洋11-49
「風吹く良き日」 ![]()
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2011(平成23)年5月9日鑑賞<GAGA試写室>
監督・脚本:イ・ジャンホ
トッペ(中華料理店の出前持ちの青年)/アン・ソンギ
チュンシク(理髪店の洗髪係の青年)/イ・ヨンホ
キルナム(ラブホテルの使い走りの青年)/キム・ソンチャン
ミョンヒ(上流社会の令嬢)/ユ・ジイン
ミス・ユ(理髪店の髭そり師の女性)/キム・ボヨン
チュンスク(久老工業団地の女職工、働くチュンシクの妹)/イム・イェジン
チュノク (美容師、キルナムの恋人)/チョ・ジュミ
キム会長 (不動産会社の社長)/チェ・ブラム
1980年・韓国映画・113分
配給/太秦
<30年前の韓国の名作を今!>
私が韓国の国民的俳優アン・ソンギをはじめて知ったのは、02年11月30日に1985年製作の韓国映画『ディープ・ブルー・ナイト』を観た時(『シネマルーム2』233頁参照)。その後私にとってのアン・ソンギは、『武士(MUSA)』(01年)(『シネマルーム4』54頁参照)や『光州5・18』(07年)(『シネマルーム19』78頁参照)で名実共に韓国を代表する名俳優になったが、「歴史が動くとき、映画は生まれる-韓国ニュー・ウェーブ、再発見」と題されたシネ・ヌーヴォの企画によって、『ディープ・ブルー・ナイト』よりも古い1980年の若き日のアン・ソンギの姿を見ることができた。
1980年といえば、『光州5・18』が描いた光州事件が起きたのと同じ年。南北に分断された韓国では、『ユゴ 大統領有故』(06年)(『シネマルーム16』126頁参照)が描いた79年10月の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の暗殺後、金大中(キム・デジュン)・金泳三(キム・ヨンサム)・金鐘泌(キム・ジョンピル)の「三金(スリーキム)」が表舞台へ返り咲き民主化ムードが高揚した。ところが、クーデターで権力を掌握した全斗煥(チョン・ドゥファン)が、80年5月に非常戒厳令を敷いたため情勢は一挙に緊迫し、光州事件に至ったわけだ。そんな時代の韓国ソウルのまちは?また、ソウルに地方から集まってきた青年たちの夢は?行動は?韓国版『青春の門』というと大げさすぎるかもしれないが、『風吹く良き日』というタイトルがいかにもピッタリの、青春群像劇を楽しみたい。
<東京は64年、北京は08年、そしてソウルは88年>
今や世界的にみると、家電業界でもソニーやパナソニックは韓国のLGやサムスンの後塵を拝している。かつて(というより、ほんの数十年前)日本は韓国の10~20年先を走っていたし、中国の30~40年先を走っていたはずだが、今なぜそんな状況に?日本の高度経済成長は1964年の東京オリンピックが大きな契機となったが、それは中国でも韓国でも同じで、北京オリンピックは2008年、そしてソウルオリンピックは1988年だ。
五木寛之の『青春の門』は福岡県田川市の炭鉱町から東京に出てきた伊吹信介を主人公とする波乱に満ちたドラマだが、本作は中華料理店の出前持ちの青年トッペ(アン・ソンギ)、理髪店の洗髪係の青年チュンシク(イ・ヨンホ)、ラブホテルの使い走りの青年キルナム(キム・ソンチャン)という、田舎の出身者というだけが共通点の3人の青年が主人公。伊吹信介との決定的な違いは、伊吹信介は早稲田大学に入学したエリートだが、本作の3人は無知・無学なこと。明治以降立派な教育制度が構築されてきたため、1950年代の日本なら、田舎者でも頑張って勉強すれば東京の有名大学に入ることができたわけだ。しかし、1980年の韓国では田舎モノがソウルの大学に入るなど夢のまた夢?とにかく人がたくさん集まり活況を呈する大都会ソウルのまちで今を生きる、金も人脈も学歴もない3人の若者に対しては、さていかなる風が吹き、いかなる良き日が訪れるのだろうか?
