洋11-123

「リアル・スティール」
    

                 2011(平成23)年12月10日鑑賞<TOHOシネマズ梅田>

監督:ショーン・レヴィ
チャーリー・ケントン(元プロボクサー)/ヒュー・ジャックマン
マックス・ケントン(チャーリーの息子)/ダコタ・ゴヨ
ベイリー(ジム経営、チャーリーの長年の恋人)/エヴァンジェリン・リリー
フィン(チャーリーの友人)/アンソニー・マッキー
リッキー(暴れ牛「ブラックサンダー」の所有者)/ケヴィン・デュランド
タク・マシド(天才ロボット・プログラマー)/カール・ユーン
ファラ・レンコヴァ(大富豪、「ゼウス」の所有者)/オルガ・フォンダ
デブラ(チャーリーの義妹)/ホープ・デイヴィス
2011年・アメリカ映画・127分
配給/ウォルト ディズニー スタジオ ジャパン

ボクシング映画に外れなし!
 
千葉哲也の人気漫画を映画化した『あしたのジョー』(11年)が、山下智久と伊勢谷友介の共演で、製作・公開されたのには驚いた(『シネマルーム26』208項参照)が、それは、『ロッキー』シリーズや『レスラー』(08年)(『シネマルーム22』83項参照)をはじめとする「ボクシング映画やプロレス映画に外れなし」のことわざに沿ったもの。ボクシング映画には「下積み」や「根性」、また「師弟愛」や「夫婦愛」がよく似合うが、その反面として『シンデレラマン』(05年)(『シネマルーム8』218頁参照)や『ザ・ファイター』(10年)(『シネマルーム26』35頁参照)のようにラストにはチャンピオン獲得という栄光が待っているケースが多い(『あしたのジョー』は例外)。しかし、近未来の2020年には実際にボクシングをやるのは人間ではなくロボットになっていたから、そこにおける「下積み」や「根性」は?また「師弟愛」や「夫婦愛」は?
 闘う主体を人間からロボットに変えたことによって、スクリーン上の迫力に今風の変化を持たせたのが本作だが、おちぶれた元ボクサー、チャーリー・ケントン(ヒュー・ジャックマン)を主人公に据え、その11歳の息子マックス(ダコタ・ゴヨ)との父子愛を際立たせながら、ラストはロボットの「ATOM」にチャンプの栄光をもたらせたのが本作のミソ。なるほど、こういうストーリーづくりなら、やはりボクシング映画に外れなし!


<安モノのロボットでは・・・?>
 今チャーリーはロボット格闘技のプロモーターとして辛うじて生計を立てていた。本作冒頭では、チャーリーが持つ「アンブッシュ」という名のロボットが遊園地のイベントで、リッキー(ケヴィン・デュランド)所有の生きた暴れ牛「ブラックサンダー」と闘うシーンが描かれる。「アンブッシュ」は最初こそ「ブラックサンダー」にパンチを浴びせて観客の拍手を浴びたが、チャーリーが遠隔操作をちょっと油断していると・・・。
 後述のように、彼がボクサーとして生きていけなくなったのは実力がなかったためではなく、観客が人間同士の闘いより、高性能ロボット同士の闘いにより強い刺激を求め、より強いヒーローを追い求めるようになったためだ。人間同士の闘いなら、貧民窟出身(?)の矢吹丈でも、ナニワの亀田3兄弟でも努力すればチャンピオンになれる可能性があるが、ロボット同士の闘いでは所詮カネにまかせてより強く優秀なロボットを開発した奴が有利になるに決まっているのでは・・・?
 子供の養育権を売り渡してまで手に入れた半金の5万ドルでチャーリーは「ノイジー・ボーイ」という旧式のロボットを購入し、ジムを経営している長年の恋人(?)ベイリー(エヴァンジェリン・リリー)の協力を得て戦いに挑んだが、所詮安モノは安モノ。ノイジー・ボーイはあっという間に叩きのめされて、スクラップ状態に・・・。

