洋12-18

「ヒューゴの不思議な発明」
    

              2012(平成24)年2月9日鑑賞<試写会・TOHOシネマズ梅田>

監督:マーティン・スコセッシ
製作:ジョニー・デップ
パパ・ジョルジュ(駅構内のオモチャ屋)/ベン・キングズレー
ジョルジュ・メリエス(偉大な映画監督)/ベン・キングズレー
鉄道公安官/サシャ・バロン・コーエン
ヒューゴ・カブレ(孤児の少年)/エイサ・バターフィールド
イザベル(ジョルジュの養女)/クロエ・グレース・モレッツ
クロードおじさん(ヒューゴのおじさん)/レイ・ウィンストン
リゼット(駅構内の花屋)/エミリー・モーティマー
ママ・ジャンヌ(ジョルジュの妻)/ヘレン・マックロリー
ムッシュ・ラビス/クリストファー・リー
ルネ・タバール(ジョルジュ・メリエスの信奉者)/マイケル・スタールバーグ
マダム・エミール/フランシス・デ・ラ・トゥーア
ムッシュ・フリック/リチャード・グリフィス
ヒューゴのお父さん/ジュード・ロウ
2011年・アメリカ映画・126分
配給/パラマウント ピクチャーズ ジャパン

<ディカプリオと決別?>
 昔のマーティン・スコセッシ監督は知らないが、ここ10年間のスコセッシ監督といえば、なんと言ってもレオ様ことレオナルド・ディカプリオとのコンビが有名。そのコンビは『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02年)(『シネマルーム2』49頁参照)、『アビエイター』(04年)(『シネマルーム7』12頁参照)、『ディパーテッド』(06年)(『シネマルーム14』57頁参照)、『シャッター アイランド』(10年)(『シネマルーム24』65頁参照)と続いたが、本作でマーティン・スコセッシ監督はディカプリオと決別?
  かどうかは知らないが、スコセッシ監督が『縞模様のパジャマの少年』(08年)で印象的な演技を見せた子役のエイサ・バターフィールドをヒューゴ・カブレ少年役として起用した本作は、映画への愛をベースとした人間愛あふれる作品となっている。すると、もはやスコセッシ監督はディカプリオとのコンビにこだわる必要はないのでは?

<マーティン・スコセッシ監督が3Dに!その出来は?>
 マーティン・スコセッシ監督がはじめて3Dに挑戦した本作の舞台はパリ。また、時計職人だった父親(ジュード・ロウ)を失ったヒューゴが今1人で暮らしているのは、パリの駅の時計台の中だ。父親の死後ヒューゴを引き取ったのは修理工のクロードおじさん(レイ・ウィンストン)だったが、酒飲みの彼もいつの間にか住み家に帰ってこなくなったため、今は駅の大時計を始めすべての時計の調整はすべてヒューゴの役目になっていた。
 本作は、この駅に列車が入り込んでくるシーンから始まるが、その3D映像は実にダイナミックで美しい。2011年12月に観た3Dによる『ALWAYS 三丁目の夕日’64』(12年)では映画冒頭、目の前に突き出してくる東京タワーに驚いたが、本作の驚きはそれ以上だ。さらに、大時計の針の隙間からヒューゴが覗き見する駅ナカの風景はきわめてダイナミックだから、3Dの映像にぴったり。ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』(09年)は3D作品として観客の度肝を抜く迫力だった(『シネマルーム24』10頁参照)が、スコセッシ監督初の3Dによる作品の冒頭は、シネマトグラフによる世界初の映画と言われている『列車の到着』(1895年)へのオマージュが読み取れる。そんな本作の3D映像は、冒頭からからワクワク感でいっぱいに・・・。

