洋12-10

「アーティスト」
    

                    2012(平成24)年1月23日鑑賞<GAGA試写室>

監督・脚本:ミシェル・アザナヴィシウス
ジョージ・ヴァレンティン(サイレント映画界の大スター)/ジャン・デュジャルダン
ペピー・ミラー(新人女優)/ベレニス・ベジョ
アル・ジマー(キノグラフ社の社長)/ジョン・グッドマン
クリフトン(ジョージの運転手)/ジェームズ・クロムウェル
ドリス/ペネロープ・アン・ミラー
コンスタンス/ミッシー・パイル
アギー(ジョージの愛犬)
2011年・フランス映画・101分
配給/ギャガ

<モノクロのサイレント映画が大フィーバー!>
 これからの映画はすべて3Dに?そんなことはないだろうが、3D大作が次々と誕生している昨今、そんな時代に逆行するかのようなモノクロのサイレント映画が登場!そりゃ、意欲的な若手監督が自主上映かせいぜい単館上映の映画づくりとしてそんな企画にチャレンジすることはあるかもしれないが、本作は大フィーバー!2011年第64回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞したばかりか、第69回ゴールデン・グローブ賞の映画コメディ・ミュージカル部門で作品賞、主演男優賞、作曲賞の3冠を受賞。その後も快進撃を続け、第84回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、脚本賞、美術賞、撮影賞、衣裳デザイン賞、作曲賞、編集賞の10部門にノミネートされたからすごい。しかしてそれは、一体なぜ?
 昔から「百聞は一見に如かず」ということわざがあるが、まさにそのとおり。本作を観ればサイレント映画の楽しさとすばらしさにあっと驚くことまちがいなしだ。フランス映画なのにアカデミー賞にノミネートされるのは、舞台がハリウッドでありセリフが英語だかららしいが、さて最後の栄冠は?

<1927年~1929年という時代は?>
 本作は1927年から始まる。映画の都ハリウッドで、今サイレント映画界きっての大スター、ジョージ・ヴァレンティン(ジャン・デュジャルダン)は共演した愛犬アギーと共に新作の舞台挨拶で拍手喝采を浴びていた。『映画検定 公式テキストブック』によれば、「ハリウッド黄金時代」は1930年~40年代で、この当時ハリウッドは製作から興行まで一括して支配するスタジオ・システムを確立し、MGM、パラマウント、WB、20世紀フォックス、RKOの5大メジャーに、ユニヴァーサル、コロムビアの中メジャー、配給専業のUAを加えた8社が多くの契約スタッフ、俳優を抱え、独自のカラーを持った作品を量産していたらしい(72~73頁参照)。
 私がこの当時のサイレント映画として知っているのは、1925年の『戦艦ポチョムキン』と1927年の『ナポレオン』。前者は、学生運動の時代だった1968年当時必見の映画だった。それに対して、フランスのアベル・ガンス監督がつくった4時間半の大作『ナポレオン』は、特に後半20分間のスクリーンを3つに分割してそれぞれ別の映像を映し出す「トリプル・エクラン」が話題を呼んだらしい。私がそれをはじめて観たのは、1982年10月の大阪のフェスティバルホール。半世紀以上の時代を経てオリジナル版を復元させた『ナポレオン』は、1981年にフランシス・F・ポッコラが父カーマインの作曲・指揮によるオーケストラ演奏付きで、ニューヨークで「フィルム・イベント」として再上映され、それが1982年10月日本でも上映された。当時33歳だった私はこのプレミアムチケットを入手して、4時間半にわたる音の饗宴とすばらしいサイレント映画のスクリーンに大感激したことを今でもよく覚えている。しかして前述のテキストによれば、この1927年頃には映画に音声をつける技術が次第に実用化されており、1927年10月に公開されたパート・トーキーの『ジャズ・シンガー』が大成功を収めたらしい。また、1928年にはオール・トーキーの『Lights of New York』が大成功を収め、トーキーはまたたく間に波及していったらしい。
 他方、ご存知のとおり1929年10月24日にはニューヨークで株価が大暴落し世界的経済恐慌が始まった。これは2008年のリーマン・ショックとは比べ物にならない規模で、日本でも「大学は出たけれど」が流行語となった。1927~1929年という時代はそんな大きな時代の変革期だが、そんな中で「サイレント映画こそ芸術」、「自分は芸術家(アーティスト)だ」と主張し過去の栄光に固執するだけのジョージは果たして生き残れるの?

<これはペピーの実力?それとも・・・?>
 熱狂する若い女性ファンに囲まれているジョージをちょっとした弾みで突き飛ばしてしまったのが女優志望のペピー・ミラー(ベレニス・ベジョ)だが、その後のジョージの優しい行動に感激し、思わずその頬にキスを・・・。こんな風景はどこにでもあるが、この写真が翌日の新聞を大きく飾ったため、ジョージの嫁さんはご機嫌ななめ。これが後日の「離婚原因」の1つになったかもしれないが、逆にペピーは単純に大喜び。
 オーディションを受けに来た映画会社キノグラフで見せたキュートなダンスの魅力によって、ジョージ主演作のエキストラ役を獲得したペピーは、ある日楽屋の中(の密室)でジョージから「女優を目指すのなら目立つ特徴がないと」と言われ、アイライナーで唇の上にほくろを描かれると、その日を境に大フィーバー。踊り子、メイド、名前のある役、そして遂にはヒロインに!その口元にはいつもチャーミングなほくろが光っていた。
 どの世界でも有力者の後ろ盾があれば立身出世は容易だが、芸能界で新人女優が上を目指すならそれは不可欠?そして、その場合の売り込みの武器とは?私くらいの歳になり、俗世間の垢にまみれてしまうとついついそんなことを考えてしまうが、この大フィーバーはペピーの実力?それとも・・・?

