洋11-120
「アニマル・キングダム」 ![]()
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2011(平成23)年12月5日鑑賞<角川映画試写室>
監督・脚本:デヴィッド・ミショッド
ジョシュア・コディ(通称ジェイ、17歳の少年)/ジェームズ・フレッシュヴィル
ジャニーン・コディ(通称スマーフ、ジョシュアの祖母)/ジャッキー・ウィーヴァー
アンドリュー・コディ(通称ポープ、ジャニーンの長男)/ベン・メンデルソーン
バリー・ブラウン(通称バズ、コディ家の古い親友)/ジョエル・エドガートン
ネイサン・レッキー(巡査部長)/ガイ・ピアース
クレイグ・コディ(ジャニーンの次男)/サリヴァン・ステイプルトン
ダレン・コディ(ジャニーンの三男)/ルーク・フォード
エズラ・ホワイト(コディ家の顧問弁護士)/
ニッキー・ヘンリー(ジョシュアの彼女)/
2010年・オーストラリア映画・113分
配給/トランスフォーマー
<不安な時代だからこそ、こんな傾向の傑作が次々と?>
本作はオーストラリア映画だから、『アニマル・キングダム』というタイトルを聞くと、「動物たちの王国」を描いた子供向けの楽しい映画?一瞬そんな錯覚をしそうだが、2010年オーストラリア・アカデミー賞(AFI賞)16部門にノミネートされ、2011年米アカデミー賞助演女優賞にもノミネートされた本作は「全世界が熱狂したクライム・ドラマの最高傑作」らしい。つまり『アニマル・キングダム』とは、「動物たちの王国」ではなく、「犯罪でしか生きられない野獣たちの王国」のことだ。
最近、『家族の庭』(10年)(『シネマルーム27』19頁参照)、『ラビット・ホール』(11年)、『人生はビギナーズ』(10年)など人生や男女関係に不器用な人間たち(の内面)を静かに描いた映画が多いような気がするが、クライム・ドラマはいつの時代でも人気のある分野。しかして、その分野でも近時は『フローズン・リバー』(08年)(『シネマルーム24』61頁参照)や『ウィンターズ・ボーン』(10年)(『シネマルーム27』59頁参照)など社会の裏面をリアルに描いた傑作が多い気がする。そして本作は、そんな「クライム・ドラマ」の傑作の延長線にある映画だ。弁護士の登場はごくわずかだが、弁護士の私としてはそこにも注目してほしい。こんな傾向の傑作が次々と登場するのは不安な時代だからこそ?
<朱に交われば・・・>
主人公は、母親ジュリアの死亡によって祖母ジャニーン・コディ(ジャッキー・ウィーヴァー)の家に引き取られた17歳の少年ジョシュア・コディ(ジェームズ・フレッシュヴィル)。ヘロインの過剰摂取という異常事態によって母親が死亡したため、途方に暮れたジョシュアが、長い間付き合いを避けていた祖母に電話をかけたところ、すぐに引き取りに来てくれたわけだ。母親がジャニーンとの付き合いを長い間避けていた理由は、ジャニーンの家に一緒に住んでいる長男のアンドリュー・コディ(ベン・メンデルソーン)、次男のクレイグ・コディ(サリヴァン・ステイプルトン)、三男のダレン・コディ(ルーク・フォード)がみな銀行強盗や麻薬の密売など、あらゆる凶悪犯罪に手を染めていることを知り、そこから距離を置くためだった。しかし、17歳の少年にしてみれば、やさしくしてくれる家族が増えて居心地さえ良ければ、そんな裏の部分はどうでもよかったのは当然。
その結果、「朱に交われば赤くなる」のことわざどおり・・・。しかも、ジョシュアは自分のガールフレンドのニッキー・ヘンリーまで家族同様にその家に招いたが、そんなことをしているとニッキーも・・・?
<オーストラリアでは、ホントにこんなのあり?>
警察とマフィアやヤクザとの抗争はよく映画に描かれるが、映画の世界でも現実の世界でも双方の「もたれ合い」はあるらしい。そんな実態は『インファナル・アフェア』3部作で明らかになったが、表面の抗争とは別に互いに内通者(スパイ)がいるのはあたり前?しかし、本作ではコディ家の「ポープ(教皇)」と呼ばれ、一家で最も凶暴なアンドリューを逮捕するため、警察は凄腕の巡査部長ネイサン・レッキー(ガイ・ピアース)率いる強盗特捜班を組織するという異例の体制をとったから、警察のやる気はホンモノ?
コディ家の犯罪の知恵袋になっていたのはアンドリューの親友のバリー・ブラウン(ジョエル・エドガートン)だが、警察のそんな動きを知ったうえ、犯罪で稼ぐより株で儲けた方が利口だと最近気づいたバリーはアンドリューに対して、そろそろ犯罪から足を洗うべきだと真剣にお説教。もちろんそんなことを真に受けるアンドリューではなかったが、隠れ家に潜入しているアンドリューにとっては今やバリーが唯一の頼みの綱。ところが、ある日ショッピングセンターの駐車場の車の中でアンドリューを待っていたバリーを捜査班が急襲し、いきなり射殺。オーストラリアはアメリカと同じような「デュープロセスの国」だと理解していたが、オーストラリアではホントにこんなことがあるの?
