洋11-72
「モールス」 ![]()
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2011(平成23)年6月15日鑑賞<アスミック・エース関西支社>
監督・脚本:マット・リーヴス
原作:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『MORSE モールス』(ハヤカワ文庫刊)
アビー(12歳くらいの少女)/クロエ・グレース・モレッツ
オーウェン(12歳の少年)/コディ・スミット=マクフィー
アビーの父親/リチャード・ジェンキンス
警官/イライアス・コティーズ
2010年・アメリカ映画・116分
配給/アスミック・エース
<少女アビーの秘密とは?>
本作の原作はヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが書いた『MORSE モールス』だが、一足先にそれを映画化したトーマス・アルフレッドソン監督のスウェーデン映画のタイトルは、『ぼくのエリ 200歳の少女』(08年)。他方同じ原作をマット・リーヴスが映画化した本作の邦題は『モールス』だが、原題は『LET ME IN』。雪に閉ざされた町に母親と2人で住む12歳の少年オーウェン(コディ・スミット=マクフィー)と、その隣に父親と共に引っ越してきた「12歳くらい」の少女アビー(クロエ・グレース・モレッツ)は、ある日から壁ごしにモールス信号交わすことになって絆を深めていくから、『モールス』というタイトルはよくわかる。しかし、『LET ME IN』とは?
直訳すれば「私を中に入れて」という意味のこの言葉は、アビーがオーウェンに対して再三投げかけるもの。これは単に「私を部屋の中に入れて」という意味にもなるが、実はもっと奥が深く、ある隠された秘密を持つアビーが「そんな私をそのまま受け入れて!」と訴えている言葉だ。その意味の深さと重さがわかるのは映画中盤以降だが、さて雪の中を平気で裸足で歩いたり、自分の誕生日を正確に知らなかったり、そしてスウェーデン映画では「200歳の少女」という形容詞がつけられた少女アビーの秘密とは?
<ロミオとジュリエットは「悲恋」だが、本作の2人は?>
ロミオとジュリエットはモンタギュー家とキャピュレット家という敵同士の家に生まれたために生まれた悲恋だが、この2人は自立した大人としてそれぞれの意思に従って純愛を貫いたのだから、ある意味で幸せ。しかし、本作にみる12歳同士(?)のオーウェンとアビーの場合は男女の純愛には到底至らず、まだ子供同士の友情や絆のようなものだ。
映画冒頭2人の間でそれが深まっていく様子が描かれるが、それはロミオとジュリエットが互いに一目惚れしたのとは違って、かなり時間を要することになる。どちらかというとおとなしいタイプのオーウェンは、学校の中ではわんぱく坊主たちから「女の子!」としていじめられ孤独の中で毎日を過ごしていたし、引っ越しをくり返しているというアビーは当然誰にも言えない「秘密」を持っていたから、もともと孤独。したがって、オーウェンから「友達になれる?」と聞かれても「YES」と答えることはなかなかできなかったから、2人の絆が深まることは永久になし?
映画冒頭の展開ではそう思えたが、それが変化するのはオーウェンがやっていたルービックキューブにアビーが興味を示したため。一日預けただけで完璧にこれを完成させたアビーをみてオーウェンはビックリ。こんな女の子の、どこにそんな才能が?
<本作はスリラー映画の傑作?>
映画は、孤独な2人がそんな風に少しずつ絆を深め、モールス信号を交わすに至る姿を描いていくが、他方でスティーヴン・キングが「この20年のアメリカでNO.1のスリラー」と絶賛したという本作は、スリラーの度を深めていく。本作独特の暗い映像によって、それが強調されるが、アビーの父親(リチャード・ジェンキンス)がみせる何とも不気味な行動やある自動車事故(?)を契機として次々と引き起こされるショッキングな展開は一体なぜ?
本作のプレスシートはアビーの「秘密」に一切触れていないため、私の評論もその点は触れないでおこう。もっとも『ぼくのエリ 200歳の少女』を観た人はその秘密を当然知っているが、それでもここでは「言わぬが花」・・・。
<刑事の追及の手は?>
今この町で起きている一連の猟奇的な殺人事件を捜査するのは、1人の刑事(イライアス・コティーズ)。刑事モノでは2人がチームを組んで捜査にあたるのが常だが、本作ではストーリーをシンプルにする意味で(?)彼1人だけだ。映画冒頭、頭から硫酸をあびた自動車事故の被害者らしき男が登場するが、彼はなぜそんな姿に?映画中盤やっと刑事は病院のベッドで寝ているこの男と接触することになるが、そこを訪れていた少女がいたと受付から聞いた刑事のカンは?
さらに、この町には血液が抜かれた男の死体が湖から発見されたり、病室が突然発火して病人や看護師が焼死したりと、次々に奇怪な事件が発生していた。これらの事件の共通点はアビーとオーウェンが住んでいる団地だということに気づいた刑事は、遂にアビーとオーウェンの自宅周りの捜査に着手。そして、遂にある日刑事はオーウェンの自宅に踏み込んだが・・・。
<2人の絆はジ・エンド?それとも・・・?>
本作についてはネタばらしを極力避けているため、読者は私が何を言おうとしているのか全くわからないかもしれない。しかして、この最後の小見出しもそれは同じ?映画を観れば、アビーが父親と共に何度も引っ越しせざるをえない理由がわかる。ロミオとジュリエットは肉体的な死が2人を分けることになったが、本作はアビーの「引っ越し」で終わるから、これによって2人の絆はジ・エンド?一瞬そう思うかもしれないが、それでは映画のストーリーとしては平凡にすぎる。そこで本作がラストシークエンスとしてつくり出したのは、たとえ場所は遠く離れてもオーウェンとアビーの絆は永遠ということだ。
2人の絆が強まる中でアビーが後押ししてくれたことによって、女の子のように弱虫だったオーウェンも、いつしかわんぱく坊主たちの「いじめ」に対抗できるようになった。もっとも、それによって相手を大ケガさせてしまったのは、やはりやりすぎ?したがって、その報復は当然予想されるところで、映画のラストにはそんなシーンが登場する。「プールの中に3分間潜っていろ!」とムリヤリ頭を押さえつけられるオーウェン。彼はもともと泳げない男の子だったから、こりゃ大変だ。そして時間は1分、2分と経ち、いよいよオーウェンはこれが限度・・・。そんな中で起きる、最後の大事件とは?当然これもここには書けないので、その顛末はあなた自身の目でしっかりと。
2011(平成23)年6月16日記