洋12-13

「J・エドガー」
    

                 2012(平成24)年1月28日鑑賞<TOHOシネマズなんば>

監督・製作・音楽:クリント・イーストウッド
ジョン・エドガー・フーバー(FBI長官)/レオナルド・ディカプリオ
ヘレン・ガンディ(フーバーの秘書)/ナオミ・ワッツ
クライド・トルソン((FBI副長官)/アーミー・ハマー
チャールズ・リンドバーグ(大西洋単独横断飛行の英雄)/ジョシュ・ルーカス
アニー・フーバー(フーバーの母親)/ジュディ・デンチ
ロバート・F・ケネディ(第64代司法長官)/ジェフェリー・ドノヴァン
エージェント・スミス(FBI広報官、フーバーの回顧録執筆者)/エド・ウェストウィック
2011年・アメリカ映画・137分
配給/ワーナー・ブラザーズ映画

<まずは基礎から(1)FBIとは?>
 アメリカのFBIとはナニ?CIAとは何が違うの?そして、フーバー(長官)とは何モノ?あなたがいい年の大人なら、それくらい答えられて当然だが、若い人は全く知らないのでは?そこで、まず基礎から押さえておくと、FBIとはFederal Bureau of Investigation(連邦捜査局)の頭文字をとったもの。1908年のBOI(Bureau of Investigation:捜査局)から1933年にDOI(Division of Investigation:捜査局)に改名され、さらに1935年に現在のFBIに改名された。他方、CIAはCentral Inteligence Agency(中央情報局)の頭文字をとったもので、1947年に成立した国家安全保障法により改組され誕生した。
 CIAは大統領の直轄組織で外交・国防の視点から必要な諜報・謀略作戦を活動を行う「外国担当」の機関であるのに対し、FBIは司法省に所属してテロ・スパイなどの国内の安全保障に係る公安事件、連邦政府の汚職に係る事件、複数の州に渡る広域事件、銀行強盗など莫大な被害額の強盗事件などの捜査を担当する「国内担当」の機関だ。

<まずは基礎から(2)エドガーとは?>
 次に、フーバー(長官)とは本作でレオナルド・ディカプリオが演ずるジョン・エドガー・フーバーのことで、初代FBI長官の名前。何と、彼は1924年にFBIの前身である司法省捜査局局長に任命されて以降1972年に死亡するまで、8人の大統領に、FBI長官として連続48年間も仕えてきたというからすごい。FBIを今日のような組織に育てあげた功労者であることはまちがいないが、48年間も1人がトップの座に君臨し続ければ当然そこにはさまざまな弊害が・・・。クリント・イーストウッド監督はそんな点を本作でいかに描くのだろうか?ちなみにフーバー以降のFBI長官の任期は10年に制限されたとのことだ。

<まずは基礎から(3)1919年という時代認識を!>
 若きディカプリオが最高にカッコ良かった『タイタニック』(97年)は、画家志望のジャックが1912年アメリカへの処女航海に向かうタイタニック号に乗り込むところからラブストーリーが始まったが、本作は1919年司法長官ミッチェル・パーマーの家が過激派によって爆破される事件から始まる。もっとも、これはほぼ40年間FBI長官として君臨してきたエドガーが、エージェント・スミス(エド・ウェストウィック)に対して回顧録を口述している中で語られるもの。クリント・イーストウッド監督は、エドガーがアメリカのためにまたFBIのために捧げてきたその一生を、フラッシュバックの手法を多用しながら描いていくが、その「ネタ」は彼の口述だから、多少の脚色は仕方なし?
 1919年当時エドガーは24歳。自転車ですぐさま爆破現場にかけつけ証拠品を見分する若き捜査官の姿がパーマー司法長官の目にとまったのがラッキー。「こいつは使える」と踏んだパーマー司法長官がエドガーを新設された過激派対策課の責任者に任命したところから、彼の栄光の道が始まったが・・・。

<まずは基礎から(4)君臨した48年間の時代認識を>
 前述のとおり、エドガーがFBI長官として君臨した1924から1972年のアメリカは次のような時代だった。すなわち、①1929年の世界恐慌②第2次世界大戦の勃発(1939年~)③1941年の真珠湾攻撃④朝鮮戦争勃発(1950年~53年)⑤1962年のキューバ危機⑥1963年のケネディ大統領暗殺⑦ベトナム戦争での北爆開始(1965年)⑧1968年のキング牧師暗殺とロバート・F・ケネディ上院議員暗殺。まずは、この時代認識をしっかりと。そして、この48年の間に代わったアメリカ大統領は次の8名。すなわち、第30代カルビン・クーリッジ大統領(任期1923~29年)、第31代ハーバート・C・フーバー大統領(任期1929~33年)、第32代フランクリン・D・ルーズベルト大統領(任期1933~45年)、第33代ハリー・S・トルーマン大統領(任期1945~53年)、第34代ドワイト・D・アイゼンハワー大統領(任期1953~61年)、第35代ジョン・F・ケネディ大統領(任期1961~63年)、第36代リンドン・B・ジョンソン大統領(任期1963~69年)、第37代リチャード・M・ニクソン大統領(任期1969~74年)だ。この8人の大統領はそれぞれどんな思いでエドガーを使い続けたのだろうか?またクリント・イーストウッド監督はそんな時代の「闇の部分」を本作でいかに描くのだろうか?そこに注目!

