洋11-69

「ハンナ」
    

                    2011(平成23)年6月8日鑑賞<GAGA試写室>

監督:ジョー・ライト
脚本:セス・ロックヘッド、デヴィッド・ファー
原案:セス・ロックヘッド
ハンナ/シアーシャ・ローナン
エリック(ハンナの父、元CIA捜査官)/エリック・バナ
マリッサ(CIA捜査官)/ケイト・ブランシェット
アイザック(クラブ経営者、マリッサの友人)/トム・ホランダー
レイチェル(ソフィーの母)/オリヴィア・ウィリアムズ
セバスチャン(ソフィーの父)/ジェイソン・フレミング
ソフィー(イギリス人のティーンエージャー)/ジェシカ・バーデン
2011年・アメリカ映画・111分
配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

<あの若手注目女優が、すごい境地に挑戦!>
 
本作のタイトルとなっている16歳のハンナを演じるのは、キーラ・ナイトレイと共演した『つぐない』(07年)(『シネマルーム19』306頁参照)でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた天才少女シアーシャ・ローナン。同作で彼女を一躍人気女優に押し上げたジョー・ライト監督が、今度は彼女を殺人マシーンの少女ハンナ役に起用し、『つぐない』の役とは全く異質のヒロインを創造した。映画冒頭、『スターリングラード』(01年)で見たジュード・ロウ演じる狙撃手(『シネマルーム1』8頁参照)と同じような設定で、ハンナが弓矢で鹿を射るシーンが登場する。
 アップで映るハンナの表情。他方、鹿は悠然とフィンランドの雪の上を歩いている。木の隙間からハンナの手から放たれた矢は確実に鹿に命中したが即死には至らず、鹿は逃げ出す事に。それを走って追いかけるハンナ。肉体の限界に達した鹿が倒れると、そこに到達したハンナは確かな手つきで鹿の臓物を取り除き、冬の間の食料として保管できるよう処理。その技は、まさにプロ。まだあどけなさが残る16歳の少女ハンナに、なぜこんな技が?

<教育の素材は、百科事典とグリム童話のみ!>
 原案者のセス・ロックへッドが、デヴィット・ファーと共に脚本を書いた本作は、かなり特殊な状況をイメージしている。すなわち、ハンナはフィンランドの山小屋の中で(育ての)父親であるエリック(エリック・バナ)から特殊な戦士(諜報員)として育てるべく、生まれた時から特殊な教育と訓練を施された少女なのだ。私の中国語の勉強は2年あまりになったが、たどたどしく喋れるのは中学、高校、大学時代に勉強してきた英語と中国語の2つのみ。しかし、本作に見るハンナは、なんと英語、ドイツ語、スペイン語等々はもちろん、アラビア語まで操れるというからビックリ。
 もっとも16歳の今日までハンナが接した人間はエリックだけだから、ハードな教育による暗記はできても、情操教育の方は?音楽と聞けば別にその定義をしなくても普通の人間なら誰でも理解できるが、ハンナの場合はそれを百科事典の定義どおり覚えているだけで、実体験はゼロ。主に格闘能力や戦闘能力を仕込んだエリックがハンナに施した情操教育といえば、一冊のグリム童話の絵本だけだ。私は幼稚園の頃からハーモニカや木琴、そしてバイオリンのまねごとを仕込まれたから、小学4年生にもなると少年合唱団に入る事になったが、こんな不十分な情操教育しか受けていないハンナの将来は?

<走る、走る!とにかく走る>
 
本作を見てシアーシャ・ローナンが、今後も世界的に注目される大女優であることを確信!ハンナの形容詞は「無垢な殺人マシーン」だが、『ボーン』シリーズでマット・デイモンが見せるようなキレのいいハードなアクションをこなすには、それなりの訓練が必要だ。
 しかして、本作に見るシアーシャ・ローナンのアクションは十分合格点だ。そのうえ本作で特筆すべきは、ハンナの走力。本作において、ハンナは走りに走る。冒頭の、傷つきながら逃げる鹿を追うハンナの全力疾走はいかに?野球選手の練習の基本は走ることだが、ひょっとしてそれは俳優も同じ?以降、再三登場するハンナの全力疾走のシーンには、その都度注目!