<父子の絆は、「似たもの同士」から?>
 序盤では、赤ん坊の時に別れて以来1度も会ったことのなかった11歳の息子マックスの母親(つまりチャーリーの元妻)が死亡したことによってマックスの養育をめぐる争いが起きた挙句、チャーリーが数カ月だけマックスを預かるようになる事情が描かれる。ドロ沼の法廷闘争になっても仕方のないところがそんな風に和解できたのは、大金持ちの男と結婚したチャーリーの義妹であるデブラ(ホープ・デイヴィス)がチャーリーを養育したがったため。そこでチャーリーは、デブラに内緒でデブラの夫から10万ドルを受け取る代わりにマックスの養育権を譲渡したというからこりゃひどい話。そんな大人たちの「密約」内容をうすうす察知しているマックスが、チャーリーになじまないのは当然だろう。
 しかし、ロボット気狂いのチャーリーと同居するようになった当初こそマックスは父親に反抗的だったが、ある日ゴミ捨て場に捨てられたスクラップ同然の旧式ロボット「ATOM」を発見すると・・・。「ATOM」はノイジー・ボーイより更に旧式のロボットで、チャーリーからは「スパーリング用にしか使えない」と宣告されたが、マックスは「ATOM」を試合に出そうと必死にこれを調教。そんな中、「ATOM」には「シャドウ機能」という、人の動きを見てピッタリ真似できる機能が付いていたことを発見したが、さてその効用は?

<「より刺激的に!より強く!」を推し進めると・・・>
 本作の制作費用は8000万ドル(約72億円)だが、その大半はロボット製作費用?そう思わざるをえないほど、本作には中盤からラストにかけて多くの魅力的な格闘用ロボットが登場する。さしずめ、2つの頭を持つ格闘用ロボット「ツインシティーズ」が『あしたのジョー』におけるウルフ金串なら、矢吹の生涯のライバルとなる力石徹に相当するのが、大富豪ファラ・レンコヴァ(オルガ・フォンダ)が所有する最強の格闘用ロボット「ゼウス」だ。
 もっとも、これらのロボットの闘いには矢吹の必殺技であるクロスカウンターのような妙技は見られず、力まかせなところが少し大味だが、重厚な鉄と鉄とのぶつかり合いはそれなりの迫力がある。しかし、「より刺激的に!より強く」をあまりにも推し進めると・・・。

<クライマックスもボクシング映画の王道を!>
 「ATOM」が「ツインシティーズ」に勝利したこと自体が予想外だったが、その勢いでマックスが「ゼウス」に挑戦したいと叫んだのはあまりにも無謀。だってそれは、あたかも「4回戦ボーイ」が突然世界チャンピオンに挑戦するようなものだから。ところが、「ゼウス」の所有者であるファラ・レンコヴァは「シャドウ機能」のある「ATOM」がかなり高性能であることを理解したらしく、「ATOM」をスパーリング用として20万ドルで買い取りたいと言い出したからチャーリーは大喜び。ところが、今やロボット格闘技実施の実権はチャーリーにはなくマックスが握っていたから、マックスは断固それを拒否。この強気一辺倒で、イケイケドンドンの性格はまさに父親譲りだ。
 『ロッキー』シリーズでも、「シンデレラ・ボーイ」でも、また『あしたのジョー』でも、ボクシング映画ではラストで描かれるリング上での「対決」がクライマックスになる。『あしたのジョー』の悲劇的な結末はご存知のとおりだが、ハリウッド映画のクライマックスは「涙と感動のハッピーエンド」と王道が決まっている。しかも、その多くはノックアウトシーンを伴うものだ。12月7日に行われた亀田興毅・大毅兄弟のタイトルマッチで兄の興毅はノックアウトで圧勝したが、弟の大毅は判定にもつれ込み、結局敗北した。本作にみる「ゼウス」の猛攻の前に何度も倒れながらも堪えるシーンや、後半に反撃するところは『ロッキー』シリーズと同じ。とりわけ、チャーリーのシャドウボクシングに対応してすばらしい反撃を見せる「ATOM」の勇姿には拍手を送りたいが、さて判定の結果は?本作のそんなクライマックスはまさにボクシング映画の王道を歩むもの。きっとあなたも、その感動を共有できるのでは?
                               2011(平成23)年12月19日記