洋11-87
「天国の日々」 ![]()
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2011(平成23)年9月8日鑑賞<シネ・ヌーヴォX>
監督:テレンス・マリック
ビル(リンダの兄)/リチャード・ギア
アビー(ビルの恋人)/ブルック・アダムズ
チャック(農場主)/サム・シェパード
リンダ(ビルの妹、ナレーター)/リンダ・マンズ
ベンソン(農場長)/ロバート・ウィルク
1978年・アメリカ映画・94分
配給/日本スカイウェイ、アダンソニア
<「今更ながら・・・」、あの監督のお勉強を!>
テレンス・マリック監督。その名前を聞いて、寡作でありながら同監督作品への出演を希望する俳優がワンサカといるアメリカの著名監督と知っている人は、よほどの映画通。
6月16日に観た『ツリー・オブ・ライフ』(11年)は第64回カンヌ国際映画祭でパルムドール賞を受賞した同監督の作品で、ブラッド・ピットとショーン・ペンの共演もさることながら、「なるほど、これがテレンス・マリック監督作品!」と納得させる出来栄えだった。同監督作品でそれまでに私が観ていたのは『シン・レッド・ライン』(98年)と『ニュー・ワールド』(05年)(『シネマルーム10』331頁参照)の2本だけだったが、その両者についての私の評価はイマイチ。そんなテレンス・マリック監督の特集を組んだのが、ユニークな映画館シネ・ヌーヴォだ。そこで同監督が1978年に発表した第2作『天国の日々』の試写が行われると聞き、「こりゃ、何はさておいても・・・」と地下鉄中央線に乗って九条駅へ。ここへ行く時は、駅前で立ち食いうどんを食べマクドナルドのコーヒーを持ち込むことが私の恒例なので、今日も同じパターンで「今更ながら・・・」テレンス・マリック監督のお勉強を。
<風景と人物とナレーションさえあれば・・・>
「映画作家」と呼ばれる人たちや、世界的に名をなした映画監督に共通する1つの特徴は、セリフの少なさ。これは、時代背景やストーリーそして人物についての「説明」を極力回避し、観客自身の頭で考えさせることを目指しているためだが、そのため、ある意味難解な映画になってしまう危険性もある。そこで、必要最低限の説明をするために有効なのがナレーションだ。『シン・レッド・ライン』でも『ニュー・ワールド』でも、そして『ツリー・オブ・ライフ』でもそれを多用していたテレンス・マリック監督は、本作でもそれを多用している。本作全篇を通じて「語り部」になるのは、若き日の『愛と青春の旅立ち』(82年)で大ブレイクする直前のリチャード・ギア扮するビルの妹リンダ(リンダ・マンズ)だ。
映画冒頭、シカゴの製鉄工場で過酷な労働を強いられているビルがある事件を起こして飛び出していくシークエンスが描かれるが、そこではセリフは全くなく、リンダの語りのみ。シカゴにあるこの工場を飛び出したビルは、恋人のアビー(ブルック・アダムズ)も妹だと偽って、実の妹リンダと共に3人で旅に出たが、それは半分は逃避、半分は冒険の旅だ。なんの目的もなく、どこへ行くというあてもないまま列車の屋根に乗って旅していた彼らは、テキサスのある農場で麦刈りの臨時労働者を募集していることを知ってそれに応募。南北戦争時代の南部の広大な農場は『風と共に去りぬ』(39年)でおなじみだが、ヨーロッパで第1次世界大戦が始まった頃のアメリカ南部の農場は?あの時代のアメリカは貧富の差が大きく、仕事を求める労働者たちがこんな農場での臨時作業に群がっていたことがよくわかる。
本作を含めて、テレンス・マリック監督作品に共通するのは映像の美しさ。過酷な労働風景を描いているにもかかわらず、本作前半の麦刈り作業に見る農場の広大さと風景の美しさは観客の目を魅了する。一部機械の導入はあるものの、あの時代の麦刈り作業のほとんどは人海戦術によるもの。これではアビーの手も荒れてしまうというものだが、農場主のチャック(サム・シェパード)は、なぜこの黒髪の女アビーに目をつけたの?本作前半では、そんなゆったりとしたストーリー展開と映像の美しさを存分に楽しみたい。
<この「玉の輿」婚は、誰が見ても・・・>
余命いくばくもないと知りながら淡々と日々の農場主としての仕事をこなしているチャックが、なぜ汚い格好で朝から晩まで働いているアビーのような臨時工に惚れたの?それが本作前半のポイント。また、労働者を雇うだけならまだしも結婚ともなると戸籍謄本のチェックが不可欠だが、ビルとアビーが本当に兄妹なのかどうかをチャックは結婚前にちゃんとチェックしたの?中国では今でも「民工」と呼ばれる戸籍をもたない労働者がたくさんいるが、第1次世界大戦当時のアメリカの戸籍制度は?