<若き日のエドガーの仕事は?>
 スクリーン上で観る過激派対策派の責任者としてエドガーがやっている仕事は、私の目にはあたかも戦前の日本の「特高」(特別高等警察)が「アカ思想」のみならず自由主義的思想全般に対して徹底的な弾圧を加えたのと同じようなものに見える。すなわち、「犯罪ではなく思想を調査する」とか「令状なしに捜査する権限を」とか、さらに「危険分子の指紋を採取するのは当然」等々、エドガーが「良きアメリカ」を守るためという大義名分の下にやろうとしていることは、戦後生まれでそれなりの人権感覚を持った弁護士の私には到底認められないものばかりだ。
 しかし、何ゴトも徹底的にやればそれなりの成果は出るもので、無政府主義者エマ・ゴールドマンの国外追放、共産主義者の大量逮捕と国外追放などの成果を挙げたエドガーは、あまりにも強引なやり方によってパーマー司法長官更迭という結果を招いたものの、新しい司法長官によってFBIの前身たる司法省捜査局の局長に任命されることに。これは29歳にしての大抜擢だが、ここでエドガーが出した条件は、「捜査局は政治家の支配を受けず、司法長官にのみ責任を負う」というものだったからすごい。
 現在橋下市長がやり始めた大阪市の大改革や国のあり方を問う大改革には当然大きな困難が伴うが、1924年当時のFBIの前身たる司法省捜査局の改革くらいはトップが意気込みを示し大胆に実行すれば、チョロイもの?とはいかないにしても、古い思想や体質を持った捜査官のクビ切りから、新人の採用まですべて自分の基準で厳格にやり通したからそれはそれで立派なものだ。そんなエドガーには「お友達」がおらず、孤高の世界に1人で立っていることは明らかだが、さて彼の「健全な精神」はどこで維持を?

<マザコンと女嫌いはわかるが、それ以上は・・・?>
 エドガーの人生については謎が多いらしい。また、エドガーが口述させている自叙伝は脚色だらけのようだから、話半分に聞かなければダメかもしれない。しかし、生涯結婚しなかったことや若い頃にプロポーズしたFBIの職員ヘレン・ガンディ(ナオミ・ワッツ)から結婚を断られた後、彼女を「私設秘書」として死ぬまで側において仕事をしたことはまちがいないらしい。またナイトクラブで女性たちと話しているシークエンスを見ると、どうもエドガーはホントに女嫌い?
 さらに本作を観ていると、エドガーのマザコンぶりが顕著になる。幼い頃より母親のアンナ・マリー(ジュディ・デンチ)から、「おまえは国で最も権力をもつ男になる」と言われ続けてきた(おだてられてきた)ことがその一因であることはまちがいないが、いい年のおっさんになっても母親にのみ甘えることができる姿を見ていると、こりゃ一種の異常性格かも?そんなエドガーだから、新人採用の時に「ビビビ」と感じたらしい背の高いハンサムボーイ、クライド・トルソン(アーミー・ハマー)を仕事の上で片腕と頼んだばかりか、私生活でも毎日昼食か夕食を共にするようになったのはある意味当然?そこまではまたいいが、本作中盤に訪れる何とも生々しい男同士のぶつかり合いと、その直後に訪れる意外な結末を見ると・・・。マザコンと女嫌いはわかるが、それ以上はどうも・・・。

