するブラックさんは何十人もいるが、メインは『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』(11年)で第84回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたヴィオラ・デイヴィス演ずるアビー・ブラックと、種明かしが始まるラスト近くの段階で登場するウィリアム・ブラック(ジェフリー・ライト)の2人。鍵の入った封筒から直感的に思いついたブラックさん捜し、鍵穴捜しの旅が思わぬ人と人との絆を発見する結末に至るのだが、正直言ってそこにたどり着くまでの経緯をオスカーと一緒にフォローしていくのはかなりしんどい。また、オスカーの頭の中で構想されている世界はかなり独創的なものだし、彼の計算能力や記憶力には抜群のものがあるから、それについていくのもしんどい。さらに、オスカーの母親リンダ(サンドラ・ブラック)でもオスカーの心の中をなかなか見抜けないのだから、私たち観客がそれを見抜けないのは当然。しかして、2005年に出版されたジョナサン・サフラン・フォアの原作『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』の奇妙なタイトルがわかりにくいのと同様、9・11の悲劇を少年の視点から描いた本作はかなり難解だ。
 本作は第84回アカデミー賞作品賞にノミネートされているが、他に『アーティスト』(11年)や『ヒューゴの不思議な発明』(11年)などの有力候補がひしめいていることもあって、本作の受賞はきっとムリ・・・?

<この日本語訳では、意味不明?>
 本作は、オスカーのモノローグから始まる。そこで語られる言葉や父親とのふれあいのシーン、そしてニューヨークにかつてあったという「6つ目の区」をキーワードとして2人が熱中している「調査探検ゲーム」を見ていると、この父子は普通とはかなり変わっていることがよくわかる。リンダはカラの棺おけでお葬式を挙げることによって、トーマスがいなくなったことを認めようと努力するのに対し、オスカーはそんなバカみたいなお葬式は認められないうえ、突然父親がいなくなったこと自体を今なお受け入れることができないらしい。その挙句に、あの日父親から留守電に入っていたメッセージを母親に言うこともできず、1人秘密の場所に隠して、ときどきそれを聞くという始末だった。人並み以上に頭が良いうえ、繊細な神経を持ったオスカーは9・11以前から自閉症やアスペルガー症候群のような症状を呈していたらしいが、父親の死後1人でブラックさん捜しに没頭している姿をみていると、それが際立ってくる。
 オスカーがブラックさん捜しの際にいつもお守りのように持ち歩いているのが、父親が毎日読んでいる新聞にヒントらしきものを書き込んだもの。新聞記事の中にあった「notstop looking」という言葉を父親が赤ペンで囲んだのは、きっと何かのヒント!オスカーはそう考えたわけだが、パンフレットや字幕ではこれを「探すのがやめない」と訳している。しかし、こりゃ一体どういうこと?パンフレットにある近藤隆文(翻訳者)の「映像化で見えて来る、思わぬ希望」を丹念に読むと、「これは『ニューヨーク・タイムズ紙の間違い探し』という父親の趣味を反映したものだ。原作では『探すのをやめません(not stop looking)』という正しい表記にしるしをつけ、オスカーにわざとヒントを与える設定になっている。」と書かれている。さて、あなたは字幕だけで、この意味を理解できる?

<後半からは「間借り人」がクローズアップ!>
 『人生はビギナーズ』(10年)や『ドラゴン・タトゥーの女』(12年)では『サウンド・オブ・ミュージック』(65年)の名優クリストファー・プラマーが活躍していたが、本作では後半から『偉大な生涯の物語』(65年)のマックス・フォン・シドーがオスカーの向かいのアパートに住む祖母(ゾーイ・コールドウェル)の「間借り人」として登場し、オスカーのブラックさん捜しに同行する中で、その存在感がクローズアップされてくる。この間借り人の老人は全く喋ることができないようで、YESとNOは右と左の手のひらに書いた文字で表現し、その他はメモ用紙に書いている。それでも十分にオスカーとの「会話」が成り立つから不思議なものだ。
 間借り人はオスカーの考え方を支持し、「鍵穴さえ見つかれば、パパがいなくても大丈夫だと思える何かがあるはずだ」と励ましてくれたが、それは口先だけ?それとも、9・11の悲劇にも匹敵するドレスデンの爆撃を体験したというこの老人は、何か個人的にオスカーと関係があるの・・・?母親不信に陥っている(?)オスカーは、父親からの留守電を母親にも聞かせなかったが、終盤に向けてオスカーはなぜかこの老人には、それを1つ1つ聞かせることに。もっとも、5本のうちの最後の1本だけはどうしても再生できなかったが、間借り人はそれだけでもう十分だったらしい。さぁ、第84回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたこの間借り人の老人は、オスカーのブラックさん捜しとオスカーの再生にいかなる役割を?それは、あなた自身の目でしっかりと。

<男の子を育てるについて、母親の役割は?>
 『しあわせの隠れ場所』(09年)への私の採点は星3つと低かったが、そこでみせたサンドラ・ブロックの熱演はすばらしく、アカデミー賞主演女優賞の受賞は当然と思えるものだった(『シネマルーム24』39頁参照)。そんなサンドラ・ブロックが、本作ではなにかとオスカーとすれ違う母親役を演じている。オスカーは父親とはきわめて良好な父子関係を形成できていたのに、なぜ母親とはあまりうまくいかないの?それは、父親の死後余計顕著になり、スクリーン上ではなにかにつけて衝突してしまう2人の姿が目につく。オスカーは母親よりも無線機で連絡を取り合う祖母の方に心を開いていたようだ。
 オスカーがブラックさん捜しに出かけるのは、毎週土曜日と休日。それでも、1日2人を訪問するとして計算すると、3年かかる見通しらしい。いくら母親に対して秘密主義を貫く息子だとしても、土曜日と休日ごとに朝から晩まで11歳の息子が外に出かけていれば、母親としてはどこで何をやってるのか気になるはずだが、映画中盤にそのようなシーンは全く登場せず、間借り人とのブラックさん捜しのストーリーだけが展開していく。そんな中、アビー・ブラックとの再度の出会いから始まるあっと驚く大展開が本作最大のミソだが、その後にみる母親が男の子を育てるについてのスタンスも興味深い。普通父親は息子のすることを黙って見ているだけだが、母親は何かと口出ししたがるもの。リンダの場合は、トーマスの死後オスカーのやることに全く口を出さないようにしていたが、実は・・・?
 本作ラストに明かされるそんなストーリーから、男の子を育てるについての母親の役割についても一考したい。
                                 2012(平成24)年2月20日記