日11-111
「ヒミズ」 ![]()
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2011(平成23)年11月9日鑑賞<GAGA試写室>
監督・脚本:園子温
原作:古谷実『ヒミズ』(講談社『ヤングマガジン』KCスペシャル所轄)
住田祐一/染谷将太
茶沢景子/二階堂ふみ
夜野正造/渡辺哲
まーくん/諏訪太郎
藤本健吉/川屋せっちん
田村圭太/吹越満
田村圭子/神楽坂恵
住田の父/光石研
住田の母/渡辺真起子
てつ/モト冬樹
茶沢の母/黒沢あすか
茶沢の父/堀部圭亮
金子(借金取り)/でんでん
谷村(借金取り)/村上淳
テル彦/窪塚洋介
ミキ/吉高由里子
YOU/西島隆弘(AAA)
ウエイトレス/鈴木杏
2012年・日本映画・130分
配給/ギャガ
<今回の園子温ワールドの主役に注目!>
『愛のむきだし』(08年)(『シネマルーム22』276頁参照)と『冷たい熱帯魚』(10年)(『シネマルーム26』172頁参照)で完全に園子温ワールドにハマってしまった私としては、本作と、近々公開される『恋の罪』(11年)は必見!本作は園子温監督初の原作モノとのことだが、マンガは全く読まない私は、古谷実の原作マンガ『ヒミズ』など、その名前すら知らなかった。しかし、本作で主演した染谷将太と二階堂ふみが、共にベネチア国際映画祭でマルチェロ・マストロヤンニ賞、最優秀新人俳優賞を受賞したと聞き、本作への興味が湧いてきた。
プレスシートを読むと、染谷将太は『泪壺』(07年)(『シネマルーム19』383頁参照)、『東京島』(10年)(『シネマルーム25』219頁参照)等に出演しているから私も見ているはずだが、全然印象がなかった。園子温監督は本作で、大人でも子供でもない中学3年生という思春期の年にこだわったらしいが、1992年生まれの染谷将太にはやはり中学3年生の住田祐一の役は少ししんどい感じ。
<二階堂ふみは第2の宮﨑あおいに!>
他方、映画冒頭からワケのわからない詩(実はこれはヴィヨン詩集の一節だが、なぜそれをくり返しわめいているのかが不明)を大声でくり返し、劇中でも住田のおじゃま虫のように住田について回るケッタイな少女茶沢景子役の二階堂ふみは何ともハマリ役。『EUREKAユリイカ』(01年)で彗星のように登場した直後の宮﨑あおいは、その後『NANA―ナナ―』(05年)(『シネマルーム8』192頁参照)、『好きだ、』(06年)(『シネマルーム10』193頁参照)、『初恋』(06年)(『シネマルーム11』180頁参照)、『ただ、君を愛してる』(06年)(『シネマルーム11』269頁参照)などの個性的な作品で強烈な印象を残したが、NHK大河ドラマ『篤姫』以降はふつうの女優になり下がってしまった感がある。そんな今、この二階堂ふみは第2の宮﨑あおいに!それは、一般的な美人といえないところが宮﨑あおいと同じなら、どんなケッタイな役でもやれそうなところも宮﨑あおいと同じ。そして何よりも目の力の強さが宮﨑と同じだから・・・。
<川沿いの貸ボート屋のコミュニティをどうみる?>
本作の撮影準備期間中に3・11東日本大震災が発生したため、園子温監督は脚本を書きかえ、本作の設定を震災後の日本に変更したらしい。その結果、本作冒頭には津波に襲われて廃墟となってしまった被災地をカメラがなめるように追っていくシーンが登場する。それは何とも悲惨なものだが、本作の舞台は主人公住田祐一の両親が経営している(?)ある川のほとりの貸ボート屋。住田の家の近くには数件のテントが建てられ、かつて大きな会社の社長だったという中年男の夜野正造(渡辺哲)や、美人妻の田村圭子(神楽坂恵)と一緒に住む田村圭太(吹越満)、さらにまーくん(諏訪太郎)や、藤本健吉(川屋せっちん)ら個性的な被災者たちが住んでいる。こんなコミュニティが形成されているところをみると、住田のボートハウスは津波の直接被害からは免れたようだ。
後に述べるのように、住田の両親も茶沢の両親もひどいものでいずれも家族の体をなしていないが、被災者たちによるこのボートハウスのコミュニティは若干濃密すぎるきらいもあるが、なぜか暖かい。『冷たい熱帯魚』(10年)で怪演を見せた俳優・渡辺哲が、住田の父親に対する600万円の借金の取り立てにきたヤクザの高利貸しで、同じく『冷たい熱帯魚』で怪演を見せたでんでん演ずる金子やその配下の谷村(村上淳)に対して自らの身体を張って完済しようとする行動は、いくら「これからの人生は付録だ」と割り切ってもかなり常軌を逸したものだが、園子温演出の下、それを説得力をもって演じている。舞台を被災地に変更したことによってストーリー構成や人物像も大きく変更したのだろうが、震災から9カ月経っても被災地の復旧・復興が遅々として進まない現状を憂えるあなたは、本作にみるボートハウス周辺のコミュニティをどうみる?