<快進撃はいいが、この金持ちぶりは・・・?>
 本作のようなサイレントの名作を観ていると、通常の映画で聞くセリフは一体何だったの?と思ってしまう。つまり、セリフなど無くても役者の表情1つ、音楽1つでストーリー展開はもとより、登場人物の気持までバッチリ理解できるわけだ。
 トーキーの流れに乗った新人女優ペピーの快進撃ぶりはそんなスクリーン上でバッチリわかるが、どの世界でも新人の最初の給料(出演料)は安いから、いくら快進撃を続けても1年や2年で億万長者となり豪華な邸宅を手に入れることなどできないはずだ。日本ハムファイターズからテキサス・レンジャーズに契約年数6年、年俸総額約46億円で入団したダルビッシュ有投手でさえ、日本で年収2億円になるのに4年間を要したし、田中将大投手でも1億8000万円になるのに4年間を要している。そんな「出世」に対して「没落」が早いのは、かつて吉本興業で絶大な人気を誇った島田紳助の例をみても、平家滅亡の歴史をみても明らかだから、時代の変化に対応できなかったかつての人気俳優ジョージが人気面でも収入面でも気持の面でも急速に没落していったのは当然。ペピーはそんなジョージを心から心配し、オークションにかけられた彼の思い出の品々をこっそり買い取ったりしていたから、ペピーのジョージに対する気持はやはり愛?ただ私に言わせれば、ペピーのそんな快進撃は認めるとしても、この短期間におけるペピーの金持ちぶり(?)はちょっと・・・?

<あらためて、フィルムの可燃性とは?>
 記念の品々をオークションにかけた他、給料を払えなくなったとはいえ、今なお献身的に仕えているお抱え運転手クリフトン(ジェームズ・クロムウェル)を解雇したり、酒に溺れる無気力な日々を過ごしたりとジョージの「没落」は早い。挙げ句の果てに、ジョージは部屋の中で最後の財産である出演作のフィルムに八つ当たりしたうえ、そこにライターの火をつけたから大変!フィルムがよく燃えることは『ニュー・シネマ・パラダイス』(89年)で明らかだが、それを近時あらためて実証したのがクエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09年)。その評論の中で私はフィルムの可燃性について解説した(『シネマルーム23』17頁参照)が、部屋の中にぶちまけたフィルムに火がつけばたちまちあたり一面火の海に・・・。
 ここでジョージの救助に大活躍するのが、第64回カンヌ国際映画祭ではじめて「パルムドック賞」を受賞したジョージの愛犬アギー。その奮闘ぶりは、是非あなた自身の目で・・・。

<橋下改革は?船中八策は?>
 大阪市長となった橋下徹元府知事の率いる大阪維新の会の国政への進出が今や全国的に注目されているが、1月25日の「府市統合本部」の会議で府市の特別顧問を務める堺屋太一元経済企画庁長官が提案したのが「大阪10大名物」構想。そこには①道頓堀に全長2kmのプールを造り、世界遠泳大会を開催する、②JR大阪駅大屋根の下に「空中カフェ」をつくる、等々の面白いアイデアがいっぱいだ。さらに、橋下徹市長は1月29日には大阪維新の会代表として「維新で船中八策をつくる」ことを名言した。「船中八策」とは幕末期に坂本龍馬が起草した国家構想で、明治新政府による「五箇条の御誓文」の第1条となった「広く会議を興し、万機公論に決すべし」は「船中八策」の第2条をほぼそのまま踏襲したものだ。やはり、何ゴトもコトを成すには工夫と大胆な企画力が大切だということがよくわかる。

<何ゴトも工夫と大胆な企画力が大切!>
 今はペピーの邸宅内のベッドで寝ているだけのジョージだが、身体と精神が元気になれば映画への復帰はあるの?ペピーならずともそれが気になるところだが、今や世の中はすべてトーキーの時代。『肉体と悪魔』(26年)でグレタ・ガルポと共演したサイレントスターの1人ジョン・ギルバートは声が甲高いことからトーキーになって人気が落ち、酒浸りになったそうだから、今さらジョージがセリフをしゃべっても・・・。すると、やはりジョージの復帰は無理?そんな状況下、ペピーがジョージを経済的に救うだけでなくジョージに誇りを取り戻すための工夫と大胆な企画が本作のクライマックスに向けて展開していくから、それに注目!ペピーがキノグラフ社の社長アル・ジマー(ジョン・グッドマン)に「これを認めてくれなかったら私が辞めます!」とまでスゴんで半ば強制的に認めさせた、あっと驚く大胆な企画とそのすばらしさは是非あなた自身の目で。
 本作にみるように1927~29年という時代は大きな転換期だったが、2012年の今年はロシア、アメリカ、中国をはじめとする多くの国の指導者が入れ替わるという意味でも、また経済的、軍事的な力関係の変化という意味でも、あの時代以上の転換期。ペピーがその転換期を乗り越えたように、私たちも工夫と大胆な企画力でこの時代を乗り越えなければ・・・。
                                   2012(平成24)年1月31日記