日11-114

「恋の罪」
    

                  2011(平成23)年11月19日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本:園子温
吉田和子(刑事)/水野美紀
尾沢美津子(大学のエリート助教授)/富樫真
菊池いずみ(ベストセラー作家・菊池由紀夫の妻)/神楽坂恵
正二/児嶋一哉(アンジャッシュ)
吉田正男(和子の夫)/二階堂智
カオル(デルヘル経営者)/小林竜樹
木村一男(和子の同僚刑事)/五辻真吾
マティーニ真木(AV男優)/深水元基
土居エリ(AV製作者)/内田慈
マリー/町田マリー
スーパーの店長/岩松了
尾沢志津(美津子の母)/大方斐紗子
菊池由紀夫(ベストセラー作家)/津田寛治
2011年・日本映画・144分
配給/日活株式会社

<まずは、「ラブホテル」とは?>
 11月9日に観た『ヒミズ』(12年)も園子温ワールド全開の映画だったが、3・11東日本大震災を受けて脚本を書き換えたという『ヒミズ』における「住田、頑張れ!」と叫び続けるラストシーンは、『冷たい熱帯魚』(10年)が描いた何とも陰惨な園子温ワールドとは異質だった。今やラブホテルは、神戸学院大学・人文学部の水本ゼミの女子学生が「カップルの空間を考察する」と題した卒業論文のテーマとしてまとめられる存在だから、社会的認知度はバッチリ。そんな時代状況下であるにもかかわらず、本作冒頭、園子温監督はあえてその定義(?)を字幕で流したが、そのココロは?

<のっけから、すごいシーンが2つ!>
 そんな字幕の直後に、のっけから登場してくるラブホテルの浴室内でのセックスシーンにまずはビックリ。あられもない姿で浴室のガラスに手をかけ、後ろからの「責め」にあえぎ声をあげているのは美人女優、水野美紀扮する吉田和子だが、そのセックスを中断してまで鳴っているケータイに飛びついた彼女の職業は何と現職の刑事らしい。せっかくいいところだったのに、コトを中断してまで和子が激しい雨の中を急行したのは、渋谷区円山町にある廃墟と化した木造アパートだ。殺人事件担当の刑事が死体と向き合わなければならないのは職務上当然だが、そこで和子が見たのは、マネキンと接合された凄惨な変死体。壁に大きく描かれた血文字の「城」という字の謎が今後の捜査のテーマとなることは明らかだが、なぜ犯人は死体にこんな細工を?
 死体をバラバラに切り刻むシーンが強烈だった『冷たい熱帯魚』が90年に起きた実在の事件をモデルにした映画なら、本作は21世紀直前、世紀末の渋谷区円山町ラブホテル街で実際に起きた殺人事件からインスパイアされたオリジナル・ストーリー。園子温監督はのっけからこんなすごいシーンを2つ見せてくれたが、さあこれから始まる、廃墟の中で起きた殺人事件をめぐる女たちの人生とは?

<この女優魂に拍手!その1 神楽坂恵>
 『冷たい熱帯魚』では何といってもでんでんの怪演が観客を圧倒したが、本作では冒頭に観客をビックリさせた水野美紀の濡れ場以上に、神楽坂恵と富樫真という2人の女性が園子温ワールドの中で女優魂を見せてくれる。2011年の第64回カンヌ国際映画祭<監督週間>に正式出品された本作は必ずしもみんなから絶賛されたわけではなく、一部には冷たい意見もあったらしい。たしかに本作が契機で(?)園子温監督の妻となった神楽坂恵が「第1章」でみせる、ベストセラー作家・菊池由紀夫(津田寛治)との間の「仮面夫婦」ぶりは、くり返しが多いため少し飽きてくる面がある。外面的には、菊池いずみの家(お屋敷)を訪れた女友達がうらやむように理想的な生活なのだろうが、こんな夫婦関係が毎日続いたのではいずみは息が詰まること明らかだ。そんな中、昼間にパートで働いてみようという発想は悪くはないし、夫もそれに賛成したのだが、ここから彼女の人生がこれほど変わっていこうとは・・・。
 スーパーの試食コーナーで必死に「いらっしゃいませ・・・・・・ソーセージはいかがですか?」と声をかけても、あんなおどおどした態度では客が寄ってこないのはあたり前。そんな中、「あなたは美しい」と声をかけながら寄ってきたのがモデルプロダクションのスカウトと名乗る女・土居エリ(内田慈)だが、こんなお誘いが怪しいことは今や常識。ところが、いずみはそんな世の中の常識にも疎いと見えて、翌日ついそのスタジオを訪れてみると・・・。ここから先は、エッチ小説やアダルトビデオに登場してくるような、性の喜び、女の喜びに目覚めた貞淑な人妻の堕落物語(?)だが、これを神楽坂恵が熱演!とりわけ、鏡の前で素っ裸になったいずみがいろいろなポーズをとりながら、大声で「いらっしゃいませ・・・・・・ソーセージはいかがですか?」「おいしいですよ」とくり返すシーンは、なるほど女が自信を深めていくとはこういうことかと驚かされる。もっとも、アダルトビデオの撮影で男性モデルのマティーニ真木(深水元基)から女の喜びを教えられたうえ、後述の尾沢美津子(富樫真)と知り合う中、お金をもらって男と寝る喜びを覚えていくというストーリーは私には理解し難く、以降完全に園子温ワールドに・・・。 

