洋11-30
「わたしを離さないで」 ![]()
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2011(平成23)年3月7日鑑賞<角川映画試写室>
監督:マーク・ロマネク
原作:カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』早川書房刊
キャシー/キャリー・マリガン
トミー/アンドリュー・ガーフィールド
ルース/キーラ・ナイトレイ
キャシーの子供時代/イソベル・メイクル=スモール
ルースの子供時代/エラ・パーネル
トミーの子供時代/チャーリー・ロウ
エミリー先生(女校長)/シャーロット・ランプリング
ルーシー先生(新任教師)/サリー・ホーキンス
マダム/ナタリー・リシャール
クリッシー(コテージでの仲間)/アンドレア・ライズボロー
ロドニー(コテージでの仲間)/ドムナル・グリーソン
2010年・イギリス、アメリカ映画・105分
配給/20世紀フォックス映画
<専ら、私の興味はキレイな女優2人だったが・・・>
『プライドと偏見』(05年)で主役の次女役を演じたキーラ・ナイトレイは、その美しさが際立っていた(『シネマルーム10』198頁参照)。他方、キャリー・マリガンは、みずみずしい女子高生役がピッタリだった『17歳の肖像』(08年)で、見事にアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた(『シネマルーム24』20頁参照)。このキャリー・マリガンは四女役を演じた『プライドと偏見』ではあまり目立つ存在ではなかったが、本作では立場が逆転し、キャリー・マリガンの方がキーラ・ナイトレイより重要な役回りを演じている。
私はそんなことを全く知らないまま、キレイな女優2人が出演することに惹かれて「これは必見!」と思って観に行ったのだが、ストーリーが始まると同時に私のそんなやじうま根性は消失。カズオ・イシグロ原作の、何とも重苦しいテーマにビックリ。
<仲良し3人組は、どこで子供時代を?>
映画は冒頭、キャシー(キャリー・マリガン)とルース(キーラ・ナイトレイ)、そして2人と仲良しの男性トミー(アンドリュー・ガーフィールド)の子供時代を映し出す。3人が過ごすのは、田園地帯にひっそりと佇む寄宿学校ヘールシャムだが、その女校長シャーロット・ランプリング(エミリー先生役)の訓示からして、何とも意味シン・・・。そもそも、この徹底した子供たちの健康管理や腕に付けられたセンサー、そして絶対に境界を越えて外の世界に出ることを禁止されたこの学校は一体ナニ?
キャシーは今29歳になり介護士の仕事をしているが、以降彼女の口から徐々に語られる衝撃の事実とは・・・。
<ストーリーの軸は、男1人と女2人の三角関係>
陳凱歌(チェン・カイコー)監督の『さらば、わが愛/覇王別姫』(93年)は、張國榮(レスリー・チャン)と張豊毅(チャン・フォンイー)、鞏俐(コン・リー)いう男2人と女1人の三角関係がストーリーの軸を形成していた(『シネマルーム5』107頁参照)が、本作は、キャシーとルースそしてトミーという女2人と男1人の三角関係がストーリーの軸。ヘールシャム寄宿学校で過ごしていた時代にルースと仲がよかったのはキャシーで、ルースはトミーに対して邪険な態度をとっていた。ところが、18歳になってヘールシャムを出て、他の寄宿学校出身者らとともに農場のコテージで共同生活を始めるようになると、ルースがトミーを積極的にゲットしたことによって、今や2人の仲はおおっぴら。同じコテージに住むカップルであるクリッシー(アンドレア・ライズボロー)とロドニー(ドムナル・グリーソン)の影響を受けたこともあり、あたかもキャシーに当てつけるかのようなルースの激しい喘ぎ声がコテージに響きわたることも・・・。
もっとも本作はそんな3人の三角関係をとことん追及することが目的ではなく、「ヘールシャム出身者だけは、本当に愛する者同士は『提供』を猶予されるらしい」という噂にチャレンジする権利を持つのが、ルースとトミーか、それともキャシーとトミーかという話を浮かび上がらせることが目的。しかし、どちらの2人の愛が本物かなんて、一体どうやって判定されるの?