<若者たちの興味はやっぱり女に?>
本来、若者はエネルギーに満ちあふれているもの。そんな目でみると、将来「ウエルカムホテル」という名前のホテル王になるという理想を持ち、美容師の恋人チュノク(チョ・ジュミ)にその夢を語るキルナムは理想主義者だが、トッペもチュンシクも意外と現実的?チュンシクは同じ職場で働く美人髭そり師ミス・ユ(キム・ボヨン)に惚れているが、彼女は不動産で財をなしたスケベオヤジのキム会長(チェ・ブラム)が虎視眈々とモノにしようと狙っているから気が気でない。しかし、そうかといって何か有効な手を打てるわけでもないから、キム会長の動きを横目で見ながらチュンシクはいつもイライラ。
他方、吃音もちのトッペには、プレイボーイの恋人とケンカした令嬢ミョンヒ(ユ・ジイン)が興味を示しさかんにチョッカイを出してきていたが、それはなぜ?中華料理店東華楼の出前持ちとして生きてきた中で、亭主が病気入院中の女将と調理場を任された従業員との怪しげな関係にも感づいているトッペが得た人生訓は、何ゴトにものめり込まず、距離をおくこと。つまり、見ざる、言わざる、聞かざる主義だ。この行動はあくまで金持ちのお嬢さんのお遊び。トッペはそう確信していたからミョンヒとは深みに入らないように努力していたが、それでも女の色香の魅力は強いから、つい・・・。
そんなトッペに対して、チュンシクに続いて田舎からソウルにやってきて久老工業団地の女職工として働いているチュンシクの妹チュンスク(イム・イェジン)は「そんな女とかかわっていると大ケガするよ」と忠告したが、それは単なる親切心から?それとも・・・?『青春の門』の伊吹信介もそうだったが、健全な肉体と健全な精神をもった若者たちの興味が女にいくのは当然。したがって、本作の主人公たちの生きザマは、当然彼女たちとの絡みの中で描かれていく。さまざまな「波乱要因」があることはストーリー展開の中で適宜明らかにされるが、ラストにはとんでもない傷害事件が発生!ホントはここに至るまでにくい止めなければダメなのだが、やはり若いってことは・・・。
<映像がいい!音楽がいい!テンポがいい!>
五木寛之のエッセイに『風に吹かれて』(1968年・読売新聞社)がある。また1960年代に爆発的に広がったフォークソングのトップは何と言っても、ボブ・ディランが歌った「風に吹かれて」。これら「風に吹かれて」という言葉には、どこかに「なるようになるさ」というイメージがあるが、他方で人間の力であれこれするのではなく自然の流れに委ねようというメッセージも含まれている。しかして私見によれば、本作のタイトル『風吹く良き日』のポイントは「風に吹かれて」だけではなく、「良き日」の方にある。つまり本作を観れば、仕事や女、夢や希望・絶望などさまざまな「風」に吹かれながらソウルのまちで生きている3人の若者は、それぞれつらいけれども「良き日」を生きているというメッセージが伝わってくるわけだ。それは、ラストシーンで徴兵の通知を受けて兵役に赴くキルナムをトッペとチュンスクが手をつないで見送るシーンに結実するが、そこに至るまでの本作の良さは映像と音楽とテンポ。そのすべてがグッドなのだ!
映画冒頭のバックに何とも不規則そうなリズムで流れる音楽は途中にも数回登場するが、それはラストではボブ・ディランの『風に吹かれて』以上に前向きのメッセージソングに私には聞こえてくる。1976年のパク政権下における芸能界風紀取締り事件で映画製作を禁じられたイ・ジャンホ監督の復帰第一作が、こんな前向きの青春群像劇だったとは!内向き志向で元気を失い、本来持っているはずのエネルギーをどこにも発揮できない若者たちが増殖しているのが、今の日本。そんな今の日本の若者こそ本作のような1980年韓国ニュー・ウェーブを鑑賞し、そのエネルギーをタップリ吸収してほしいものだ。
<若さには挫折がつきもの!それを乗り越えてこそ・・・>
「若いってすばらしい!」と歌った曲は日本にもたくさんある。たしかに若さはすばらしいが、同時に若さには挫折がつきもの!トッペ、チュンシク、キルナムは単なる「仲良し3人組」ではないから、なじみの屋台で焼酎を飲みながらよく議論をしたし、つかみ合いのケンカもした。それが若さというものだ。そのエネルギーによって事態が前向きに進めばいいのだが、えてしてコトはよく挫折することに。
まずキルナムの挫折は、あれほどホテル王になる夢を語っていたのに、恋人のチュノクが貯金した金をもち逃げしてしまったこと。そんなバカな!これによってキルナムが荒れに荒れたのは仕方ないが、結局そんな時はいくら友人が慰めても意味のないもの・・・。次に、案の定トッペは大金持ちの令嬢ミョンヒと車の中で本物のキスまで進み、いよいよこのまま本番へ。そんな状況になりかけたが、やっぱりそれはムリ。もっとも、トッペはチュンシクの妹チュンスクがその後もしっかり見守ってくれたから、それが本作ラストのハイライトシーンに結びついていくから幸せ。
挫折が最も大きかったのがチュンシク。私が見る限りトッペもチュンシクも現実派だが、トッペはあきらめが早いのに対し、チュンシクは内にこもり恨みを抱き続けるタイプのようだ。髭そり師のミス・ユは病身の父親を養いながら懸命に働いていたが、美人なのが玉にキズ?決してそんなことはないが、美人であるが故にキム会長から金銭的援助と愛の告白その両方を突きつけられながら誘惑の手が強まると・・・。その結果チュンシクに訪れた挫折はある刑事事件にまで発展してしまったから、そりゃまずい。いくら若さが暴走しても、その手前で止めなくっちゃ・・・。
本作をみていると、三者三様それぞれの若さには挫折がつきものであることがよくわかる。それを乗り越えてこそ、真の「良き日」を迎えることができるのだが・・・。
2011(平成23)年5月10日記