<この報復も悲劇の連鎖もオーストラリア流?>
警察のバリーに対する一方的な襲撃(?)にビックリなら、アンドリューを長とするコディ一家総がかり(?)の警察に対する報復のあり方にもビックリ!アンドリューがジョシュアに「セダンの車を1台手配しろ!」と命令した時は、それなりに周到な報復計画の実行かなと思ったが、スクリーン上で展開されるのは、たまたまパトロールしていた警官への報復で、敵の総大将(?)たるネイサンに的を絞った報復ではない。しかしそれでは、報復の対象は警官なら誰でもよかったことになるから、その報復の意味は?
警官襲撃事件の発生によって、たちまちアンドリューとダレンそしてジョシュアは逮捕され、その場にいなかったクレイグにも出頭命令が出されることに。裁判では、犯罪の証拠がなければ有罪とされないのは当然。したがってここからはその当然のルールに沿った展開が見られるが、結果的には「警官殺しの証拠は不十分」としてアンドリューたちは釈放されることに。そこにはコディ家の顧問弁護士エズラ・ホワイトの役割が大きいが、私の目にはどう見てもこの弁護士は法の裏側ばかりを教える悪徳弁護士。したがって、以降は未成年のジョシュアを警察側に取り込もうとするネイサンとそれを阻もうとするエズラ弁護士の悪知恵を授けられたアンドリューとの知能戦、神経戦が続くことになる。
そんな中、出頭命令に従わず逃げ回っていたクレイグまで警官に射殺されてしまったが、なぜクレイグの逃走先が警官にバレたの?警察に呼び出されながら、その状況をきちんと報告しないジョシュアに対するエズラ弁護士やアンドリューの不信が募ったのは当然だが、その疑惑はある日ジョシュアのガールフレンドのニッキーにまで。その結果起きた、ニッキーの悲劇とは?悲劇の連鎖を描いた映画は数多いが、本作が描いたこんな報復のあり方や悲劇の連鎖も、オーストラリア流?
<この「ゴッドマザー」に注目!>
映画ファンの多くがきっと「生涯ベスト5」の中に入れるであろう、フランシス・フォード・コッポラ監督の名作『ゴッドファーザー』(72年)では、マフィアのドンであるヴィットー・コルレオーネ役を演じたマーロン・ブランドの圧倒的な存在感が光っていた。それと同じように、本作ではコディ家の3人の悪ガキ(?)たちの総元締めともいうべき、祖母ジャニーン・コディ役を演ずるジャッキー・ウィーヴァーの存在感がすごい。こりゃ、2011年アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたのも当然!そんなジャニーンは家族同様の友人バリーを失い、さらに実の息子のクレイグを失っても動揺を見せず、あくまでコディ家の象徴(?)としてさらに励まし係(?)としてその存在感を見せつけてくれる。
本作後半は、疑心暗鬼の末にニッキーまで殺してしまったアンドリューの手が自分にまで及んでくることを恐れたジョシュアが、ネイサンに助けを求めたところから思わぬ展開となってくる。ジョシュアの証言さえあれば、アンドリューとダレンの裁判での有罪は可能。そう考えたネイサンは直ちにアンドリューとダレンを逮捕し、ジョシュアの証言を得ようとしたが、さてとことん証拠主義を貫くアメリカの裁判制度の中で見せるジョシュアの証言は?また、あっと驚くアンドリューとダレンの裁判の結果は?この結果は実務的にはエズラ弁護士の功績だが、その真の力は「ゴッドマザー」たるジャニーンの威光のおかげ?
<犯罪だって、立派な家族の絆に!>
家族の絆やその感動を描いた映画は多いが、その多くは困難な状況に立ち至った時でも家族が互いに支えあい助け合って生きていく中で生まれる姿を描いたもの。本作はオーストラリア・アカデミー賞(AFI賞)で作品賞ほか計10部門を独占した他、クエンティン・タランティーノ監督が年間ベスト3に挙げたらしい。子供の教育には決してよろしくないと思える本作のような犯罪映画が、それほど評価されたのは一体なぜ?
それは『ゴッドファーザー』と同じように、犯罪にしか生きられない家族の中で、家族を束ねる支柱となり、家族が逮捕された時も裁判の時も敢然とその困難に立ち向かう祖母ジャニーンと、その家族たちの絆が見事に描かれたためだ。後半からラストに向けての裁判をめぐる本作の展開は急ピッチだから、日本人には少しわかりにくいかもしれない。主人公である17歳の少年ジョシュアの証言によって裁判は急転換を遂げ、結局警察側が苦杯をなめることになるのだが、スーパーマーケットで警察側の指揮官であるネイサンと出会ったジャニーンが取る態度がまた憎々しい。犯罪一家が長く栄えたためしはない(?)からコディ家もいずれ滅亡するだろうが、『ゴッドファーザー』ではマフィアの首領(ドン)たる地位を、若き日のアル・パチーノ演ずる三男のマイケルが承継したのと同じように、犯罪一家コディ家の将来の承継者は、今や立派に朱に染まってしまったジョシュア?
本作を観ていると、『ゴッドファーザー』と同じように犯罪が家族の絆になっていることがよくわかる。そう考えるとやはり「犯罪はダメよ」と教えるだけではダメで、本作のような映画をみせることによって反面教師の役割を果たしてもらうことも必要不可欠では?
2011(平成23)年12月10日記