<あの大女優が、『エリザベス』とは全く違うイメージで!>
 本作で16歳の殺人マシーン、ハンナをいじめる損な役割を演じるのは、ケイト・ブランシェット演じるCIAの捜査官マリッサ。マリッサとハンナの父親エリックは元同僚だったが、16年前のあるプロジェクトに2人が関与する中で、マリッサはエリックとハンナの家族を抹殺することに。本作が描くそのシーンはシンプルだが、優秀なCIA捜査官であるはずのマリッサがここでまさかのミステイク。マリッサはハンナの母親の殺害は確認できたものの、赤ん坊だったハンナとその父親エリックは取り逃がしたわけだ。
 もっとも16年後の今も、あの時の問題点が顕出されなければ何の問題もないのだが、エリックとハンナがマリッサへの復讐のために動き始めれば、マリッサも対応せざるをえないのは当然。なぜかマリッサはえらく歯磨きにこだわり、時間を掛けてピカピカの歯にしているようだが、それはそれとして大切な事は、そんな風に動き始めたエリックとハンナを封じること。そこで、マリッサはCIAの表の仕事とは別にハンナとエリックの殺害を決意したが、この両者を自分一人で殺るのはしんどいため、エリックは自分が殺るという前提でハンナの殺害はクラブ経営者をしている友人のアイザック(トム・ホランダー)に依頼することに。マリッサとアイザックは古い付き合いだから、封筒に入った金をそっと渡し依頼内容をシンプルに伝えればそれでOK。そんなマリッサ役をケイト・ブランシェットが『エリザベス』(98年)とは全く異質のキャラで熱演。さあ、アイザックによるハンナの殺害は?そして、マリッサによるエリックの殺害は?

<原案と脚本はイマイチ?> 
 
本作最大の売りは、ハンナを演じたシアーシャ・ローナンのアクション。タイの天才少女“ジージャー”ヤーニン・ウィサミタナンが『チョコレート・ファイター』(08年)(『シネマルーム22』173頁参照)で見せた格闘技には全然及ばないが、走ることを含めて彼女が挑戦したアクションに拍手!そんな本作で私が納得できないのは、第1にハンナはなぜ父親から独立するのか?ということ。第2にハンナが独立するということは、ハンナがマリッサに殺されるか、それともマリッサを殺すかのどちらかだと訓示し、ハンナの旅立ちを見送るエリックが、なぜハンナとベルリンの「グリムの家」での再会を約束するのか?ということだ。
 そもそもこの2つがイマイチ理解できないから、その後イギリス人のティーンエージャーのソフィー(ジェシカー・バーデン)とお友達になってフィンランドからモロッコへ、さらにモロッコからスペインを通ってベルリンのグリムの家に赴くハンナのロードムービー(?)の意義が、イマイチ理解できない。さらに、ハンナがグリムの家に辿り着いた時にはその家の主が迎えてくれたが、マリッサに逮捕されたソフィーたちの家族から、ハンナがエリックと会うためにグリムの家に向かっていることが判明すれば・・・?その結果、本作後半では、ベルリンにあるグリムの家を舞台として、ハンナとマリッサの死闘が展開されることになるのだが、さてその勝者は?

<この「オチ」に注目!> 
 エリックの宿敵はCIAのあのプロジェクトで同僚だったマリッサだが、そのプロジェクトがボツになると・・・?しかし本作の主役はあくまでハンナだから、マリッサとエリックの対決はそれを引き立てるための設定?そんな予想どおり、エリックはマリッサの攻撃によってあえなく最後を遂げ、クライマックスはハンナとマリッサという年齢が大きく異なる女同士の戦いに。
 全編を通じて私が不思議に思うのは、エリックもハンナも拳銃を持たずに戦うこと。それに対して、格闘技はそれほど得意ではない(?)マリッサはいつも拳銃を手にしているから、拳銃と剣や弓ではやはり拳銃の方が有利?当然そう思うのだが、クライマックスにおけるマリッサの拳銃とハンナの矢の対決は?互いの一撃でどちらか、あるいは双方が即死すればストーリーは単純だが、それでは映画としては成り立たない。したがって、当然のように傷ついた2人の第2ラウンドが展開されてフィニッシュに至るのだが、そこでのオチに注目!なぜ映画の冒頭、ハンナは鹿の心臓を一気に射抜けなかったの?それはハンナがまだ未熟だからで、そこで吐くセリフが「心臓を外しちゃった」といういかにも16歳の女の子らしいもの。しかして、ハンナがマリッサに放った矢は見事にマリッサの心臓を一撃し、マリッサは即死?そうならなっかったから、ハンナが最後に呟くセリフも、「心臓を外しちゃった」。さあ、この面白い「オチ」をあなたはどう評価?
                               2011(平成23)年6月10日記