日11-41

「マイ・バック・ページ」
    

                    2011(平成23)年4月4日鑑賞<角川映画試写室>

監督:山下敦弘
沢田雅巳(週刊東都、東都ジャーナル記者)/妻夫木聡
梅山(本名:片桐優、赤邦軍リーダー)/松山ケンイチ
倉田眞子(高校生、週刊東都表紙モデル)/忽那汐里
安宅重子(赤邦軍隊員、梅山の恋人)/石橋杏奈
浅井七重(赤邦軍隊員)/韓英恵
柴山洋(赤邦軍隊員、梅山の崇拝者)/中村蒼
唐谷義朗(東大全共闘議長)/長塚圭史
前園勇(京大全共闘議長)/山内圭哉
中平武弘(週刊東都、沢田の先輩記者)/古舘寛治
飯島(路線変更後の東都ジャーナルデスク)/あがた森魚
白石(東都新聞社社会部部長)/三浦友和
タモツ(フーテン、うさぎ売り)/松浦祐也
キリスト(フーテン、うさぎ売り)/青木崇高
清原(本名:荒川昭二、反戦自衛官)/山本剛史
2011年・日本映画・141分
配給/アスミック・エース

<あなたは東大安田講堂事件を知ってる?>
 本作は、「週刊東都」の記者として働く26歳の沢田雅巳(妻夫木聡)と過激派学生・梅山(本名:片桐優)(松山ケンイチ)の2人を主人公とし、学生運動が頂点に達し、そして崩壊していった1969~72年という「あの時代」を描くもの。「何を今さら」という感じがしないでもないが、映画評論家として有名な川本三郎氏がジャーナリスト時代の自身の経験を綴ったノンフィクション『マイ・バック・ページ』(1988年・平凡社)を原作としたものだから、沢田や梅山と同じ時代を生き、同じ時代に学生運動に関わっていた私としては興味津々。
 安田講堂事件(安田講堂の攻防戦)が起きたのは、1969年1月。沢田は同年3月に東大を卒業して東都新聞社に入社したそうだが、1967年に大阪大学に入学した私は大学2回生の1968年10月に東大の全学封鎖を巡って全共闘系と民青系が対立した時、東大に行き多少の「活動」をしたことがある。しかし、沢田は目の前で展開されていた東大闘争や安田講堂事件を「安全地帯」から「傍観者」として見ていたらしいから、そんな自分に懐疑的になっていたのは当然。したがって、映画冒頭ではあえてエリート学生だったことや社会人として第一歩を踏み出したことを隠して、タモツ(松浦祐也)やキリスト(青木崇高)たちとフーテン生活の模擬体験をしている沢田の姿が登場する。要するに、沢田は世直しや革命を目指して闘っている全共闘たちの活動に一部共鳴しつつ、体制(現状)の上に乗っかっている自分がしっくりせず居心地が悪かったわけだ。
 私は東大での体験を境として学生運動から離れていったから客観的に安田講堂事件をながめることができたが、さてあなたは?もっとも、若い人たちは安田講堂事件そのものを知らないかも・・・。

<梅山にとっての安田講堂事件とは?>
 ジャーナリストとして尊敬する先輩記者の中平武弘(古舘寛治)とともに指名手配中の東大全共闘議長・唐谷義朗(長塚圭史)との接触をもった沢田が、新米記者として一歩成長したことはまちがいない。しかし、ジャーナリストの卵としてこんな違法スレスレのことをやって大丈夫?
 他方、日本大学の教室で「哲学芸術思潮研究会」を主催する梅山がワケのわかったようなわからないような哲学理論、革命理論を展開している姿は、まさに私の大学1~2回生時代と同じ。そんな熱い議論に、これを傍聴していたノンポリ(?)の女子学生・安宅重子(石橋杏奈)と浅井七重(韓英恵)が魅力を覚えたのはある意味当然だが、さて梅山にとっての安田講堂事件とは?梅山が「安田講堂をテレビで見てこれだと思った」ことは、ある日あるきっかけによっての沢田の部屋で2人が話し合うシークエンスの中で明らかになる。安田講堂事件以降学生運動は急速に力を失い、連合赤軍による1972年2月のあさま山荘事件に至ったが、さて梅山は安田講堂事件を出発点としてどんな革命家(?)人生を歩んでいくことに?

<「行動を起こす」とは?「京西安保」とは?>
 あさま山荘事件はくり返しTVで放映されているからある意味多くの日本国民の目に焼きついているが、「連合赤軍」とは赤軍派と京浜安保共闘が合体した「軍事組織」であることはよほどのその方面の「通」でないと知らないはず。したがって、中平が1971年のある日「京西安保」の幹部と名乗る梅山から、「武器を奪取し4月に行動を起こす」とタレ込まれるというストーリー展開を見た時、「なるほどそういう流れか」とわかる人はその方面の通。本作には、そんな物騒なことを冷静かつ理路整然(?)と語る男・梅山が宮沢賢治を読んだり、ギターを弾きながらCCRの『雨を見たかい』を沢田とともに歌うシークエンスが登場するが、そこからみえてくる梅山像とは?梅山は沢田のことを「沢田さんて優しすぎますよ」と述べて一定の理解を示すが、沢田が今やっていることはナニ?それは記者として特ダネをとりたいだけ?それともホントに梅山の気持や行動を理解し共鳴しているの?
 本作では再三1970年11月25日に発生した三島由紀夫の割腹自殺事件が語られるが、そもそも三島由紀夫が目指したものと梅山が目指すものに共通点はあるの?梅山はそれなりに緻密な計画をたてて自衛隊(自衛官)から武器を奪取し「行動を起こす」と力説するが、それって一体何の意味が?