<父と子の絆は、謎の「機械人形」から>
 矢口史靖監督の『ロボジー』(11年)はロボット産業がしのぎを削る現代社会における「逆転の発想」でほのぼのとした笑いを誘ったが、今から100年以上前のパリで、ヒューゴの父親が偶然発見したのは、信じられないほど精巧かつ複雑な構造をした「機械人形」。この機械人形は顔を動かしながらペンを持って字を書けるらしい。そのため父親は本業の傍ら時計職人の夢を賭けてヒューゴと共にその修理に勤しんでいたが、ある日・・・。
 ヒューゴは父親がいなくなった今も1人でその修理を継続していたから、この機械人形は今でも父と子を結ぶ心の絆。ところがある日、ハート型の鍵がなければこの機械人形は動かないことが判明。しかして、その鍵を持っていたのは、「ある事件」を契機にヒューゴの盟友(?)となったちょっと年上の女の子イザベル(クロエ・グレース・モレッツ)だ。イザベルは、ヒューゴをコソ泥として捕まえた駅構内でオモチャ屋を営んでいる老人パパ・ジョルジュ(ベン・キングズレー)と、その妻のママ・ジャンヌ(ヘレン・マックロリー)が養女として育てている娘だが、さて本作前半で描かれる「ある事件」とは?

<謎の「機械人形」がストーリーの軸に!>
 パパ・ジョルジュは、やっとのことで捕まえたヒューゴのポケットから出された1冊のノートを見てびっくり!そこには様々な人形のスケッチの他、機械人形の修理の手順が書かれてあったから、ヒューゴにとってはこのノートが大切だが、ジョルジュには何の値打ちもないはず。ところが、ヒューゴからそれを取り上げたジョルジュは「これは俺の物だから燃やしてしまう」とムキになったから、こりゃ少し変・・・?ジョルジュから布に包まれた灰を受け取ったヒューゴはショックで涙に暮れたが、イザベラから「実はあれは嘘」と聞いたヒューゴは、再びイザベラと協力して少しずつ機械人形にまつわる謎を解いていくことに・・・。
 ヒューゴにとってその謎を解くことは父親の夢を共同で実現する大切なことだが、逆にジョルジュとって、それはとてつもなく辛いことらしい。ヒューゴとイザベルが、かつて映画制作の現場にいたというルネ・タバール(マイケル・スタールバーグ)の協力を得てジョルジュの「秘密」に迫る中、本作の軸となる機械人形を巡るストーリーはいかなる展開をみせ、いかなる人間愛に結びつくことに・・・。

<鉄道公安官は嫌な奴?>
 イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの小説『オリバー・ツイスト』はミュージカル映画『オリバー!』(68年)としても、またロマン・ポランスキー監督の映画『オリバー・ツイスト』(05年)としても映画化されている。それらを見れば、19世紀の産業革命前後のロンドンでは、産業革命の嵐の中で翻弄される底辺の子供たちがたくさんいたことがよくわかる(『シネマルーム9』273頁参照)。その主人公オリバーも孤児で、養老院で育てられた少年だ。本作の舞台はパリだが、ヒューゴを執拗に追う鉄道公安官(サシャ・バロン・コーエン)の姿をみていると、あの時代の孤児の惨めさがよくわかる。
 あの時代の鉄道公安官がどの程度の捜査権限を持っていたのかはよく知らないが、猟犬のような犬と共に、戦争の傷がもとで左足に金属部品を付けながら歩く彼の姿を見ていると、任務には忠実だが人の心は全く理解しない嫌な奴のように思えてくるのは仕方ない。したがって、彼は駅の構内で花屋を営むリゼット(エミリー・モーティマー)に対して密かに好意を持っているらしいが、なかなかそれを表現できないし、リゼットがそれを感じ取れなかったのも当然?この鉄道公安官のヒューゴに対する追及は本作全編に渡って徹底的になされるが、ひょっとしてそれは彼自身が孤児だったことの裏返し・・・?
 スコセッシ監督は機械人形を軸としたメインストーリーとは別に、この鉄道公安官の生き様の他、駅構内で生活するリゼット、いつも子犬を連れてコーヒーを飲んでいるマダム・エミール(フランシス・デ・ラ・トゥーア)、そこを足繁く訪れるムッシュ・フリック(リチャード・グリフィス)ら、「市井の人々」の生活を温かく描き出している。マダム・エミールの仲介によってリゼットとの「接触」を果たした鉄道公安官は笑いの表情を浮かべ、少し人間的な心を取り戻したようだが、さてこれによってヒューゴに対する追及の手は弱まるのだろうか?本作が見せるそんなサブストーリーにも注目したい。

