洋11-24

「アメイジング・グレイス」
    

                    2011(平成23)年2月24日鑑賞<GAGA試写室>

監督:マイケル・アプテッド
ウィリアム・ウィルバーフォース(議員、奴隷貿易廃止法の提唱者)/ヨアン・グリフィズ
バーバラ・スプーナー(ウィルバーフォースの恋人)/ロモーラ・ガライ
ウィリアム・ピット(英国最年少の首相、ウィルバーフォースの親友)
                                  /ベネディクト・カンバーバッチ
ジョン・ニュートン(アメイジング・グレイスの作詞家)/アルバート・フィニー
チャールズ・ジェームズ・フォックス卿(議員)/マイケル・ガンボン
トマス・クラークソン(奴隷貿易廃止運動の創立メンバー)/ルーファス・シーウェル
オラウダ・エクィアノ(黒人奴隷、奴隷解放運動参加者)/ユッスー・ンドゥール
バナスター・タールトン大佐(アメリカ独立戦争におけるイギリスの英雄)
                                  /キアラン・ハインズ
クラレンス公爵(議員、ウィルバーフォースの政敵)/トビー・ジョーンズ
2006年・イギリス映画・118分
配給/プレシディオ

<是非『アミスタッド』との対比を!>
 10年以上前に私が観て大きなショックを受けた映画が、スティ-ブン・スピルバ-グ監督の『アミスタッド』(97年)。これは1839年に現実に起きた「アミスタッド号の反乱」をもとに、アフリカ人奴隷である主人公シンケたちの「GIVE US FREE」という心の叫びを、とてつもなく大きなスケールで描いた骨太作品だった(『シネマルーム1』43頁参照)。
 反乱奴隷たちはキューバに向かっていた船の乗っ取りに成功したが、2カ月後には捕えられ海賊行為と謀殺の罪で被告人の立場に。私は弁護士だから特にその裁判における論点に興味があったが、そうでなくてもアミスタッド号はスペイン籍の船であったため一方ではスペイン女王が登場し、他方では若手弁護士を応援すべくアメリカのアダムス元大統領まで登場したり、この裁判の攻防戦は興味深くかつ見応えがあった。
 『アミスタッド』の舞台はアメリカだが、本作の舞台はイギリス。また『アミスタッド』は裁判闘争だったが、本作は国会闘争。そんな違いはあるものの、本作を鑑賞するについては是非『アミスタッド』との対比を!

<リンカーンも偉大だが、この国会議員も立派!>
 アメリカがイギリスと戦って「独立宣言」をしたのは1776年。南北戦争は1861年から65年。そして、リンカーン大統領による奴隷解放宣言はまず1862年9月になされ、翌63年1月1日に決定的な形になったらしい。そんな大きな流れは日本人も比較的よく知っているし、私が小学校低学年の時に読んだ『アンクル・トムの小屋』は今でも日本の小学生たちに読まれているはず。したがって、アメリカにおける奴隷問題は日本人も比較的なじみがある。しかし、イギリスが奴隷貿易によって大儲けをしていた18世紀末の時代に、その奴隷貿易を廃止するために尽力した年若き国会議員(貴族院ではなく、庶民院の議員)がいたとは・・・。
 富裕な家庭に生まれた本作の主人公ウィリアム・ウィルバーフォース(ヨアン・グリフィズ)は1780年に21歳の若さで国会議員となり、1787年から奴隷貿易廃止の活動をスタートさせた。またケンブリッジ大学でウィルバーフォースの同級生だった親友ウィリアム・ピット(ベネディクト・カンバーバッチ)も同じく21歳で国会議員になったうえ、1783年12月には何と24歳の若さで首相の座に就いたというから恐れ入る。短命内閣が相次ぐ日本では小泉内閣の5年5カ月が異例の長さだが、ピットは3年間の引退をはさんで計20年間にわたって首相としてフランス革命(1789~99年)、ナポレオン戦争(1799~1815年)の時代のイギリスをリードしたというからすごい。
 南北戦争を勝利させて奴隷解放宣言をし、1863年11月19日には「人民の、人民による、人民のための政治」という有名なゲティスバーグでの演説をしたアメリカのリンカーン大統領も偉大だが、その少し前の激動の時代のイギリスで1807年に「奴隷貿易廃止法」を成立させた2人の若き政治家も立派!今こそ日本にこんな政治家が登場してほしいものだが・・・。