<この女優魂に拍手!その2 富樫真>
 貞淑な人妻いずみの顕著な変化を、「堕落」というのかそれとも「目覚め」というのかは価値観次第だが、表の顔と裏の顔がこれほど違う女がホントにいるのかと痛感させるのが、富樫真扮する尾沢美津子。美津子の表の顔は東都大学で日本文学を教えるエリート助教授だが、裏の顔はド派手なメイクとファッションで街角に立つ売春婦というから恐れいる。こりゃあたかも、カトリーヌ・ドヌーヴが主演し、第18回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『昼顔』(67年)のヒロインのようなキャラ?一瞬そう思ったが、美津子は既に中年だから売春婦としては下り坂で、値段を安くして廃墟アパートに男を連れ込む毎日だから、高級娼婦として人気を博した(?)『昼顔』のヒロインとは大違い。
 いずみがそんな美津子と知り合ったのは、渋谷でカオル(小林竜樹)という得体の知れない若い男に声をかけられて、ラブホテルに連れ込まれたうえ、そこでひどい目にあわされたことがきっかけだが、さてこれは偶然?それとも誰かの策略?それが映画後半のミステリーじみた展開のポイントになるが、ストーリー展開としてはいずみが「わたしのとこまで堕ちてこい」と叫ぶ美津子に対してなぜこれほど惹かれていったの、というのがポイント。恥ずかしげもなく「安くしとくよ」と声をかけて男を誘い、美津子とともに廃墟アパートの中で男たちに身体を売るいずみの姿を見ていると、美津子も恐いが、いずみも恐い・・・?

<この母子関係には思わずゾー!>
 11月8日に観た『灼熱の魂』(10年)をはじめ母と子の絆を描く感動作は多いが、本作後半に登場してくる美津子の母親・尾沢志津(大方斐紗子)と美津子との関係には思わずゾー。『ヒミズ』に見た父子関係も最悪だったが、こりゃ至上最悪の母子関係だ。
 11月27日(日)に投開票された大阪市長選挙では橋下徹氏が平松邦夫氏に圧勝したが、当初蜜月関係にあった2人の意見が対立し始めたのは、府市の水道事業統合の挫折から。それに対して、この母子関係の悪化は志津の浮気な夫が死亡した後、美津子が「父親の血を引いて下品なこと」がわかってから、らしい。いずみを友人として自宅に招待しながら、いずみの目の前で展開される美津子と志津の罵り合いやつかみ合いのケンカは、そりゃすごい。「大阪都」構想をめぐって頂点に達した橋下VS平松抗争は選挙によって結着がついたが、ひょっとしてこの母子の抗争の結着は冒頭に見たあの変死体に結びつくの?「静の演技」ながら、『冷たい熱帯魚』のでんでんに勝るとも劣らないベテラン女優・大方斐紗子の怪演に注目!