<男の泣く顔の魅力とは?>
 中学時代の私は日曜日毎に行く3本立て55円の映画館通いが楽しみだった。それと同じように、妙に鬱積した気持で東都新聞社に勤務している沢田にとっては、土曜日毎のオールナイトの映画館通いが唯一の楽しみのようだ。本来そんな秘密の楽しみは一人ぼっちで楽しむべきだが、本作では「週刊東都」の表紙モデルとして抜擢された女子高生・倉田眞子(忽那汐里)と沢田との奇妙な「心の交流」が描かれる。1960年代後半から70年代にかけて日本は奇跡的な高度経済成長を成し遂げたから、それに呼応するかのようにTVや雑誌の世界はアイドルであふれていた。そんなアイドルのほとんどは「使いすて」にされるわけだが、さて無邪気な笑顔の奥にちょっと大人びた雰囲気をもつ眞子は?
 そんな眞子と沢田が言葉を交わし、どことなく共感を覚えあい、その挙句2人で「オールナイト」を観る「仲」になるプロセスには多少違和感があるが、このサブストーリーは映画の幅を広げる意味で効果的。もっとも、60年代後半から学生運動が高揚期を迎えるのと軌を一にするかのように流行った日活ロマンポルノ(路線)なら、もっと赤裸々に沢田と眞子の関係を描くところだが、本作はそれが目的ではない。したがって、①沢田と眞子との出会い、②沢田と眞子との心の交流の進展、そして③沢田の退社と眞子の契約打ち切りによる沢田と眞子の関係の終了をサブストーリーとして描いていく。しかし、眞子のようなアイドルがすぐ身近にいれば、沢田だって男だから当然・・・?
 それはともかく、沢田と眞子が2人でジャック・ニコルソン主演のある映画をオールナイトで観た後、「どこがよかった?」と沢田から聞かれた眞子の感想は「ジャック・ニコルソンが泣くところ。私は、きちんと泣ける男の人が好き」と、何とも大人びた映画評論を。それを聞いた沢田は「男の泣くところなんて、そんな・・・」と答えたが、さて女性の目に見る男の泣く顔の魅力とは?そして、それが本作の大きなテーマになろうとは・・・。

<取材源の秘密はジャーナリストの生命線だが・・・>
 取材源の秘密を巡っては、古くは1971年の「西山事件」(外務省機密漏洩事件)、新しくは09年4月のTV番組で北朝鮮による拉致被害者の有本恵子さんについて「外務省も生きていないことはわかっている」などと発言した「田原総一朗事件」でその論点は明らか。しかして、本作では中平が「京西安保」と名乗る梅山は「偽者」だと断定したにもかかわらずなお梅山との接触を図り、ジャーナリストとして独自の行動を取る沢田が、東大全共闘議長・唐谷と接触した時とは段ちがいの危機に瀕していく姿が描かれる。そして、警察から追及されるたびに沢田が対抗的に使う武器が「取材源の秘密」だが、さてそれはどこまで通用するの?
 「4月に行動を起こします」という宣言は実現できなかったものの、沢田が「期待」したとおり、梅山は1972年のある日、遂にある行動を。その実行部隊になったのは、梅山を盲目的に崇拝している柴山洋(中村蒼)や反戦自衛官を自称する清原(本名:荒川昭二)(山本剛史)たちだが、綿密な計画(?)のもとに自衛官を殺害し銃を1丁奪って一体何の意味が?これって革命ごっこの極みでは?そんな計画を打ち明けられ、その実行の記事を独占取材できることはたしかにジャーナリストとしての喜びかもしれないが、ひょっとしてそれも沢田の一人よがりでは?沢田は梅山を「思想犯」だと信じているが、人を殺せば普通は殺人罪。梅山やそのグループが単なる殺人グループだとしたら、それを報じることの意味は?さあ新たに東都ジャーナルのデスクとなった飯島(あがた森魚)や、東都新聞社社会部部長・白石(三浦友和)たちの判断は?
 私には、ワンシーンだけの出番となる白石が沢田に対して投げかけた、「俺たちは学生新聞を作っているんじゃないぞ」という言葉がグサリと胸に突き刺さったが・・・。

<どちらの泣き顔がステキ?>
 安田講堂事件もあさま山荘事件もそして三島由紀夫割腹自殺事件も世間を騒がせただけで社会を変革する原動力にはなりえなかったが、所詮中途半端なジャーナリスト魂で梅山の行動を追った沢田が、記事を書くことによって社会を変革できなかったのは当然。記者としての取材の限界を越えてかなりヤバイところまで行動していた沢田が東都新聞社を辞めざるをえなくなったのは当然だが、刑事裁判で執行猶予は付いたものの「前科者」になったのは、やはりどこか判断に誤りがあったのでは?60年代後半から70年にかけてのキーワードは何といっても「総括」と「挫折」だが、まさに今の沢田を象徴する言葉は挫折。石川達三の『青春の蹉跌』(1968年・新潮社)では、司法試験合格を目指した主人公は重荷となった女を殺し殺人罪に問われることに。「それ」に比べればまだ沢田の「挫折」はましだが、本作のラストシーンはそんな沢田の挫折を、男の泣き顔でのみ演出。梅山も『真夜中のカーボーイ』(69年)におけるダスティン・ホフマンの泣き顔が良かったと言っていたが、偶然入った焼き鳥屋でフーテンのタモツと再会した沢田が最後に見せる男の泣き顔とは?
 『悪人』(10年)(『シネマルーム25』210頁参照)で見事第34回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した妻夫木聡の演技の成長を再確認するとともに、こんな挫折を体験した男の今後の人生を共に考えたいものだ。
                               2011(平成23)年4月7日記