<「臓器移植」や「クローン」の問題作あれこれ>
阪本順治監督の『闇の子供たち』(08年)は臓器移植問題をテーマとしてタイの国に生きる闇の子供たちを描き(『シネマルーム20』153頁参照)、大鐘稔彦の原作を映画化した『孤高のメス』(10年)は、2009年7月に成立した臓器移植法をめぐる問題点をタイムリーに描いた(『シネマルーム24』80頁参照)。これらの映画は最初から臓器移植問題を社会に問う作品だとわかっていたが、さて本作は?
また、本作と同じ日に観た『キッズ・オールライト』は、同性婚の家族を描いた面白い映画だったが、今やアメリカでは精子バンクが150以上もあり、その市場規模は1億7000万ドルにもなっているらしいから、これからは精子の質が問題になるかも・・・?
さらにマイケル・ベイが監督、製作した『アイランド』(05年)(『シネマルーム8』136頁参照)や『アダム-神の使い 悪魔の子-』(04年)(『シネマルーム12』108頁参照)はクローン人間をテーマとして生命倫理を真正面から扱った問題作だったが、さて本作は?
<キーワードは「提供」と「終了」>
しかして、本作前半のキーワードは「提供」だが、一体誰が何を提供するの?また、本作後半のキーワードは「終了」だが、一体何が終了するの?
まず「提供」とは、臓器を含むあらゆる人間の身体のパーツを提供すること。本作を観ながらある意味ゾッと寒気が走ったのは、コテージに住む仲良し3人組がクリッシーとロドニーの案内によって「ルースのオリジナルではないか?」と思われる女性に会いに行くシークエンス。キーラ・ナイトレイとキャリー・マリガンという2人の美人女優が、両手を目の上にかざしてウインドウ越しにルースにそっくりだという女性の姿を観察するのだが、さてこれが本当にルースの「オリジナル」?こんなストーリーから見えてくる結論は、ルースもキャシーもトミーも、そして寄宿学校ヘールシャムに集まっていた子供たちは全てコピーつまりクローン人間ということだ。なるほどなるほど。それなら、ヘールシャム寄宿学校で子供たちが健康管理に徹底的に気をつけながら生活していたのは、将来要求される臓器等の提供に適切に対応できるようにするためだったことが納得できる。
しかし、原作者であるカズオ・イシグロは、一体いつどこでどんなきっかけからそんな恐ろしい物語を発想したのだろうか?3部構成からなる本作の第3部には、「提供」によって弱ってしまったルースとトミーの痛々しい姿が登場する。29歳の介護士であるキャシーにはまだ「提供」の指示が下っていないから次々とストーリーを切り開いていく体力をキープしていたが、それだって一体いつまで・・・。
ルースの「終了」を見届けたトミーとキャシーは、「ヘールシャム出身の本当に愛するもの同士は臓器提供を猶予されるらしい」という噂を本当のものとするべく、ラストに向けてある行動をとったが・・・。
<3人の子役たちに大拍手!>
映画では主役陣の子供時代を描くについて、別の子役が起用されることがよくある。しかし1人の俳優が子供時代と大人時代を演じた方が良いのか、それとも子役として別の俳優を用いた方が良いのかは難しい。そこでは何よりも違和感がないことが求められるが、本作の見事さの1つは、3人の子役が3人ともキャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールドにそっくりなこと。とりわけ、キャシーの子供時代を演じたイソベル・メイクル=スモールは顔の表情といい、演技の手法といい、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたキャリー・マリガンにそっくりで、子供から大人へ変身するシーンではその変化にほとんど気付かない程だ。したがって、寄宿舎時代での三角関係と、コテージでの共同生活における三角関係が違和感なく連続していることが、本作の素晴らしさの一つになっている。
大きく3部構成にされている本作における、第1部のヘールシャム寄宿舎時代の問題点を見事に表現した3人の子役たちに大きな拍手を送りたい。
2011(平成23)年3月9日記