洋11-48

「ドリーム・ホーム」
    

                    2011(平成23)年5月6日鑑賞<シネ・ヌーヴォ>

原案・製作・監督・脚本:パン・ホーチョン
チェン(銀行に勤めるOL)/ジョシー・ホー
シウトウ(チェンの恋人)/イーソン・チャン
チュン/デレク・ツァン
オン/ローレンス・チョウ
妊婦/ミシェル・イェ
ファッ(警官)/ジュノ・マック
2010年・香港映画・96分
配給/ユナイテッドエンタテインメント

<都市問題をこんな切り口から!>
 弁護士として都市問題をライフワークとしている私は、3・11東日本大震災の発生後、民事法研究会の月刊誌『市民と法』に論文「東日本大震災にみる不動産と復興計画・復興立法をめぐる諸問題」を提出した後、あるアイデアを思いついたため、朝日新聞「ニッポン前へ委員会」への応募を決意し、頑張って原稿を書いてきた。そして5月10日の締切3日前の5月7日にその原稿を送付したので、あとは発表を待つばかり。入選すればすごいことになるのだが・・・。
 そんな私の視点では、土地問題や住宅問題を中心とする都市問題をテーマとして人間を描いた映画はたくさんある。中国映画では『胡同(フートン)の理髪師(剃頭匠/The Old Barber)』(06年)(『シネマルーム17』409頁参照)や『青島アパートの夏(站直〔口羅〕、別〔足八〕下/Stand Up,Don´t Bent Over)』(92年)(『シネマルーム17』204頁参照)、そして『ハリウッド★ホンコン』(01年)(『シネマルーム5』286頁参照)や『上海家族(SHANGHAI WOMEN)』(02年)(『シネマルーム5』289頁参照)などがそれだ。土地バブルに端を発した1980年代後半の日本の都市問題は世界からの注目を集め、一方では都市(再)開発が、他方では「地上げ」がキーワードになった。東京への一局集中が顕著な日本では「TOKYOの都市問題」がひときわ注目を集めたが、香港はTOKYO以上に面積が狭く高層ビルが林立しているまち。私は1997年6月に返還直前の香港を旅行したが、その狭さと高層化にビックリしたものだ。そんな香港には1980年代後半のTOKYO以上に深刻な都市問題があることが予想されるが、ビクトリア・ハーバーが湾岸エリアにそびえ建つ、超高層マンション「ビクトリアNo.1」をめぐって、こんな都市問題が発生するとは!なるほど都市問題の視点から人間を描くについて、香港の奇才パン・ホーチョン監督の手にかかれば、こんな切り口も!

<冒頭の残忍さにビックリ!この美女がなぜ?>
 「香港のタランティーノ」「次世代のウォン・カーウァイ」と称される香港映画界の奇才パン・ホーチョン監督を、私は本作ではじめて知ったが、オープニング上映を飾ったイタリア・ウディネ・ファー・イースト映画祭では、96分の上映時間のおよそ2/3を占める、阿鼻叫喚のヴァイオレンス・シーンに上映中に体調が悪くなる観客が続出し、その後の上映では汚物袋が配布される事態になったらしい。「ホラー映画」の代表は1から6まで続いている『ソウ』シリーズだが、さてパン・ホーチョン監督が超高層マンション「ビクトリアNo.1」内で描くホラーぶりは?
 映画の冒頭、管理人室で居眠りしているオッサン警備員が何者かに襲われるが、その武器は結束バンドというものらしい。結束バンドを慎重に警備員の首に巻きつけようとしている細い指は、美しい女の手。しかして、結束バンドが徐々に首を締めつけていく中で警備員は傍にあったナイフでそれを切り落とそうともがくが、そううまくコトは運ばず、ナイフは自分の首を傷つけ出血を強めるばかり。こんなにもがき苦しむ殺し方をせずともよいのでは?誰でもそう思ってしまうが、それを黙って見守り続けているのは、美女チェン(ジョシー・ホー)。彼女は一体なぜこんなことを・・・。

<私の夢はマイホーム!それはそれでいいのだが・・・>
 私たち団塊世代が若い時共通に持っていた夢はマイホーム!還暦を迎えた同級生たちには定年で退職した人も多いが、その多くはその夢を実現している。
 本作にみる香港の地価高騰や地上げのサマは、1980年代の東京以上。あの時代大阪では、嫌がらせのために家の中に汚物が投げ込まれる事例まで報告されたが、何と本作では、チェンが子供の頃の友人宅には、ヤクザ風の男からヘビが投入?2008年8月の北京オリンピック開催に向けた都市開発の加速によって、中国本土でも土地バブルがおこり、不動産マネーの急増を招いた。狭い香港ではその矛盾が日本や中国以上にいびつな形で現われてくるのは仕方ないが、それもこれも何としてもチェンが「ビクトリアNo.1」を手に入れたいというマイホームの夢を求め続けかつそれに固執し続けたため?

