洋11-56

「再生の朝に
-ある裁判官の選択-(透析Judge)」


                    2011(平成23)年5月22日鑑賞<第七藝術劇場>

監督:劉杰(リウ・ジエ)
ティエン(裁判官)/倪大红(ニー・ダーホン)
リー社長の婚約者/梅婷(メイ・ティン)
青年チウ・ウー(死刑囚)/奇道(チー・ダオ)
リー社長/宋迎春(ソン・エイシェン)
ティエンの妻/(ジェン・ジェン)
リー社長の弁護士/高群書(カオ・チュンシュエ)
2009年・中国映画・98分
配給/アルシネテラン

<死刑をめぐる本格的な中国映画を、はじめて鑑賞!>
 私の中国語の勉強は丸2年を超えたが、中国の裁判制度とりわけ刑事裁判制度が日本と大きく違っていることは、その勉強を通じてもよくわかる。日本でもハリウッドでも死刑をテーマにした映画は多いが、1966年から77年まで文化大革命の嵐が吹き荒れ、1980年代に改革開放政策が始まっても長い間「法治」ではなく「人治」が支配していた中国では、刑事裁判は日本や西欧のそれとは全く異質なものだった。近時、中国の民法・商法・労働法などの「取引」をめぐる法整備とその変更が著しいが、死刑の数がダントツといわれる刑事裁判の分野では?
 そういうことを本格的に勉強するのは大変だが、映画とは便利なもので本作を観れば、少なくとも香港が中国に返還された年である1997年当時の中国の刑法(窃盗罪)と死刑の関係をしっかり勉強することができる。また、日本では2009年7月の臓器移植法の改正によって近時急速に増加している臓器移植とりわけ死亡者からの臓器移植の議論が1997年の中国でもあったことにビックリ!といっても、本作の舞台は北京や上海などの大都会ではなく、中国北部の河北省涿州市という小さな田舎町。
 裁判長ティエン(ニー・ダーホン)の訴訟指揮下、今開廷しているのは、自動車2台を盗んだという被告人チウ・ウー(チー・ダオ)の窃盗被告事件。「何だ、その程度の事件か」と思うなかれ!この事件のテーマが、被告人チウ・ウーに対して死刑判決を下すべきか否かということにビックリ!さて、それは一体なぜ?

<中国の裁判官の生活レベルは?>
 私は2011年3月で弁護士生活丸37年を迎えたが、1971年の司法試験合格後いわゆる「法曹一元」の教育を受けてきた。そのためとりわけ同期の裁判官や検察官との交流が続いているから、その生活ぶりはよく知っている。上級職に合格し、国家公務員になった連中には数年間の「地方回り」が不可欠。彼らはその時点で既に将来の幹部候補生として特別扱いされているわけだが、それは裁判官だって同じ。地方の裁判所に任官した裁判官には官舎が与えられ、当然のように車の送り迎えも?他方、裁判官だって人間だから、飲みに行ったり映画に行ったりするのも当然だが、「あまり目立つことはしないように」というのが裁判官の特性。ところが、それに比べると本作のベテラン裁判官ティエンは?
 本作におけるティエンの生活ぶりをみて第1に思うのは、「貧しいナ」ということ。彼が妻(ジェン・ジェン)と共に住んでいるのは多分官舎だろうが、盗難車によるひき逃げ事件によって娘さんを亡くしたという彼の家はかなり狭い。とりわけ、本作に再三再四登場してくるティエン家の「食卓」は2人~3人用60~70cm四方の小さなものだ。しかも、彼が通勤するのは車ではなく自転車。娘さんの死の悲しみから立ち直れない妻の代わりに食事も彼が作っているから、市場での買い物も彼の役目らしい。2人が共に過ごす時間は、悲しみを紛らわすために飼い始めた1匹の犬とともに食べる朝食時と夕食時だけだが、その間も夫婦間の会話はほとんどゼロ。これでは夫婦仲もうまくいかないし、ティエンの仕事にも差し支えるのでは・・・?
 その後に登場する、腎臓を患ってはいるものの地元の有力者リー社長(ソン・エイシェン)の住んでいる現代的で豪華な家、乗っているベンツの車、着ているおしゃれな服に比べると、えらい違いだ。やっぱり、中国では中国共産党の幹部や政府関係者の方が圧倒的に偉いの?また、改革開放政策後はリー社長のように、事業で成功している社長さんだけが経済的に豊かなの?

