洋11-77

「アリス・クリードの失踪」
    

                    2011(平成23)年6月25日鑑賞<シネ・リーブル>

監督:J.ブレイクソン
アリス・クリード/ジェマ・アータートン
ダニー/マーティン・コムストン
ヴィック/エディ・マーサン
2009年・イギリス映画・101分
配給/ロングライド

<沈黙は金!雄弁は銀!>
 映画の歴史をふり返れば、当初は長い間無声映画の時代が続いた。そんな時代下では、セリフを字幕で入れたり、音楽を入れたり、日本では活動弁士を入れたりして、音声が出ないことの「マイナス」を補っていた。しかし、1920年代後半にトーキーが登場したことによって映画は大革命を迎え、トーキー嫌いと言われていたチャップリンもついに『独裁者』(40年)でトーキー映画の仲間入りをすることに。ところが、芸術家や映画人には「変人」が多いのか、せっかくセリフを音声でしゃべることができるようになったのにあえてそれに封印をし、セリフなしの映像でストーリーを構成し観客の目を惹きつけようとする監督がいる。本作で長編映画監督デビューし、英米の批評家たちから絶賛された若き34歳のJ.ブレイクソン監督もその1人だ。
 本作は冒頭、中年男のヴィック(エディ・マーサン)と若い男のダニー(マーティン・コムストン)が何やら悪事を実行するについて、用意周到な準備をしている様子が連続写真のように要領よく映し出される。その後、現実に若い女アリス・クリード(ジェマ・アータートン)を計画どおりに手際よく誘拐し、隠れ家のベッドに両手両足を縛りつけ、頭には頭巾をかぶせて監禁する様子が映し出される。この冒頭のシークエンスが続くのは約10分間だが、その間セリフは全くなく、聞こえるのはアリスの泣き叫びわめきちらす声のみだ。昔から「沈黙は金!雄弁は銀!」というが、まさにそのとおりであることを実感!この冒頭10分間の映像だけで、イギリスのこの若手監督がただ者ではないと、誰もが確信するはずだ。

<2人組の要求は?身代金目当て「誘拐」の成功率は?>
 身代金目的の誘拐事件は、人間ドラマとしては非常に面白い。したがって、それを描いた映画は、黒澤明監督の『天国と地獄』(63年)をはじめとして数多い。しかし、殺人事件や窃盗・詐欺事件では用意周到な準備をしてコトに臨めば完全犯罪も夢ではないが、身代金目的の誘拐事件の成功率は?
 本作で2人組が要求する身代金は200万ポンド(約26億円)。定期的にアリスの父親に電話で連絡をとり身代金の交渉をするのはリーダー格のヴィックだが、いくら用意周到な準備をしても身代金の交付を受けたうえでうまくドロンするのはかなり難しいのでは?弁護士としての私の目はどうしてもそういう方向に向かってしまうが、映画を楽しむためには本来そんなことはどうでもいい。大切なことは、こんな設定の中で生まれてくる人間ドラマの面白さだ。
 何ゴトも計画どおりきちんとやっていくA型人間(?)のヴィックに対し、現実に生身の女を秘密の部屋に監禁するまでの作業を終えたダニーは、今少し疲れ気味で食欲がないらしい。そこで、ヴィックはそんなダニーを一喝!「食べたくなくても、食べろ!」「何時間も働いて食べたくないのは、不安を感じているからだ!」「平常心でやるべきことをやるだけだ!」と鼓舞激励したが、考えてみればなるほどヴィックの言うとおり。緻密な計画を立てたうえ、今は実行に移したのだから、今更考えることはムダ。計画どおり、予定どおりの実行あるのみだ!

<秀逸なアイデアが2つ。その1は?>
 これだけ徹底して準備し、これだけ徹底して誘拐した女を恐怖に陥れば、本来なら両手両足をベッドに縛りつけておく必要はない。密閉された部屋に監禁しておけばいいだけのはずだ。もちろん、そこには刑務所と同じようにトイレの設備が不可欠だが・・・。ところが、本作では犯人たちは着ているものから足がつくことを極端に警戒するためか、自分たちの衣服はもちろんアリスの衣服もすべてはぎ取り、新しい服に着替えさせるからそんなシーンにも注目・・・?それはともかく、本作を誘拐と身代金請求の事件ものドラマとせず、人間ドラマとするについては、秀逸のアイデアが2つある。しかし、それをまともに書いてしまうと本作を観たときの新鮮味がなくなるから、ヒントだけにとどめておきたい。
 その第1は、両手両足を縛りつけたことから必然的にアリスの生理的欲求への処置が必要となるため、そこから生まれるハプニングとそのハプニングの中で明らかになる衝撃の事実だ。口に猿ぐつわをはめられた状態のアリスに対して、ヴィックは「便意を催した時は指を開閉せよ。小の時は指1本、大の時は指2本で合図せよ」と命じたが、前述のように、監禁するだけならここまで徹底する必要はない。ヴィックは外部との電話連絡で忙しいから、アリスの世話をする(?)のは必然的にダニーになる。アリスの指2本を示す生理的欲求に対応してダニーはバケツを渡したが、いくら囚われの身とはいえ、ピストルを持った男にじっと凝視されたままでは・・・?そこで心優しい(?)ダニーはしばらく後ろを向いてやることにしたが、それならいっそのこと部屋の外に出た方が良かったのでは?ダニーが後ろを向いている間にアリスはチャンスをうかがってバケツでダニーに殴り掛かり、ダニーのピストルを奪ったから、ここに形勢は大逆転。アリスの怒りが生半可でないことは現にピストルを発射したことからも明らかだが、ここで「待て!アリス、待て!アリス」と言いながらダニーが覆面をはずしてみると、意外にもそこに見る誘拐犯の顔は・・・?

