洋12-19
「青い塩」 ![]()
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2012(平成24)年2月10日鑑賞<GAGA試写室>
監督・脚本:イ・ヒョンスン
ユン・ドゥホン(チルガク会の元幹部、ハンガン組のボス)/ソン・ガンホ
チョ・セビン(料理教室に通う女性)/シン・セギョン
エック(ドゥホンの片腕)/チョン・ジョンミョン
殺し屋K/キム・ミンジュン
ギョンミン(ドゥホンの後任)/イ・ジョンヒョク
カン女史(殺人請負業)/ユン・ヨジョン
2011年・韓国映画・122分
配給/CJ Entertainment Japan
<伝説の中年ヤクザと若い女性との愛の物語のミソは?>
本作は、伝説のヤクザだが今はきっぱりヤクザから足を洗い、プサンで食堂を開くべく料理教室に通うユン・ドゥホン(ソン・ガンホ)と、そこで出会ったまだあどけなさが残る若い女性チョ・セビン(シン・セギョン)との愛の物語。そう言ってしまうといかにも平凡だが、ミソはセビンがかつてライフルの名手であったこと、そして今はプサンのヤクザ組織ヘウンデ組の便利屋として働いていることだ。セビンが料理教室に通っているのはドゥホンの動向を探るためだが、友人のウンジョンがヤバイ目に遭う中で、セビンは次第に殺し屋の役目を担っていくことに。
ドゥホンの片腕であるエック(チョン・ジョンミョン)の情報によって、次第にセビンの素性が明らかになってきても、ドゥホンは「こんなおいしい料理を作る娘に俺が殺せるか?」とタカをくくっていたが・・・。
<ヤクザ組織はややこしいが、実は・・・>
日本でも香港でも韓国でもヤクザ映画の名作はたくさんあるが、そんな映画に登場するヤクザは概ねすべて魅力的(?)。しかし、本作に登場するヤクザ組織チルガク会の元幹部でハンガン組のボスだったというドゥホンは、セビンの目に映るとおり誰が見てもただの小太りのおっさん・・・?また、ドゥホンの後任に就いたギョンミン(イ・ジョンヒョク)や、ドゥホンの動向をセビンに探らせているヘウンデ組のヤクザたちを見ても、黒いスーツを着てカッコはつけているものの、喋っている内容ややっていることは意外に単純で成果のないものばかりだから意外と間抜け・・・?さらに、殺人請負業を営むおばさんカン女史(ユン・ヨジョン)にしても、筋金入りの殺し屋K(キム・ミンジュン)にしても、カッコばかりで実際の行動はトロクサイ・・・?
本気でドゥホンを殺すつもりなら、本作に見るような特別な銃まで準備しなくても、あるいはセビンのようなライフル射撃の名人を使わなくても、後ろからズドンといけばおしまいでは?連合会のトップだったマンギル会長が殺されたことが本作の物語の発端だが、それだって別に交通事故を装う必要などないのでは・・・?などなど、本作にみるヤクザ組織はややこしいが、実は・・・。
<タイトルの意味は?>
普通塩は白いものだから青い塩など見たことのある人はいないはず。しかして、邦題の『青い塩(英題もBlue Salt)』とはどういう意味?それを理解するには少し韓国語が分からなければダメだし、セビンがドゥホンに投げかける「3つの大切なもの」に注目する必要がある。それは映画を観てのお楽しみだが、プレスシートにおいてイ・ヒョンスン監督は「塩は塩によって死ぬこともできるし、生きることもできるという2つの意味を持っている」という意味深な説明をしているから、それに注目!
本作はドゥホンとセビンの間で交わされる料理をめぐる会話がベラボーに多いが、そこで1つ意外なことは年若いセビンが塩辛い料理が大好きだということ。ドゥホンは料理に塩を足そうとするセビンをさかんに止めようとするのだが、さてそこにはいかなる意味が・・・?
<殺しの任務を優先?それとも愛を優先?>
ソン・ガンホ主演の本作に私が星3つしかつけなかったのは、ドゥホンとセビンとの恋愛模様(?)の展開と、ドゥホンを狙うセビンの殺しの任務との優先順位が常に混乱し、どっちつかずになっている姿についイライラしたためだ。当初、ヘウンデ組からセビンに与えられた任務はドゥホンの動向を探り報告するだけだったが、セビンの親友であるウンジョンが「ある失態」をしでかした後は、ドゥホンを殺すことが任務とされることに。それならそれで、さっさとやってしまえばおしまいなのに、セビンはなぜそれをやらないの?料理教室で下手な料理ばかり作っているドゥホンは隣にいるセビンに興味を持っていたかもしれないが、セビンにとってドゥホンは単なる任務のターゲットなのだから、動向探りから殺しに任務が切り替わっても別に大したことではないはずだ。ドゥホンを殺すチャンスなどいくらでもあったことは、ストーリー展開をみていればよくわかる。ところが、現実はその度に2人の間でエックが「ひょっとして援助交際を?」と疑うような関係が続いていくから、エックならずとも私を含む多くの観客は不思議になるのでは・・・。
映画をつくるにはそこらあたりの中途半端さ(?)が大事なのかもしれないが、私に言わせれば何をやるについても殺しの任務を優先?それとも愛を優先?そこらは、まずセビン自身がはっきり割り切らなくっちゃ・・・。
<ラストは悲劇の必然?それとも・・・?>
組の抗争に絡む中年のヤクザ男と若い女性との愛の展開は?そう考えると、その結末は悲劇が待っているはず。普通は誰でもそう考えるはずだ。しかして、本作でも冒頭にみるシーンはセビンが拳銃でドゥホンの胸板に弾丸を撃ち込むシーン。これによってドゥホンは胸から血をふき出しながら塩田の中に仰向けざまに倒れこんだから、これにて一巻の終わり。そんなシーンが本作のラストではそれなりの必然性をもって展開されるから、この悲劇は必然?
ストーリー展開上はそうなるのだが、韓国を代表する俳優ソン・ガンホを本当に殺してしまっていいの?そんな疑問を持っていると、案の定スクリーン上では・・・?これ以上書くわけにはいかないが、ラストは悲劇の必然?それともハッピーエンド?それはあなた自身の目でしっかりと。
2012(平成24)年2月13日記