<この「合議」に注目!その論点整理もしっかりと!>
 ティエンが勤めている涿州市の中級人民法廷での刑事裁判のあり方は興味深いが、それ以上に被告人チウ・ウーの量刑をめぐるティエンを裁判長とした裁判委員会の「合議」の様子が興味深い。裁判員裁判開始丸2年を迎えた日本では、その「総括」と「展望」が花盛り(?)だが、中国の刑事裁判での合議の姿を見ることができるのは本作のような映画だけ?そもそも、日本では窃盗罪の法定刑は「10年以下の懲役」だが、中国では死刑があるというから驚きだ。
 もっとも、車2台を盗んだチウ・ウーが今裁かれているのは、新たに施行される新刑法との狭間らしい。また、新刑法にも死刑はあるが、それは3万元以上の窃盗などに限定される要件があるらしい。細かいことはさておき、そんな法律改正の狭間では当然移行期における法的処置のあり方も規定されているはずだから、ティエンたち裁判官はそれに従えばいいだけでは?パンフレットにある田中信行氏(東京大学社会科学研究所教授)のコラム「中国の死刑と裁判」を読んでビックリしたのは、判決は必ずしも審議をした裁判官が決めるのではないということ。つまり「私たちは皆、判決は裁判官が決める、と思っていますが、中国ではかならずしもそうとは限りません。死刑のように重い判決が出る重大な案件については、基本的に裁判委員会という、裁判所内の機関で討議され、判決が下されます。つまり、実際に裁判を担当した裁判官は、判決についての意見を裁判委員会に提出するだけで、判決を決定する権限は与えられていないのです。裁判委員会は裁判所の所長はじめ、数名の幹部で構成され、重大案件の判決を審議し、決定します。本編の事件の場合も、判決は裁判委員会で決められています」ということだ。そこらの内情は映画を観ているだけではよくわからないが、とにかくこの合議の様子は興味深い。
 本作ラストに向けてティエンはある大きな決断を下しそれを行動に移すのだが、この時点では死刑に明確に反対するのは若い女性の裁判委員(?)のみで、ティエンはむしろ死刑賛成派のようだ。弁護士の私としては、またハリウッド映画におけるカッコイイ弁護士の感動的な最終弁論に学んでいる私としては、チウ・ウーの弁護人の最終弁論を是非聞きたかったが、残念ながらそのシーンはなし。そして、裁判長たるティエンがチウ・ウーに言い渡した判決は、①死刑の他、②市民権の剥奪、③財産の没収を命ずる過酷なものだった。ちなみに、この判決に不服であれば控訴は10日以内にしなければならないそうだが、その場で裁判官が被告人にそれを問うと、チウ・ウーは明確に「上訴します」と発言。すると、刑事控訴審の審議は?

<1997年の中国における、腎臓移植の状況は?>
 2009年7月に改正された「臓器移植法」の問題点を含む臓器移植をめぐる問題提起映画の代表作は、阪本順治監督の『闇の子供たち』(08年)(『シネマルーム20』153頁参照)と大鐘稔彦の原作を成島出監督が演出した『孤高のメス』(10年)(『シネマルーム24』80頁参照)。ところが、1997年の中国でもリー社長のような腎臓移植を待ち望む市の有力者がいたことが、本作を観ればよくわかる。
 本作は実際に車2台を盗んだことによって死刑になった青年のニュースを基につくられた映画だが、刑法改正の狭間で悩みながらも死刑判決を下した裁判官と死刑を宣告された被告人との葛藤の他、その死刑囚からの腎臓移植を願う市の有力者リー社長というストーリーの軸を設定したのが本作を脚本、監督したリウ・ジエの工夫だ。リウ・ジエ監督は2007年1月1日、中国の最高裁判所が死刑制度についての見直しを始めたとのニュースを聞いて1997年に起きたこの事件を思い出し、人生、死、哲学について考える本作の脚本を書いたらしいが、本作にみる腎臓移植の問題点は『闇の子供たち』や『孤高のメス』とは全く異質の、いかにも中国的なものになっている。
 ある日スンナリ実現する予定だった腎臓移植が突然キャンセルされたリー社長は、弁護士(カオ・チュンシュエ)を通じて次の腎臓提供予定者が死刑囚のチウ・ウーだと知るが、死刑判決が控訴審で維持されるのかそれとも変更されるのかは未確定。そこでリー社長は弁護士を通じてチウ・ウーの母親や弟と連絡をとり、家族から腎臓移植の同意書をもらうべくさまざまな策を弄したが、その実現の前に立ちはだかるさまざまな障害とは?

