洋11-12

「英国王のスピーチ」
  

                    2011(平成23)年1月28日鑑賞<GAGA試写室>

監督:トム・フーパー
ジョージ6世/コリン・ファース
ライオネル・ローグ(スピーチ矯正の専門家)/ジェフリー・ラッシュ
エリザベス(ジョージ6世の妻)/ヘレナ・ボナム=カーター
エドワード8世(ジョージ6世の兄)/ガイ・ピアース
ウィンストン・チャーチル(後のイギリス首相)/ティモシー・スポール
コスモ・ラング(大司教)/デレク・ジャコビ
ローグ夫人(ライオネルの妻)/ジェニファー・イーリー
ジョージ5世(ジョージ6世の父)/マイケル・ガンボン
2010年・イギリス、オーストラリア合作映画・118分
配給/ギャガ

<今年もアカデミー賞の季節に!>
 去る1月25日第83回アカデミー賞のノミネートが発表された。日本関係では渡辺謙がディカプリオと共演した『インセプション』(10年)が作品賞、脚本賞等にノミネートされたが、問題作『告白』(10年)が外国語映画賞にノミネートされなかったのは残念。
 『英国王のスピーチ』は既にゴールデングローブ賞の最多7部門にノミネートされていたため、プレスシートには「今、最もアカデミー賞に近い作品」と書かれていたが、そんな下馬評のとおり、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞など最多12部門にノミネートされた。試写の予定はこの発表前に入っていたが、これだけ話題になれば試写室はきっといっぱい、その内容もきっと一級品?そんな私の予想は、ズバリ的中!

<イギリスの王室とは?天皇制との違いは?>
 イギリスでは目下ウィリアム王子と民間出身のケイト・ミドルトンとの結婚の話題でもちきりだが、国民に増税を含む大きな負担増を求めている現在の不況下では、4月29日にロンドンのウエストミンスター寺院で行われる結婚式はかなり徹底した「地味婚」になるらしい。このウィリアム王子はチャールズ皇太子とダイアナ妃との間の子供で、チャールズ皇太子はフィリップとエリザベス女王(エリザベス2世)との間の子供。そして、現在のエリザベス女王(エリザベス2世)の父親が本作が描くジョージ6世(コリン・ファース)であり、その妻が2002年に皇太后として101歳で亡くなったエリザベスで、本作では若き日のエリザベスをアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたヘレナ・ボナム=カーターが演じている。
 日本もイギリスも政治学的には「立憲君主制」の国だが、日本の天皇とイギリスの国王とはかなりの違いがある。日本は1945年の敗戦後「象徴天皇制」になったが、明治憲法下の天皇は陸海軍を統帥するとともに、勅命という形で超法規的な命令を出す権限をもっていた。しかし、産業革命から市民革命を経たイギリスは代表的な立憲君主制で、日本の天皇のような実権は国王にはなかった。できることなら、本作を観たついでに、そんなお勉強もしっかりと・・・。

<神様は時々運命のいたずらを・・・>
 民主主義の国イギリスでは演説が大切だから、国王は何らか行事のときにはスピーチをしなければならないのは当然。父親であるジョージ5世(マイケル・ガンボン)は当然の如く国王としてのスピーチその他の公務をこなしていたが、その子であるジョージ6世は何と吃音(どもり)。映画冒頭、ジョージ6世は父親の代理として式典でのあいさつをまかされたが、ジョージ6世はそこで大失態を。その後次第に明らかにされていくが、ジョージ6世が吃音になったのはなぜ?そして、それはいつから?
 モノを書くだけの作家なら吃音は大きなマイナスではないし、弁護士だって「しゃべり弁」が無理だったら「書き弁」としてやればいい。しかし、しゃべるのが商売の議員などには、吃音者は不適格?そう考えると政治の実権はなくとも国民の求心力を保ち、スピーチによって国民を元気づけなければならない国王が吃音では困ったものだ。もっとも、ジョージ6世には兄のエドワード8世(ガイ・ピアース)がいたから、現在ヨーク公のジョージ6世が、王位を承継することはありえない。そんな風に軽く考えていたジョージ6世だったが、運命の神様は時々いたずらをするもの・・・。

<なるほどこんな「職業」も?ヒギンズ教授との異同は?>
 アカデミー賞主演男優賞にノミネートされたのはジョージ6世を演じたコリン・ファース。他方、助演男優賞にノミネートされたのは、ジョージ6世の吃音を見事に克服させたスピーチ矯正の専門家ライオネル・ローグを演じたジェフリー・ラッシュだ。吃音に悩む人は日本でも多いはずだが、寡聞にして私は本作のプレスシートに書かれている「言語聴覚士」や「スピーチ矯正の専門家」という「職業」を聞いたことがない。ライオネルの診察室には吃音を見事に克服した少年がいたし、本作を観れば、なるほどライオネルがスピーチ矯正の専門家として自信をもって「オレ流」を貫いていることがよくわかる。しかし、これが職業として、もっと言えば商売として成り立つのかについては、イマイチ疑問がある。プレスシートによれば、本作の製作スタッフがライオネルの孫をロンドンで捜しあてたことによってその役づくりに大いに役立ったようだが、本作にみるライオネルの人物像はきわめて興味深い。
 そこで思い出すのが、『マイ・フェア・レディ』(64年)で田舎の花売り娘イライザのひどいなまりを矯正し、貴婦人に仕上げたヒギンズ教授。これによって彼は友達のピカリング大佐との「賭け」に勝ったわけだが、ヒギンズ教授は言語学者だから、民間の一業者であるライオネルとは全く格が違う。『マイ・フェア・レディ』でのレックス・ハリソン扮するヒギンズ教授がオードリー・ヘプバーン扮するイライザのひどいなまりを矯正するために施す「特訓ぶり」は面白かったが、本作にみる「特訓ぶり」も面白いうえ、合理性がある。『マイ・フェア・レディ』では、その特訓によってイライザは「The Rain In Spain stays mainly in the plain!」と歌い出すことができたが、さてジョージ6世は?