それはともかく、農場長のベンソン(ロバート・ウィルク)が猛反対したように、チャックがアビーに結婚を申し込んだのは誰が見ても異常。どこで働いても何の希望も見えないビルが、身売り同然であることを前提にアビーに結婚をOKするよう勧めたのは、チャックの余命が少ないことを知っていたことが大きな理由だが、ベンソンはビルのそんな腹の中をしっかり読みきっていないようだ。下層労働者だった時でもアビーは時折キラリと光るものを見せてはいたが、結婚してお屋敷におさまり毎日遊んで暮らしている姿をみると、みるみるうちにキレイになっていくから女とは不思議なものだ。もちろん、夫婦の寝室は夫婦だけのものでビルが自由に出入りできるはずはないが、あれだけ広いお屋敷と農場だから、ビルとアビーがチャックの目を逃れて好きなことをやるのはやり放題?お坊ちゃま育ちで人のいいチャックは、ビルとアビーの関係に少しは疑いの気持を持っていたようだが、ベンソンの諫言も「アビーは僕の妻だ」と即座に退けた。しかし、この「玉の輿」婚は誰が見ても・・・。
<イナゴが来襲する中での男の「対決」は?>
本作後半には、突然2機の飛行機が農場に迷い込むシーンが登場する。それに乗っていたのは何とも奇妙な旅芸人たちだが、彼らの芸がそれまでかなりの緊張関係にあったビルとチャックの関係を和らげる役割を果たすことになる。彼らの芸を見て連日笑い転げるビルたちだが、そんな中で少し油断したのか、ビルとアビーのキスシーンを遠くからチャックに目撃されてしまったから、こりゃヤバイ。ややこしい三角関係の発生は当初から予知できたが、このトラブルの中でビルが1人で出て行くという結末になったのは、なんとも微妙な女ゴコロのなせるワザ?さすがにテレンス・マリック監督は、風景の描写だけでなく女ゴコロの描写もうまい。
それから1年後。再び麦の収穫期にふらりとビルが戻ってきたが、こりゃまちがいなく新たなトラブルの種になるのでは・・・?そんな心配をしていると、次には本作最大のハイライトとなるイナゴ来襲のシークエンスが登場!バールバックの小説『大地』にもイナゴに襲われるストーリーがあったが、テレンス・マリック監督が本作で見せる、イナゴ来襲の映像の迫力と美しさはすごい。しかして、そんな自然との闘いの中で必然的に顕在化した、男同士の闘いは・・・?
<聖書の教えは?神の存在は?>
キリスト教とイスラム教の対立は世界的に顕著だが、日本では「葬式宗教」は盛んでも「宗教心」は希薄だから、宗教をめぐる争いはほとんどない。また、子供の教育に宗教が影響することもほとんどない。しかし、『ツリー・オブ・ライフ』での家庭教育や食事風景を見れば、1950年代の古き良きアメリカにおけるキリスト教の重みがよくわかる。敬虔なキリスト教信者であるために、ブラッド・ピット扮するあの父親はあんなに厳格に、またそんな父親の教育方針で育ったため、ショーン・ペン扮する息子は父親嫌いに?私は『ツリー・オブ・ライフ』の評論の「最後にあなたの神は?テレンス・マリック監督の神は?」という小見出しで、「欧米の文化とそこにおける父VS息子の確執を理解するためには、神=キリスト教の理解が不可欠だと実感!」と書いたが、テレンス・マリック監督の映画にはこのように神の存在が大きなウエイトを占めている。
ところで、マーティン・スコセッシ監督の『バベル』(06年)は旧約聖書創世記11章の「バベルの塔」をモチーフにしたもので、そこには「遠い昔、言葉は1つだった。神に近づこうと人間たちは天まで届く塔を建てようとした。神は怒り、言われた。“言葉を乱し、世界をバラバラにしよう”。やがてその街は、バベルと呼ばれた。」と書かれている。そんな目で見ると、本作のタイトル『天国の日々』(原題も同じで、『DAYS OF HEAVEN』)とは一体どんな意味?
プレスシートを調べてみると、『天国の日々』という題名は旧約聖書の「申命記」に出てくる言葉からとられたもの。「申命記」はモーゼが約束の地に入るイスラエル人に対して与えた律といわれ、「唯一の神ヤーウェを愛していれば約束の地(天国)にすむ日数=天国の日々が多くなる」ことが強調されているらしい。また、全体の構成が「創世記」から借りたもの(ビルとアビーが兄妹と偽るのはアブラハムとサラの関係と同じ)であったり、<小麦の刈り入れ>や<イナゴの来襲>などを映画の重要なシーンとして扱うなど、聖書を想起するエピソードが物語の骨格を成している。」と説明されている。このことを理解すれば、『ツリー・オブ・ライフ』と同じように、本作でも聖書の教えは?神の存在は?という問いかけが不可欠だ。
2011(平成23)年9月9日記