<この美人女優にも注目!>
 改革開放政策後の中国では、事業で成功すれば人よりもとび抜けたスピードでとび抜けた金額を手に入れることができるから、豪華な家や車はもちろん愛人もたくさん抱えている人が多いらしい。もっとも、いくらカネを稼いでも手に入れられないのが健康だ。したがって、若く美しい婚約者(メイ・ティン)との結婚を控えているリー社長は、今とにかく腎臓提供者が現れることを心待ちにしていた。彼女がそんなリー社長と結婚しようと考えているのはひょっとしてカネ目当て?彼女のリー社長に対するサービスぶり(?)をみていると、ついそんな邪推もしてしまうが、腎臓移植実現のために弁護士を代理人として政府関係者、司法関係者、医療関係者などすべてに手を回していくリー社長の姿をみていると、いつの間にかリー社長と婚約者との間にもさざ波が・・・?
 本作では、一人娘を失った後のティエンとその妻との微妙な夫婦関係の機微と共に、腎臓移植をめぐるそんなリー社長と婚約者との微妙な心の動きにも注目したい。さらに私が注目したのは、この婚約者を演じたメイ・ティンの美しさと演技力。パンフレットを確認すると、このメイ・ティンは『追憶の上海』(98年)で共産党の闘士を演じたレスリー・チャンと共演した美人女優だ(『シネマルーム5』238頁参照)。『追憶の上海』でメイ・ティンは、レスリーチャンの妻を装って上海に潜入するという複雑な役を演じていたが、それから10年以上経った今もその美しさと演技力は健在だ。リー社長は「まな板の上の鯉」だが、腎臓移植のためにチウ・ウーの家族との面会やチウ・ウー自身との面会など、現実に奔走するのは弁護士とこの婚約者。本作はそんな女優メイ・ティンにも注目したい。

<死刑執行の姿にビックリ!「再生の朝」はいかに?>
 本作を観ていると、中国における刑事控訴審の審議や判決のあり方にビックリさせられる。またそれ以上に驚かされるのが、死刑執行は判決確定から10日以内と定められていることや、死刑が河原での銃殺という形で執行されること。日本では、石川五右衛門は多くの見物客が注目する中、釜茹での刑で死亡した。また時代劇ではよく、多くの見物客が竹柵の外からはりつけにされる囚人たちを見物するシーンが登場する。本作ではさすがにそこまではいかず、河原に座らされた死刑囚の周りは刑務官でいっぱいだが、見物客は遠目からこれを見学することは十分可能だ。
 中国の新刑法が施行されるのは国慶節の10月1日からだが、高裁での控訴を棄却する旨の判決の言渡しは9月29日(言渡しと同時に確定?)。リー社長が国慶節の休暇前の早急な死刑執行を望んだのは当然だし、弁護士が奔走した甲斐もあって、死刑の執行は連休前に行われそうだ。したがって、死刑執行がされる河原には執行後直ちにチウ・ウーの腎臓を取り出すべく医師団が待機しているし、病院の手術室にはリー社長がスタンバイ。死刑執行の現場責任者は裁判所の副所長だが、さてそこで下したティエンの決断とは?
 この後に発生するさまざまな混乱と裁判所長の発言、そして「再生の朝」に向けての大展開は、あなた自身の目でしっかり確認してほしい。
                               2011(平成23)年5月23日記