<王位をとる?彼女をとる?それが問題、だが・・・>
 日本は「万世一系の天皇」を誇っているが、実はそこにはかなりの虚構が入り込んでいるはず。そして今、女系天皇を認めるべきか否かの議論をはじめ、天皇の承継問題が大きな転機を迎え、それなりの結論を出さなければならない時期を迎えているが、現在のスッカラカン内閣ではとてもそこまでは・・・。
 いかに正当に王位を継承させるかについてさまざまな問題があるのはいつでもどこの国でも同じだが、父ジョージ5世の後を継いで国王となったエドワード8世が、2度の離婚歴をもつアメリカ人女性と結婚したいと言い始めたから大変。シェイクスピアの「To be,or not to be.That is the question. ( 生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ)」は有名な言葉だが、エドワード8世は「王位をとるか、彼女をとるか、それが問題だ」と真剣に悩んだうえ、結論として彼女をとってしまったから、全く望んでもいなかった王位継承者となってしまったジョージ6世は大困惑。戴冠式では当然スピーチをしなければならないから、ここは一度はケンカ別れをしたライオネルに再び頼らなければ・・・。
 それにしても、本作におけるエドワード8世の選択ぶり、そんな結論に大いに不満を持ちながらも現実を受け入れるジョージ6世やその妻エリザベスの姿を見ていると、やはりイギリスは民主主義の国、そして「熟議」の国・・・。

<「戦争スピーチ第1号」がハイライトに!>
 エドワード8世が父親から王位を承継したのは、1936年の1月。そしてジョージ6世がエドワード8世から王位を継承したのは、1936年の12月。この1936年という年は、大陸ではナチス・ヒトラーが着々と軍備を拡張し、牙をむき始めていた時期だ。ナチス・ヒトラーとの宥和政策をおし進めたスタンリー・ボールドウィンは自分の「不明」をジョージ6世に詫びて首相を辞任し、1937年5月、政府はチェンバレンに引き継がれたが、最後通牒をつきつけた1939年9月の今、ナチス・ドイツとの戦争は目前に。そんな状況下ジョージ6世に期待されたのは、これから多大な犠牲を伴う苦難の道を歩まなければならないイギリス国民の心を一つにするためのスピーチだ。しかし、未だ十分吃音を克服できていないジョージ6世に、名演説を期待してホントに大丈夫?
 去る1月24日に開会した第177回通常国会における菅直人総理の施政方針演説は声を張り上げた割には内容が乏しかったが、さてジョージ6世は?その原稿はジョージ6世が自分自身で書いたものではないが、それをいかに自分の言葉として説得力をもって国民に訴えかけるのかが大切だ。1月24日の参院本会議で外交演説を棒読みした前原誠司外務大臣は、自民党から「下を向いて早口で原稿を読むだけだった」と指摘され、27日の参院本会議で「丁寧さを欠いたものでおわび申し上げる」と謝罪したが、さてジョージ6世の「戦争スピーチ第1号」の出来は?
 ライオネルによる「特訓」の時間はごくわずか。そして今や本番は数分後に・・・。密室の中でマイクに向かうジョージ6世に対して、ライオネルはジョージ6世の目の前でいかなる指揮(?)を?

<演説術はヒトラー!他方、チャーチルの存在感も!>
 戴冠式でのスピーチを納めた8ミリフイルム(?)には、ナチス党員に対するヒトラーの過激な演説も納められていた。それを見たジョージ6世が、「演説がうまいなあ」ともらしたのは当然。なんとか原稿を読むだけのイギリス国王ジョージ6世のスピーチに比べれば、身振り手振りを交え、絶叫調ともいえるヒトラーの演説は多少神懸かり的で自己陶酔的な面を有するものの、それは絶品。
 本作は対ドイツ戦直前の、あの「戦争スピーチ第1号」がハイライトだから、後にドイツ軍と徹底抗戦したチャーチル首相の出番は少ない。本作に登場する時の首相は対ドイツ宥和政策を説いたボールドウィンだが、1937年5月にその後を継いだチェンバレン首相は宥和政策をさらに徹底したため、ドイツ軍の軍事力をさらに増大させただけだと後に批判された。これに対し、主戦論を唱えたのがチャーチルだ。彼は第2次世界大戦がはじまると、チェンバレン内閣の海軍大臣に就任したが、その後の大活躍は日本人にもお馴染み。そしてまた、その風貌も日本人にはお馴染みだ。本作では出番も少なく台詞も少ないが、あのブルドッグのような存在感(?)は抜群だから、それにも注目。
 チャーチルはドイツからの激しい爆撃にさらされながらも、ラジオや議会の演説を通じて国民に戦争協力を呼びかけたが、実はジョージ6世も「国民が苦しんでいる状況を見捨てていくことはできない」と述べて空襲が激化するロンドンにとどまり、イギリス国民に大いなる勇気を与えたらしい。本作はそこまでは描いていないが、本作のハイライトであるあの「戦争スピーチ第1号」を聞けば、ジョージ6世が立派な国王であることがわかろうというものだ。演説術はたしかにヒトラーの方が上だったが、チャーチルとの二人三脚をもってすれば、結果的にはやっぱりジョージ6世の方が上…。
                               2011(平成23)年1月29日記