<チェンの幼児体験は?仕事は?年収は?恋人は?>
 誰でも1つや2つは、今なお心に残り自分の生きザマに影響を与えている「幼児体験」があるはず。チェンのそれは、1991年当時のチェンが両親や弟と共に住む古く狭いアパートをめぐる都市再開発、というより強引な地上げ攻勢を受けた体験。3・11東日本大震災によって津波の恐ろしさが再認識されたが、横浜でも神戸でも大阪でもあるいは長崎や高知、和歌山などでも海が見えるマンションに人気が集まるのは当然。まして、チェンの祖父は元船乗りだったから毎日海を眺めていたし、建設作業員の父親からは「俺はダメ親だ。お前は勉強を頑張って、広い家を買え」といつも言われていたから、チェンはいつしか聖母マリアに「海が見える家に住めますように」と祈るのが日課になっていた。そんな幼児体験を経て今チェンは銀行に勤めているが、そこでの仕事はインチキめいた金融商品の勧誘だから、これもかなり非人間的な仕事?
 チェンが家計を支えるために、大学を中退して働く決意を固めたのが1999年。そして2004年の今、母の死に続いてアスベストが原因で肺を病んだ父親の残りの命もわずか。病歴の告知がなかったことを理由に、保険会社は無情にも入院費用の支払を拒否。そんなバカな!すると、昼も夜も働いて私が必死で貯めこんできたマンション購入資金に手をつけなければならないの? これまでつきあってきた妻子ある男に融資を頼んでも、もちろんいい返事はなし。そんな状況下「ビクトリアNo.1」の部屋の値段は520万HKドルから650万HKドルへと跳ね上がっていったから、ますますチェンは八方ふさがりに。そんな中まだ年若いチェンが選択したのは、月1万8000HKドルの返済、30年ローンでの「ビクトリアNo.1」の購入と、頭金づくりのため余命短い父親を殺害し、保険金を受け取ること。ここまでマイホームの夢が「迷走」すると、「異常」を通りこしてまさに「犯罪」だが、当の本人チェンは至って正気。ところが、そこまでしてやっと手付金を支払い、手に入れようとしていた念願の「ビクトリアNo.1」の部屋の売り主は?

<この犯行は何のため?>
 チェンの生い立ちや「ビクトリアNo.1」購入のプロセスを描く本作の表ストーリーと同時並行的に描かれる阿鼻叫喚のバイオレンスシーンの数々を観れば、冒頭に見た残忍な管理人殺しのシーンが序の口だったことがよくわかる。杜琪峰(ジョニー・トー)監督の『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』(09年)は、アイデア良し!脚本良し!撮影良し!そして俳優良し!という「鬼に金棒」の作品だった(『シネマルーム25』88頁参照)。その中で、孤児たちの母親代わりで「ビッグ・ママ」と呼ばれるユニークな役を演じた女優がミシェル・イェ。本作中盤からラストにかけての最大の阿鼻叫喚のバイオレンスシーンは、チュン(デレク・ツァン)やオン(ローレンス・チョウ)などの若者が若い女をマンション内に連れ込んで展開する乱交パーティとそこへのチェンの乱入だが、もう1つ夫の浮気に気をもむ若妻の殺害シーンもかなりえぐい。この妊娠している若妻を演ずるのがミシェル・イェだが、その熱演(?)には頭が下がる。またチェン役のジョシー・ホーもかなりのベッピンだけに、返り血をあびたりさまざまな反撃によって負傷を負いながらの奮闘もすごい。もっとも本作は『ソウ』シリーズのように本来のホラー映画ではなく、香港の都市問題を人間の視点から描く社会問題提起作?そんな視点で考えると、チェンによる「ビクトリアNo.1」でのここまで残忍な数々の犯行は、一体何のため?

<人間の努力も、「時の運」の前には・・・>
 日本は1990年のバブル崩壊後「失われた10年」を通りこして「失われた20年」を迎えてしまったが、さて中国では?そして香港では?そんな一国の金融問題を大きくこえて国際金融に影響を与え国際金融危機をひきおこしたのが、2007年11月に発生したサブプライムローン問題。サブプライムローンとはプライム(Prime:最良部)に準じる、という意味で、過去に延滞履歴があるなどの理由で、ローンを貸しても延滞する可能性が高い(=信用リスクの高い)顧客層への住宅ローンを指す(『サブプライム問題の正しい考え方』(中公新書)4頁参照)が、ローンの証券化とその金融商品が世界中に売り出される中、その危険性を認識していた投資家は一体どれくらいいたの?
 日本の土地バブルは1987(昭和62)年10月16日の閣議決定による緊急土地対策要綱と1988(昭和63)年6月28日の閣議決定による総合土地対策要綱によって一気にはじけたが、それは日本一国だけの問題だった。しかし、サブプライム問題に端を発するアメリカ発の世界的金融危機はまたたく間に世界中に広がった。その被害を比較的小さくおさえたのが中国だが、さて香港では?そして、チェンが数多くの殺人行為に及んでまでやっと「安値」で購入することができた「ビクトリアNo.1」は?
 映画の中で、チェンの妻子持ちの恋人は「不動産の値上りなんていつまでも続かない。いずれストップする」と述べるが、これはちゃんと理論闘争をしているのではなく、チェンからの融資依頼を断るための方便にすぎないからあまり説得力がない。しかし、株やゴルフ会員権そして不動産(土地)の価値が青天井でどこまでも上昇することなどありえないことは誰の目にも明らかだ。したたかな中国(大陸)では、そのことを前提とし、かつ日本の失敗を教訓としてさまざまな軟着陸の方策を考えているはずだ。
 チェンは殺人を含む多くの犠牲を払ってやっと「ビクトリアNo.1」の部屋を手に入れたが、そんな人間の努力もサブプライムローンに端を発した世界金融危機という「時の運」の前には・・・。
                               2011(平成23)年5月9日記