<時計の修理ができるのなら、壊れた心の修理だって>
 本作を観ながら私が驚いたのは、「映画アカデミー図書館」の立派さ。去る1月28日に観た『J・エドガー』(11年)では、ディカプリオ扮するFBI初代長官であるジョン・エドガー・フーバーがナオミ・ワッツ扮するヘレン・ギャンディに対して図書館の本の目録作りをさかんに自慢していたが、この映画アカデミー図書館には約110年前に誕生した映画に関するありとあらゆる資料が整備されているからすごい。ヒューゴとイザベルが、パパ・ジョルジュは実は戦死したことになっている偉大な映画監督のジョルジュ・メリエスだということを知ったのも、ここを訪れたおかげだ。
 ジョルジュ・メリエスの作品は500本以上あったにもかかわらず、今では1本しか残っていないらしいが、それは一体なぜ?また、ジョルジュはなぜ自分がジョルジュ・メリエスであることをひた隠しにするばかりか、養女のイザベルを1度も映画に連れて行ってやらないの?さらに、ジョルジュがヒューゴの持つあのノートを燃やしてしまうことに固執したのは一体なぜ?自分たちの力による情報収集やルネ・タバールからの説明によって、ジョルジュが過去の栄光や映画の夢をすべて捨ててしまった理由がおぼろけながら見えてきたヒューゴは、「時計の修理ができるのなら、壊れた心の修理だって」と考えたが、さてその実行は・・・?

<必須アイテムは、このテキスト!>
 あなたは、イザベルの養い親となっているジョルジュが、実はジョルジュ・メリエスという著名人物だと聞いても、きっとその人がどんな人か知らないはず。また、トーマス・エジソンの名前は知っていても、リュミエール兄弟の名前は知らないはず。さらに、ヒューゴが持っていたハート型の鍵を差し込んだことによって、機械人形が描いた1枚の奇妙な絵が何を意味するのかも分からないはずだ。もちろん、本作のストーリー展開の中でそれは明らかにされるが、これらのさまざまな知識を吸収するには「このテキスト」がベスト!それはすなわち、私が映画検定4級・3級の資格を獲得するについて勉強した『映画検定 公式テキストブック』(キマネ旬報映画総合研究所編)(60~66頁参照)だ。
 1895年12月28日にパリのグラン・カフェの地下室にあるサロン・インディアンで、シオタ駅に列車が到着するところを撮った『列車の到着』をシネマトグラフで有料上映したのが映画の始まりと言われているが、そんなワクワクする映像が本作後半には続々と。そして、あの「機械人形」が描いたあの絵は、1902年にジョルジュ・メリエス監督がつくった代表作『月世界旅行』の1シーンなのだ。そんなこんなの知識を、そして影絵ショーや手品から始まった映画の誕生を理解し、映画への愛を深めていくには、このテキストが必須アイテム!

<栄冠はサイレント?それとも3D?>
 毎年2月になるとアカデミー賞の話題になるが、第84回アカデミー賞では「サイレント?それとも3D?」が注目を集めている。「サイレント」とは私が去る1月23日に観た『アーティスト』(11年)であり、3Dとは本作のこと。両者とも作品賞・監督賞にノミネートされた他、『アーティスト』は全10部門に、本作は最多11部門にノミネートされているから賞レースの行方は面白い。また、『アーティスト』では、1927年から始まったトーキー映画のために没落してしまったサイレント映画の名優ダグラス・フェアバンクスがイメージされ、本作では1895年から活躍した映画史上に残る伝説の人物、ジョルジュ・メリエス監督の姿が描かれているから、その対比も面白い。さらに『アーティスト』では、没落してしまったサイレント俳優はトーキー全盛時代の中で生まれた新進女優の「ある斬新なアイデア」によって見事に復活したが、本作ではヒューゴ少年の「心の修理」によってジョルジュはいかなる復活を?
 今ドキの映画はほとんどが2時間前後だから観るのも大変だが、19世紀末から20世紀初頭にかけてジョルジュ・メリエスが製作した約500本の作品は、そのほとんどが数分のもの。その代表作が『月世界旅行』だが、本作ラストでみせてくれる、よみがえったジョルジュ・メリエスの作品群とは?そんな貴重な映像は、是非あなた自身の目で。
                                   2012(平成24)年2月13日記