洋12-22
「金陵十三釵(The Flowers Of War)」 ![]()
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2012(平成24)年2月15日鑑賞<ネット配信映像>
監督:張芸謀(チャン・イーモウ)
原作:厳歌苓『金陵十三釵』
ジョン・ミラー(アメリカ人の死化粧師)/クリスチャン・ベール
玉墨(娼婦たちのリーダー格)/倪妮(ニー・ニー)
孟書娟(クリスチャン系学校の女学生)/張歆怡
李教官/佟大為
陳喬治=ジョージ(中国人神父)/黄天元
甫生(瀕死の少年兵)/朱良奇
豆蔻 (娼婦の1人)/李玥敏
長谷川大佐/渡部篤郎
朝倉中尉/山中崇
加藤中尉/小林成男
怡春/韓熙庭
香蘭/白雪
蚊/袁楊純子
胖美花/孫佳
孟先生/曹可凡
許大鵬/黄海波
テリー/ポール・シュナイダー
日本兵/安長博文
2011年・中国映画・145分
配給/フィルムネーション
<はじめて、ネット配信の映像をパソコンで!>
中国映画史上最高額の6億人民元(約72億円)をかけた張芸謀監督の『金陵十三釵』は、昨年末からいろいろな中国関係者の集まりで大きな話題になっていたし、1937年の「南京事件」を題材とした映画なので私も早く観たいと思っていた。そんな中、2012年1月28日付産経新聞は「産経抄」で「昭和12年の南京事件を題材に、『立派な中国人、残虐な日本人』という嘘を観客に刷り込もうというひどい代物だ」「それでも中国では、映画に興奮した有名歌手が、ミニブログで日本人を罵倒する騒ぎになっている。映画だからと放っておけば、嘘が独り歩きしてしまう。」と酷評していたから、なおさら早く観たいと思っていたところ、中国人の友人からパソコンのネット配信で無料で観ることができることを教えてもらった。そこで、早速息子のパソコン力を借りて挑戦するといとも簡単にOK。
もっとも、パソコンの画面上に流れる映像は中国の(海賊版?)DVDだから、日本語の字幕はなし。そして、主演はハリウッド俳優のクリスチャン・ベールで、彼は厳歌苓の原作『金陵十三釵』とは大きく異なる教会のインチキ神父(?)ジョン役を演ずるから、字幕には中国語と英語が併記されている。そこで、私の中国語の理解力がどの程度かを試すのに絶好の機会。そう考えて、中国語の字幕に合わせてセリフを声に出しながら画面を食い入るように2度にわたって鑑賞すれば、細かいニュアンスは別として大筋は十分理解することができた。これは、約3年間にわたる中国語勉強の成果と大満足!
<「南京事件」の取り上げ方は難しい>
産経新聞がいう中国の歌手とは、人気女性歌手韓紅のことだ。彼女は本作を鑑賞した後、中国版ツイッター・新浪微博に「日本人、くそったれ!中国人はお前らを永遠に敵とする!釣魚島に触れようとも思うなよ!」などと、日本を罵倒する書き込みをしたらしい。純粋な愛国心を持った中国人女性が、本作を女性の立場で観ればそんな気持ちになることは十分理解できるが、それをそのまま「つぶやく」のはいかがなもの?私はそう思うが、本作を観れば女性ならずともほとんどの中国人が「日本人憎し!」と思うのは当然だろう。
私は陸川監督の『南京!南京!(City Of Life and Death)』(09年)を観れなかったが、そこでは「日本人にもヒューマンな人はいたという、ある意味で当たり前のことをシーンの中で取り上げたところ、全国からブーイングがわき起こり、この映画を作った陸川監督は非国民呼ばわりされた」ことがネット上で伝えられている。その他「南京事件」を題材とした映画には、これも私はまだ観ていないが、2009年公開のドイツ・フランス・中国合作映画で香川照之が出演した『ジョン・ラーベ』があるらしいが、いずれにしても「南京事件」の取り上げ方は難しい。
<賛否両論は当然だが、あえて私は星4つ!>
本作が題材としたのは、いわゆる「南京大虐殺事件」ではない。本作は、1937年12月の「南京事件」を歴史的背景として女流作家・厳歌苓が描いたオリジナル小説を映画化したもの。しかし、13人の女学生の身代わりに13人の娼婦たちが日本軍のクリスマスパーティーに赴き、慰安婦になるというストーリーは、それだけで日本軍や日本人の非道さを強調したものだ。さらに、女学生を守るために玉砕していく李教官(佟大為)をリーダーとする国民党軍小部隊の死闘ぶりをみると、神風特攻隊の悲劇と重なり合う部分もある。
しかして、張芸謀監督の最新にして最大のこの話題作には当然賛否両論が噴出しているが、ネット情報で私が見る限り低い評価が多い。それは曰く「撮影技術とクリスチャンベール&佟大為の演技と張歆怡の目力に免じて総合評価は星二つ。」「キャラクターと萌え度&ストーリーの星の大半は、佟大為演じる李教官の活躍の賜物です。」「だが、感動はしないのである。・・・中略・・・なぜか。脚本と演出が駄目だからだ。」「南京事件の残忍さをそれなりに描いてはいるものの、中国人の英雄的行為を描くことに重点が置かれすぎ、娼婦たちの媚態や美しさが過剰に強調されるので、事実の重みが薄れてしまっているのが、この映画の最大の欠点」等々だ。しかし、私は本作にあえて星4つをつけた。それは、ハリウッド俳優を起用した世界戦略へのチャレンジの他、映像の美しさや戦闘シーンの迫力、さらに謀女郎(イーモーガール)への興味などからだが、ネット上における上記の批判は私もほとんど同感。しかしそれでも、日中国交回復40周年に向けて世界の張芸謀監督があえて「南京事件」をとりあげたことに拍手!