<「連戦連敗」は、やはりこたえる?>
 最近でこそ少し様相が変わってきたが、日本では長い間国や行政庁を被告とする行政訴訟を提起しても連戦連敗を覚悟しなければならなかった。かの有名な建築家・安藤忠雄氏をもってしても、コンペでの入選を目指す戦いは連戦連敗が当たり前だったことは『連戦連敗』(2001年・東京大学出版会)を読めばよくわかる。しかして、奴隷貿易で国が栄え、商人が栄え、その支持のおかげで国会議員が栄えていた18世紀末のイギリスで、繁栄の源泉である奴隷貿易を廃止するなどという若造の理想論がイギリスの国会で一笑に付されたのは当然だろう。
 ウィルバーフォースが庶民院ではじめて奴隷廃止をテーマとした演説を行ったのは、フランス革命勃発と同じ1789年。そして、はじめて「奴隷貿易廃止法案」を提出したのが1791年だが、これは88対163というダブルスコアで否決されたらしい。ウィルバーフォースはそれにもめげず、以降毎年のように「奴隷貿易廃止法案」を提出したが、そのたびに連戦連敗。これにはさすがのウィルバーフォースも、身体の調子がよろしくないこともあってかなりこたえていたようだ。
 郵政民営化に政治家としての命をもやした小泉純一郎元首相は、郵政民営化法案が否決されるや否や衆議院解散という「伝家の宝刀」を抜き圧倒的な勝利をおさめたが、それには竹中平蔵というブレインの存在が大きかった。さて、今失意のどん底にあるウィルバーフォースを救い出すのは、一体誰?本作はそんな視点から、当時としてはちょっと小生意気な女性バーバラ・スプーナー(ロモーラ・ガライ)を登場させ、ウィルバーフォースとスプーナーとの恋をストーリーの軸として設定したが、さて2人の政治談議(?)を通じた恋の展開は?

<これぞ「熟議」!日本の国会議員は総懺悔を!>
 日本では長い時間をかけて「政治改革」が叫ばれ、少しずつそれが実現した。小選挙区制しかり、二大政党制しかり、国民一人当たり250円の政党交付金(助成金)しかりだ。そしてやっと、2009年8月30日の衆議院議員総選挙で「政権交代」を実現したが、現在の菅内閣下での政治状況はあまりにもひどい。これでは政党政治そのものが滅んでしまう危険すらある。そんな断末魔状態にある日本の政治情勢、国会状況に馴れた目に映る18世紀末のイギリス国会(庶民院)での審議風景は新鮮だ。
 本作のそれを観ていると、謝晋(シェ・チン)監督の『阿片戦争(鴉片戦争/THE OPIUM WAR)』(97年)(『シネマルーム5』161頁参照)における、清国への派兵を審議するイギリス議会の風景を思い出してしまう。1840年に開催されたイギリス議会は、阿片追放政策を取った清国の皇帝・道光帝が阿片の没収・廃棄を命じたことに対抗して、271票対262票という僅差で清国への派兵を決定。これによって阿片戦争が始まり、清国は滅亡への道を歩んでいくことになったわけだ。そんな審議をするイギリス議会のシーンを観ながら思ったのは、意外に議場が小ぶりだなということ、また議論はかなりフリーだなということだった。本作にみる「奴隷貿易廃止法案」についての庶民院での審議風景も、それと同じだ。
 日本の国会では、細かなルールにしばられていることもあって国会での自由闊達な議論、真に実りある議論はほとんど期待できなくなっている。しかし、本作における庶民院での審議風景を観ていると、まさに自由闊達、というより良い意味でかなりいい加減?もちろん、国会議員は選出民の意見にしばられること、国会対策にはさまざまな権謀術策や裏取引があることは同じだが、それでも国会が「熟議の府」として機能していることがよくわかる。政党政治が名前のみに成り果ててしまっている現在の日本の国会議員たちは、本作をみて総懺悔を!

<追悼本田美奈子.!彼女もきっと大喜び!>
 白血病によって若くして亡くなった女優で今なお心に残るのは夏目雅子だが、白血病で若くして亡くなった美人歌手で心に残るのは本田美奈子.。アイドル歌手としてデビューした彼女はミュージカル『ミス・サイゴン』での活躍を経てクラシック曲へのチャレンジを続け、38歳で亡くなる半年前に発売したミニアルバム『アメイジング・グレイス』はヒット。この曲は彼女を代表する歌曲となった。
 しかして、本作のタイトル『アメイジング・グレイス』とはまさにその本田美奈子.が歌った『アメイジング・グレイス』だが、実はその曲を作詞したのは本作に登場するジョン・ニュートン(アルバート・フィニー)。作曲者不明のあの美しいメロディが登場したのは1772年とのこと。その誕生秘話は、プレスシートにある石橋秀雄の『アメイジング・グレイスの誕生』を読めばよくわかる。もっとも、そんな詳しいことはわからなくても、この曲が賛美歌として作られたものであること、奴隷として苦しむ黒人たちの心の歌であったこと、国会議員には珍しく歌唱力抜群のウィルバーフォースもこの曲を心の支えにしていたことを本作からじっくりと学びたい。もちろん、英語の曲だからその歌詞をちゃんと理解するにはそれなりの勉強が必要。したがって、英語とその翻訳を対比するのもよし、久しぶりに本田美奈子.を追悼しながら彼女の澄みきった美しい歌声を聞くもよし。本作をきっかけに、名曲『アメイジング・グレイス』をあらためてじっくりと味わいたい。本作の公開を、彼女もきっと草葉の陰で大喜びしていることだろう。
                               2011(平成23)年2月26日記