<ストーリー展開は、リンドバーグ法を中心に>
 リンドバーグといえば、バブル期華やかなりし頃にカラオケで歌っていた『恋をしようよYeah!Yeah!』の女性ボーカルバンドを思い出すが、本作がストーリー展開の中心として描くリンドバーグ法のリンドバーグとは、1927年に初の大西洋無着陸飛行を成功させたアメリカの英雄チャールズ・リンドバーグのこと。日本でも「オウム事件」をはじめ世間を震撼させる凶悪事件はたくさんあるが、1932年に世間の注目を集めたのがリンドバーグの愛児誘拐事件だ。日本と違ってアメリカには連邦法と州法があるところ、誘拐事件は州法で処理されることになっていたから、エドガーがいくら「州をまたぐ犯罪だからFBIが捜査する」と力説してもそれはムリ。そこで、こんな重大犯罪にFBIの捜査権限が及ばない現状であれば現状の法律を変えればよいと考え行動するのがエドガーのえらいところ。彼の努力によってリンドバーグ法(連邦誘拐法)が成立することになるわけだ。
 さらに、リンドバーグ事件の捜査の中でエドガーが強調したのが科学捜査。今でこそ『科捜研の女』などのTVドラマに見られるようなDNA鑑定をはじめとする「科学捜査」は当たり前だが、あの当時にそんな手法を追及したのはやはり先見の明があったとしかいいようがない。木材の鑑定や筆跡鑑定によってドイツ語訛りのある男ブルーノ・ハウプトマンが逮捕され、有罪・死刑とされたからエドガーは大満足。これによってエドガーの名前とFBIの名前は一躍アメリカ全土に広がることになり、映画でもそれまではやっていた『民衆の敵』(31年)などのギャング映画から『Gメン』(35年)などに人気が移っていったというからすごいものだ。もっとも、前述の鑑定がどこまで正しいのかはそれ自体を科学的に鑑定しなければならないかもしれないから、もし犯人が生きていて「再審請求」がなされた場合は結論が変わる可能性もあり?

<赤狩りは?キング牧師は?盗聴の是非は?>
 共産主義はアメリカの敵。エドガーがそう信じているのは思想信条の自由だが、FBI長官の権力を利用して無差別な「赤狩り」を進めるのはいかがなもの?さらに、エドガーは共産主義の他、黒人の差別反対運動も若者たちによるベトナム反戦運動もすべてアメリカの平和と安全を脅かすものだと信じていたから、そんなエドガーが48年間もFBI長官の権力を行使すれば結果的にはマイナスの方が大きかったのでは?
 若い時には指紋の採取に固執したエドガーが、ホンモノの権力を握った後に固執したのが盗聴の必要性。FBIの捜査のために自由に盗聴を認めてくれれば、危険人物の摘発はお手のもの。FBIによる盗聴はケネディ大統領の安全を守るために必要なのだから。エドガーはそう考えていたらしいが、司法長官に就任したロバート・F・ケネディ上院議員は断固それに反対。本作後半にはそんな面白い「対決シーン」が登場するが、ご存知のとおり歴史はケネディ大統領暗殺(1963年)、ロバート・F・ケネディ上院議員暗殺(1969年)と続くから皮肉なものだ。さらに面白いのは、ケネディ大統領暗殺の第一報を告げる電話がエドガーの執務室で鳴った時、エドガーは何とケネディ大統領とマリリン・モンローのベッドシーンを盗聴テープで聴いていたこと。ここらの皮肉たっぷりの描き方は、さすが老練クリント・イーストウッド監督の面目躍如たるものがあるから、しっかりと味わいたい。

<誰でも秘密や弱味が。それは大統領だって・・・>
 「人の弱みにつけ込んで・・・」というセリフは一般的にはマイナスイメージで語られるが、「敵の敵は味方」という価値観を持っている人なら、また常に法廷で闘いの場にいる弁護士ならそれは当然のことで、マイナスイメージを持つ必要はない。人間には誰でも長所と短所があるように、誰でも1つや2つの秘密や弱味があるものだ。たとえば、それが浮気ならそれがバレると夫婦間の係争に、それが脱税ならそれがバレると税務署に全面降伏?そういう意味では、人の秘密や弱味を握ればその人を自由にコントロールできる可能性が高くなるから、圧倒的優位に立つことは明らかだ。
 しかして、国内の犯罪捜査に従事するFBIが膨大な情報を集積・管理するのは当然だが、FBI長官のエドガーだけが各方面で権力を握る特定の人間の「スペシャル秘密」や「スペシャル弱味」を握っており、それをファイルで管理しているとしたら・・・。そして、それが大統領の秘密や弱味だとしたら・・・。なるほどそうか。40年以上FBI長官に君臨しているエドガーのクビを、歴代8人の大統領が切れなかったのはそういう理由か・・・。
 ここで面白いのは、エドガーが仕えて8代目となるニクソン大統領とエドガーとの「盗聴」をめぐる会話(議論)。ニクソン大統領の失脚につながったウォーターゲート事件の発生は1927年で、この年の5月2日にエドガーが死亡してしまったから、本格的な盗聴をめぐるエドガーとニクソンとの議論を聞けなくなったのは残念だが、盗聴はニクソン大統領もお手のもの?『フロスト×ニクソン』(08年)(『シネマルーム22』22頁参照)を見れば、そのことがよくわかる。エドガーはある日突然死亡したから、ニクソン大統領は喜び勇んで(?)エドガーの執務室を封印し秘密ファイルを押収しようとしたが、さてそのファイルの所在は?その結末は是非あなた自身の目で確認してほしいが、もしそれが今日まで残っており、秘密保持期間が満了して公開されることになれば、そりゃ面白いのだが・・・。
                                    2012(平成24)年2月3日記