日11-129
「ALWAYS 三丁目の夕日’64」 ![]()
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2011(平成23)年12月21日鑑賞<東宝試写室>
監督:山崎貴
茶川竜之介(小説家)/吉岡秀隆
鈴木則文(鈴木オート社長)/堤真一
茶川ヒロミ(竜之介の妻)/小雪
星野六子(鈴木オート従業員)/堀北真希
大田キン(タバコ屋)/もたいまさこ
宅間史郎(宅間小児科医の医師)/三浦友和
鈴木トモエ(則文の妻)/薬師丸ひろ子
古行淳之介(茶川家の長男)/須賀健太
鈴木一平(鈴木家の1人息子)/小清水一揮
菊池孝太郎(凡天堂病院の医師)/森山未來
富岡(茶川の連載担当部員)/大森南朋
奈津子(茶川家の分家の叔母)/高畑淳子
茶川林太郎(竜之介の父親)/米倉斉加年
2012年・日本映画・140分
配給/東宝
<あの時は15歳!あれから47年!>
人生は常に前向きでいたいものだが、同時に人間は誰でもノスタルジアな気持になる時があるもの。それは往々にして「昔は良かった」「あの時は良かった」となるものだが、それは今の時代が良くない場合に、より増幅されることに・・・。
本作のサブタイトル「’64」は東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開催された1964年という年。10月10日に開会された東京オリンピックの入場式や柔道での敗退、東洋の魔女の快挙などは、今でも私の目に焼きついている。あの時の私は15歳で中学3年生。また弁護士生活37年、満62歳の今2011年12月は、あれから47年!何と半世紀近くが経ったわけだ。
「幸せ」とはナニ?それをやんわりと感動の涙いっぱいに描くのが本作だが、私たち団塊の世代の多くは、「あの時代は貧しかったけれども幸せだった」と思っているはず。それはそれでいいのだが、同時にそれが「今の時代はダメ」ということの裏返しにならないようにしなければ・・・。
<「変わらぬもの」は?「変わるもの」は?>
『男はつらいよ』シリーズは全48作とすごい数になったが、そこでは「変わらぬもの」と「変わるもの」の区別が明確だった。「変わらぬもの」は、フーテンの寅さんのキャラクターと寅さんの家族や友人たち。逆に毎回変わるのは、浅丘ルリ子が演じたリリーなどの例外を除いて、毎回寅さんが恋し振られる美女たちの顔ぶれだ。
昭和33年の東京タワーの完成をテーマとしたシリーズ第1作『ALWAYS 三丁目の夕日』は05年(『シネマルーム9』258頁参照)、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』は07年(『シネマルーム16』285頁参照)に公開されたが、シリーズ第3作となる本作における「変わらぬもの」と「変わるもの」とは?
<シリーズ第3作における、3つの変化とは?>
本作には大きく3つの変化がある。第1は、売れない小説家・茶川竜之介(吉岡秀隆)の愛妻・茶川ヒロミ(小雪)が臨月寸前になっているうえ、古行淳之介(須賀健太)が高校生になっていること。竜之介は淳之介を東大に行かせて安定した仕事に就かせたいと考えていたが、さて当の淳之介は?第2は赤いりんごのようなほっぺで青森から集団就職で鈴木オートの社長・鈴木則文(堤真一)と妻・鈴木トモエ(薬師丸ひろ子)のもとにやってきた星野六子(堀北真希)が今や欠くことのできない戦力に成長しているうえ、医師の菊池孝太郎(森山未來)に恋心を感じる年頃になっていること。もっとも、タバコ屋のおばちゃん大田キン(もたいまさこ)が集めた情報によると、この孝太郎は女にだらしなく前の病院もクビになったそうだから、ひょっとして六子は遊ばれているの?第3は「チチキトク」の電報を無視していたことをヒロミから怒られた竜之介が、勘当されて以来はじめて父・茶川林太郎(米倉斉加年)の実家を訪れること。そこでも激しい父子ゲンカとなって東京に戻った竜之介だったが、葬式の席で茶川家の分家の叔母奈津子(高畑淳子)から父親が誰よりも竜之介の応援者だったことを聞かされると・・・。
3Dの本作では、昭和33年に建設された東京タワーがググッと目の前に迫ってくる。また、そのイルミネーション姿や夕日に映える姿は実に美しい。それから6年。東京オリンピックに向けてテレビは庶民のものとなっていた。店構えも立派になった鈴木オートにはカラーテレビが到着したうえ、連続小説打ち切りの危機にある竜之介宅にも白黒テレビが到着。そこに映し出される日本選手の活躍に夕日町三丁目の住人たちは一喜一憂するとともに、本人たちにもさまざまな人生ドラマが展開していく。しかして、それらがすべて涙を誘うほど感動的なものになるのは一体ナゼ?