<2人の「謀女郎(イーモーガール)」に注目!>
『サンザシの樹の下で(山楂樹之戀)』(10年)(『シネマルーム27』108頁参照)で原点回帰した(?)張芸謀監督は、そのヒロイン役にズブの素人の少女・周冬雨を起用したが、さてその後の彼女のブレイク度は?本作では、娼婦のリーダー格となる玉墨を演ずる妖艶な倪妮とその正反対にあくまで清楚な女学生のリーダー孟書娟を演ずる張歆怡が対象的な2人の「謀女郎(イーモーガール)」として登場し、それぞれ強いインパクトを放っている。
本作は南京事件が勃発する中、日本兵に追われながら13人の女学生たちが必死に逃げてくるシーンから始まる。続いて、それを助けようとした李教官率いる国民党軍の小部隊が激突する戦闘シーンへと移り、結局女学生たちは自分たちの寄宿していた教会に戻ることができるのだが、日中関係が風雲急を告げる中、彼女たちはみんなで一体どこへ行ってたの?外出禁止令ぐらいは出ていても当然と思うのだが、いみじくもネットの批評にあるように、バスケットをもってハイキングにでも行ってたの?それはともかく、その次に登場するのが玉墨率いる14人の娼婦「団」。彼女たちも安全な隠れ家を求めてこの教会にたどり着いたらしい。父親の神父が死亡したため、今はこの教会の責任者になっているらしい少年ジョージ(=陳喬治)(黄天元)は玉墨たちが入るのを拒否したが、いかにも気の強そうな玉墨はまずトランクを塀から内部に投げ込んだうえ、チャイナ服の裾をひるがえしながら塀越えに挑戦!
そんな「攻防戦」を経て、教会の中に入ってきた玉墨たちを教会の中でアメリカ人のジョンが口笛を吹いて迎えたが、なぜジョンは一足先に教会の中に?また、孟書娟をはじめとする清楚な女学生たちが、嬌声をあげながら入ってくる度派手な娼婦たちに嫌悪感を示したのは当然で、こんな水と油のような女たちがたとえ一時的にしろ、教会の中でうまく共同生活できるの?まずは、対照的なそんな2人の謀女郎の品定めをじっくりと!
<前半2つの戦闘シーンをどう評価?>
スティーブン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(98年)は、映画冒頭約20分間の戦闘シーンにほとんど制作費を使ってしまったらしい(?)が、本作でも前半に登場する2つの戦闘シーンに多くの制作費が使われているはずだ。太平洋戦争でアメリカの圧倒的な物量作戦に苦戦を強いられた日本軍は、神風特攻隊という世界に例のない「作戦」を挙行した。また、『戦争と人間』3部作(70年・71年・73年)(『シネマルーム5』173頁)や、1月5日に観た『マイウェイ 12,000キロの真実』(11年)などが描いた、太平洋戦争に先立つ1939年の「ノモンハン事件」では、圧倒的なソ連の戦車部隊に対して日本陸軍の兵隊は手榴弾や火炎瓶をもって肉弾突入していた。
私はこういう極端に精神主義的な傾向は日本の軍隊だけだと思っていたが、張芸謀監督が描く本作の戦闘シーンはまるでそれと瓜ふたつ?しかし、あの当時の国民党の軍隊、しかもどう見ても南京から撤退しようとしている敗残兵の小部隊が、たとえ同胞とはいえ何の関係もない女学生たちを救うためにあんな自己犠牲的かつ英雄的な行動がとれるの?さらに、負傷した1人の少年兵を静かに死なせるべく教会の中のベッドに寝かせた李教官が、数多くの日本軍を相手にみせる闘いぶりは鬼気迫るものがある。李教官の冷静沈着な闘いぶりには敬意を表するものの、朝倉中尉(山中崇)率いる日本軍のバカさ加減ときたら・・・。本作前半にみるそんな2つの戦闘シーンを、さてあなたはどう評価?
<これぞ「小日本!」これぞ「日本鬼子!」>
香川照之が出演した姜文監督の『鬼が来た』(02年)はショッキングな映画だったが、この当時私は中国語がサッパリわからなかったから、「小日本(シャオ・リーベン)」や「日本鬼子(リーベン・グイズ)」という言葉が「特有の意味」を持つことを正確には知らなかった。しかし、中国語の勉強が約3年にもなると、その言葉の意味や歴史的背景もバッチリ理解。しかして本作中盤における、教会内に入ってきた朝倉中尉率いる日本軍が女学生たちを発見した後のはしゃぎ様や対応をみると、まさにこれぞ小日本!これぞ日本鬼子!こんなシーンを観て、中国人歌手の韓紅が前述の「つぶやき」をしたわけだが、張芸謀監督は日中国交回復40周年を迎える2012年に向けてなぜこんなシーンを?