<秀逸なアイデアが2つ。その2は?>
 これだけ呼吸の合ったコンビはそうそういるものではない。そのことは、冒頭からの2人の動きを見ているとよくわかる。しかして、2人が刑務所仲間だったことがアリスの監禁を終えた後、覆面をとった2人の会話の中で明らかになる。もっとも、あくまで冷静沈着、目的に向けて一切のムダを省いて一直線というタイプのヴィックに対して、ダニーは食欲がないそうだから内心は不安でいっぱい?そんなダニーを元気づけるヴィックの姿を見ていると、2人は共犯ながら力関係は圧倒的にヴィックの方が上。ヴィックが命令しダニーがそれに従うという関係だが、こんな関係なら獲得した身代金の配分はどんなとり決めに?
 身代金目当の誘拐事件を計画し実行するのなら、ホントは1人でするのが一番。だってそれなら、すべて自分の能力に応じて自分の計画どおりにやれるし、身代金も当然独り占めできるのだから。ところが共犯者がいると、よほど2人の間に信頼関係がありチームワークよく仕事をしないと任務遂行上でのトラブルが出たり、挙げ句の果ては身代金の配分をめぐって争いになることがある。しかし、本件におけるヴィックとダニーの場合は、命令と服従にみえた2人の関係が、実はそれだけではなく、何よりも強い信頼関係で結ばれていることが、ある時点から明らかに。なるほど、なるほど、2人がこんな「特殊」な関係なら・・・。

<200万ポンドの受け渡しは?>
 『リミット』(09年)の登場人物は箱の中に閉じ込められた主人公1人だけだったが、回想シーンでは主人公以外の人物もスクリーン上に登場した。しかし、本作ではJ.ブレイクソン監督は、ヴィック、ダニー、アリスの3人以外はスクリーン上に登場させないと固く誓ったうえで脚本を書いた(?)ようだ。したがって身代金をめぐる電話での交渉における「相手方」の姿は全く見えないし、「すべてがうまくいった」とヴィックが興奮気味に語る200万ポンド受け渡しの「仕組み」も全く明らかにされない。たしかに、それによって本作は3人の心理ドラマとしてのエッセンスが凝縮された仕上がりになっているが、アリスがダニーの真の姿を発見したことによって誘拐者VS人質という人間関係に大きな変化が生まれ、さらにヴィックが密閉された部屋の壁に撃ち込まれた一発の銃弾を発見したり、両手両足を縛られたはずのアリスの身体の回りに携帯を発見したりする中でヴィックとダニーの固く結ばれた信頼関係にも大きなヒビが・・・。
 そんな中、200万ポンドの受け渡しにヴィックとダニーが赴いたが、金の入ったボストンバックのそばに掘られた大きな穴は一体ナニ?ここで遂にヴィックの意図に気づいたダニーは咄嗟の判断でヴィックを突き飛ばし、林の中を走り回って逃げようとするが、中年男で若干太り気味のヴィックも走って追っかける姿は結構一人前。さあ、若くてスマートなダニーは逃げおおせるの?そして200万ポンドの身代金をめぐるヴィックとダニーの究極の対決はどうなるの?

<この関係がボツなら、アリスとダニーの関係は?>
 アリスとダニーが「特殊な関係」にあったことが観客の目に明らかになっても、その後かなりの間ヴィックはそれに気づかないから、観客はダニーとアリスと共にその秘密を共有することができる。しかし、ある時ある事情によってヴィックがそれに気づくと、以降ヴィックが2人に対する対応を変えたのは当然。しかし、アリスとダニーの特殊な関係は変わっていないはずだ。金持ちの娘を誘拐するという目的に沿ってダニーがアリスを推薦したのはダニー独自の思惑があったからだが、同時にそれがヴィックの要求を満たしていたことも事実。したがってリーダー格のヴィックの計画を計画どおりに実行すれば、アリスの命を奪うことなく身代金を獲得し、2人は以降気ままな贅沢三昧の暮らしができたはず。しかし、ここまで計画が狂ってしまうとヴィックとダニーの関係がボツになってしまうだけではなく、アリスとダニーの関係にもヒビが?そこらあたりの人間心理の動きをしっかりと楽しみたい。
 ヴィックから撃たれたピストルの弾はまちがいなくダニーの身体の中に入っているから、早く治療をしなければ・・・。それはもちろんだが、今やダニーにとっての最大の関心事は200万ポンドをいかに自分のものにするかということ。いったんは計算高いヴィックの勝利と思われたが、実は・・・?そして、今両手に手錠をかけられ、首には首輪をはめられたアリスを前にして、ダニーがとった行動とは?ラストに向けて否応なく決着をつけることを迫られる三人三様の行動を、その心理の動きとともにしっかり楽しみたい。しかして、結局生き残るのは?そして、最後の勝者とは?
                               2011(平成23)年6月27日記