<あの時代は「ケンカと仲直り」が感動の源!>
私は弁護士登録後もずっと阪大の学生諸君の面倒をみているから、その気質の経年変化がよくわかる。近時の学生気質のキーワードは「内向き志向」だが、そんな風になってしまったのは近時の学生たちがみんな上品になり、他人の領域とりわけ「悩みの部分」に立ち入らなくなったため。つまり、今ドキの男子学生は彼女に振られて泣いている姿は絶対友人に見せないし、それを聞いた友人も励ましたり、慰めたりすることもないわけだ。それに比べれば、学生運動に明け暮れた1967年から約3年間の私の学生時代は・・・?
本作を観れば、1964年当時の夕日町三丁目の住人たちがいかによくケンカしているかがわかる。本作の2人の主人公である茶川と鈴木はコトあるごとに言い合っているし、実の娘のようにかわいがっている六子を悪徳医師にたぶらかされたと早とちりした鈴木が菊池に見舞う鉄拳もすごい。菊池の出血状況を見れば、こりゃ明らかに傷害罪?考えてみれば、フーテンの寅さんも葛飾柴又のおじちゃんの家に帰ってくれば、いつもトラブルを起こしてケンカになりまた飛び出していくというストーリーが定番だった。
あの時代が面白いのは、それにもかかわらず茶川と鈴木は仲がいいこと。とりわけ、茶川の長男・淳之介と鈴木の長男・鈴木一平(小清水一輝)の悩みを語り合うシーンには父親の熱い思いが溢れている。そう考えると、あの時代は、「ケンカと仲直り」が感動の源!
<幸せって、ナニ?>
1950~60年代の吉永小百合・浜田光夫の純愛コンビの後を、1970年代に『伊豆の踊り子』(74年)、『潮騒』(75年)、『絶唱』(75年)、『春琴抄』(76年)、『霧の旗』(77年)など数々の名作で引き継いだのが、山口百恵・三浦友和のゴールデンコンビ。ところが、あの美青年だった三浦友和も今や結婚30年、俳優40年、人生60年となった。そこで近時出版されたのが、自らの半生を振り返った自伝的「人生論」である『相性』(小学館)だ。そんな三浦友和が本作後半では三丁目の住人たちの心を1つにまとめていく重要な役割を演じている。
菊池にとっては、鈴木から殴られボロクソに言われていた時に宅間史郎(三浦友和)が登場してくれたことは超ラッキー。菊池のことを「女たらし」、「ダメ医者」と思っていた鈴木たちに対して、「それは誤解だ」と説明する宅間の口調には説得力がある。それによって、それまではヤクザと一緒に売春宿に通っていると誤解していた事実が全く正反対だったことがわかると、その後は菊池と六子との結婚話が一直線に・・・。さらに味わい深いのは、高度経済成長時代に入った1960年代の日本では、みんなが出世したり、お金持ちになることを望んで頑張っていたが、「ホントの幸せとは?」と宅間が住人たちに問いかけたこと。とりわけ、焼け野原の中、裸一貫で鈴木オートを立ち上げた鈴木は、六子の協力や長男・一平が跡を継ぐことによって鈴木オートをさらに大きな企業にしようと意気込んでいたが、じっくり妻のトモエと話し合ってみると・・・。
もっとも、「政治は二流でも経済は一流」と言われていたニッポン国の経済が危うくなっている2011年の今、日本国民全体がもっと経済活動に努力しなければならないことは明らかだが、それでも「幸せって、ナニ?」という問いかけは常に不可欠。しかして本作を観れば、「なるほど幸せってこんなところにあるんだ」ということがよくわかる。本作を観て涙を流さない団塊世代はいないはずだ。
2011(平成23)年12月24日記