<この詩の多用には、きっと賛否両論が・・・>
 本作のパンフレットの最初のページには「帰途」と題する田村隆一の詩が印刷されている。これは、美津子が大学の大教室でカッコよく昼の顔で、学生たち(とは言ってもそこには社会人らしき人が大勢いたが)に朗読するもので、園子温監督はストーリー展開の中でこの詩を再三再四使っている。本作のバックにたびたび流れるマーラーの交響曲第5番は10月10日に観た『ベニスに死す』(71年)でお馴染みの美しい旋律だが、パンフレットにある監督インタビューを読むと、「この詩なくしては、この脚本は書けなかったです。マーラーの交響曲よりも、この映画のテーマに深くかかわるサウンドトラックだったかもしれない」と述べているから、よほどこの詩に対する思い入れが強かったらしい。
 しかし、私はもともと散文系だから、詩はあまり好きでないうえ、37年間の弁護士生活の中で言葉に徹底的にこだわってきたから、「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」で始まるこの詩には違和感が。さらに「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」というフレーズは詩のラストでもくり返されるから、この詩が何度も何度も美津子の口から語られると、私は少しイライラ。さらにその思想(?)が乗り移ったかのように、いずみが美津子と同じようにこの詩を朗読し(わめき?)始めると、私のイライラはさらに強まっていった。廃墟アパートで身体を売るのに、またコトが終わった後、男から金をふんだくるのに、なぜこんな小難しいことをわめかなければならないの?
 監督インタビューで園子温監督は、「前作の『冷たい熱帯魚』が“油ギッシュな男の映画”だとしたら、今度は“大胆な女の映画”を撮りたいな」と思い、また「もっと大胆になってもいいんです、映画も女性もね」という狙いで本作を撮ったらしいが、そのための小道具としてこの「帰途」という詩を多用したことには、きっと賛否両論が・・・。

<後半少し影の薄い(?)水野美紀は?>
 女刑事・和子に扮した水野美紀は映画冒頭、清純派美人女優にあるまじきセックスシーンに果敢に挑戦したが、その後の和子はストーリーの語り部的な役割になってくる。それでもなお、園子温監督はこの女刑事の私生活に入り込み、女の不可解さをえぐり出すからそれにも注目!
 結婚に伴って寿退社し、家庭に収まった後しばらくして子供に恵まれ、その後は子育てしながら優しい夫を支え、ファミリーみんなが幸せに。夫婦共稼ぎが多くなるにつれてそんな女性像は少なくなっているが、そもそも仕事と家庭の両立は大変なうえ、そこに子育てが加わると女性の負担は大きい。そのうえ女性の仕事が現職の刑事ともなれば、よほど協力的な夫でなければ仕事と家庭の両立は難しいはずだ。私はそんな目で「よく頑張ってるな」と感心しながら和子を見ていたが、そんな和子の姿と冒頭のラブホテルでのシーンには一体どんな関係が?
 優しくて人のいい夫の吉田正男(二階堂智)を見事に騙して浮気三昧(?)していることが明らかになる本作中盤のシーンを見ていると、世の男性族はみんな「女性不信」に陥るのでは?刑事は弁護士と同じように人情の機微に通じていなければならないから、ある意味で人を騙すことにも長けているかもしれないが、あの清純派女優が扮した女刑事がここまで亭主を騙していようとは・・・?

<『ヒミズ』と同じく、ひねりの効いたラストに注目!>
 映画とは便利なもので、どこまでが現実でどこまでが作りゴトかをいちいち説明しなくてもいい芸術。したがって、現実にいずみのような女性、美津子のような女性がいるのかどうかは、あなたの判断次第だ。また、ハードな刑事という職業をこなしながら家庭をきっちり守ったうえ、ちゃっかり浮気も楽しんでいる(?)和子のような女刑事はいるはずはないと思うのだが、この映画を観ていると・・・。
 他方、映画冒頭で見た渋谷区円山町の廃墟アパートでの殺人事件は現実の話だから、必ずこれを実行した殺人犯がいるはず。私が日本映画の最高峰と考えている『砂の器』(74年)は新旧2人の刑事の熱心かつ地道な捜査によって犯人にたどり着いたが、本作では猟奇殺人事件の犯人は意外な形で発見されることになる。また『冷たい熱帯魚』のように死体をバラバラに切り刻むのではなく、死体をマネキンに接合した理由も犯人の口からしっかり語られるから、そのおぞましさには驚くとしても、事件の解明は比較的容易だ。
 弁護士もそうだが刑事も日常生活とかけ離れた事件にたびたび遭遇するから、ヘタをすると事件と現実を混同させる危険があるが、弁護士にとっても刑事にとっても現実の生活は意外と平凡なものだ。『ヒミズ』は「住田、頑張れ!」のセリフがくり返される異例のラストシーン(?)になったが、さて本作のラストシーンは?それは、本作がこれでもかこれでもかと見せつけてくれた女の性(さが)や女の恐さとは全く無関係な、日常に見られるある朝の風景。主婦としてゴミ袋を外に出しに行った和子は、なぜいつまでもゴミ収集車の後を・・・?『ヒミズ』とラストシーンを比較しながら、また和子が演ずるこの奇妙なラストシーンを皮肉っぽい笑いを浮かべながら、しっかり注目したい。
                               2011(平成23)年11月29日記