他方、ここまではカネの亡者で酔っぱらいのフーテン西洋人のように見えていたジョンが、逃げまどう女学生たちの悲鳴を聞いて、俄然「人道主義者」に切り替わっていくから面白い。いったんは洋服ダンスの中に隠れようとしていたジョンが、我が身の危険をいとわずニセ神父になり切ることを決意し、赤十字の大旗を掲げて13人の女学生を保護しようとしたのは一体なぜ?もっとも、朝倉中尉の日本鬼子ぶりは徹底していたから、ジョンの抵抗は実際には何の価値もなくジョンは気絶させられてしまうことに。さぁ、こうなれば後はやり放題だ。そんな中、数人の日本兵に組み敷かれた孟書娟が犯されようとしているその時、教会の外の廃墟に隠れていた李教官が放った一発の銃弾が日本兵の頭に命中したから朝倉中尉たちはビックリ。そこから前述した第2の戦闘シーンに入っていくことになるから、このストーリー展開は実によくできている。
李教官の発砲によって結果的にここでの犠牲は、数人の日本兵にもてあそばれながら3階の手すりから落下して死亡した1人だけで済んだのだが、それも束の間。李教官が「制圧」されてしまうと、再び教会の中は・・・?
<長谷川大佐をどう評価?>
今でも中国のテレビでは毎日のように抗日戦争を描いたドラマが放映されているから、中国旅行の時に私はよくそれを観ている。そこに登場する嫌われ役の日本軍人の思考や行動はワンパターンで、本作の朝倉中尉タイプがほとんどだ。しかし、それでは面白くないと考えたらしい張芸謀監督が登場させたのは、あくまで礼儀正しく女学生たちにピアノまで弾いてみせる帝国軍人・長谷川大佐(渡部篤郎)。彼は現地の治安維持の責任者らしいが、2度と同じような不始末が起こらないようにと警備兵を置いて教会とその中にいる女学生の安全を約束してくれたから、ジョンが彼に敬意を示したのは当然。その後、李教官が連れてきた若い兵士に弟のような思いを寄せた娼婦の豆蔻(李玥敏)が何としても彼に自分が演奏する琵琶を聴かせてやりたいと考えたところから、再度「日本鬼子」のシーンが登場する。もう1人の娼婦も、豆蔻と一緒に翡翠のイヤリングを取りに行くため、妓楼に戻ったのが運の尽き。その姿を日本兵たちに発見された2人の無惨な結末は・・・。
そんな残忍なシーンの後に登場するのが、女学生たちが歌う美しい賛美歌のシーンだ。これは音楽好きの長谷川大佐の要請によって実現したものだが、女学生たちの歌を聴き終わった長谷川大佐はクリスマスの日に師団本部で歌うよう要請。というより、今ここにいる13名(実は1人の娼婦が混じっていたが・・・)の女学生が全員集合して歌うように厳命したが、それってどういう意味・・・?本作のタイトル「金陵十三釵」 はもともと中国の「四大名著」の1つである「紅楼夢」に登場する12人の美女(金陵十二釵)からとられたものだが、この長谷川大佐の厳命によって13人の女学生の運命やいかに・・・?
<ラストに向けた衝撃の展開は?>
駐車違反や交通事故の犯人として運転免許証が汚れても支障のない人が「身代わり」として出頭。そんな事件はよくあるが、今年始めにNHK・BSプレミアムで放映された満島ひかり主演のドキュメンタリードラマ『開拓者たち』や『人間の條件』全6部作で観たようなプロの娼婦が素人女性の身代わりになってロシア兵の前に身を投げ出すという状況はもっと深刻だ。しかして本作後半は、「私が女学生の身代わりになる」と宣言した玉墨の行為によって、12人の娼婦たちが女学生たちの「身代わり」になって日本将兵の前に事実上「慰安婦」になることを承諾するという展開になるのだが、これは衝撃的。もっとも、今この教会に残っている娼婦は12名しかいないため、不足する1名は男のジョージが女に化けるというストーリーになるが、これはちょっとマンガ的・・・?
それはともかく、十数名の娼婦と女学生を「総入れ替え」するについては、服装や髪型のチェンジが必要だ。そこでジョンの職業が死化粧師だったことが大いに役に立つのだが、その変身ぶりはじっくりとあなた自身の目で・・・。ジョージを含む13名の娼婦たちが慰安婦になることを覚悟して日本軍の前に出ていくのは、あくまで女学生を救うため。心を鬼にして玉墨たちを見送ったジョンは、その後いかにして女学生を連れて南京から脱出を?そこらあたりのスリルとサスペンスが時間切れのため(?)もあって不十分なところに若干不満があるが、このラストに向けての衝撃のストーリー展開の是非をあなたはどう考える?
2012(平成24)年2月18日記