<この親たちは一体ナニ?>
ボートハウスのコミュニティに対して、時々金の無心のために母ちゃんを訪ねて戻ってくるだけの住田の父親(光石研)はかなりの遊び人らしい。また、母親(渡辺真起子)はボートハウスに男を連れ込むのも平気な女で、その後しばらくして中年男と駆け落ちしてしまうから、住田にとってそんな両親は親権者にも監護権者にも値しない屁みたいな存在。そればかりか、住田にとってこんな父親は殺意の対象?
それにしても、いくら気に喰わないからと言って自分の子供に対して「早く死ね。そうすれば保険金が入るから」とか「あの時、なぜちゃんと死んでくれなかったのか」、「俺、お前のこと本当にいらないんだよ」などと本気で語りかける父親ってホントにいるの?それは茶沢景子の母親(黒沢あすか)も同じで、父親(堀部圭亮)と一緒に首吊り自殺することを夢見ている(?)母親が、娘の景子に対してみせる行動は異常そのものだ。それにしても、園子温監督は最近こんな人物ばかりを映画に登場させているが、監督の頭の中は一体どないなってるの?
近時親の子育て放棄や子供の虐待が社会問題化しているが、本作にみる住田や茶沢の両親に比べれば、新聞を賑すような事件はちょろいもの?
<住田の人生観と、その変化に注目!>
「君の夢は何ですか?」と中学3年生に質問すれば、「末は博士か大臣か」という答はないだろうが、「野球選手!」とか「宇宙飛行士!」と叫ぶ男の子はいるはず。ところが、同じ中学3年生でも住田の場合はえらく世の中を達観しており、彼の夢は「大きな夢を持たず、ただ誰にも迷惑をかけずに生きたい」ということだ。他方、同じ中学3年生ながら茶沢の夢は「愛する人と守り守られ生きること」。今2人が育てられている家庭環境をみれば、「なるほどそうか」と納得できる。そんな2人にとって、学校でやっている中3向けのごくあたり前の授業に何の興味も持てないのは当然。また、この年頃では肉体的には男の方が勝っているが、精神的にはまだまだ女の方が先行しているから、なぜ茶沢が猛アタックをかけてくるのかを住田が理解できず、「放っといてくれ!」と突き放すのも理解できる。
園子温監督が大人でもなく、そうかといって子供でもない中学3年生にこだわったのは、大震災の中で両親からも見放されてしまう中、そんな中途半端な男女がいかに生き方を探っていくかに注目したかったからだ。映画中盤、茶沢の猛アタックの前に少し心を開き、さらに金子による暴力的な借金取立てに対して頑なに抵抗する中で、「オレは必ず立派になるんだ」と叫ぶ住田の姿が描かれる。しかし、それもこれも自らの両手で父親の頭にレンガを叩きつけたことによって、すべておジャン。こうなりゃ、父親の後を追って後追い自殺?たしかに、そんな途もあるだろうが、住田の選んだ「オマケ人生」の生き方は、自分より悪い人間を見つけ出し、自らの手で殺すこと!ボートハウスの中で1人わめきちらした上、顔に絵の具を塗りたくった住田が無造作にもつ紙袋には1本の包丁が・・・。さあ、これを持ってまちを徘徊する住田は、これから一体何を?そして、これからどんな人生を?
<「頑張れ!」は禁句?それとも?>
トコトン打ちのめされている被災者に対して、「頑張れ!頑張れ!」と言うのは禁句。黙って寄り添ってあげればいい。昨今の日本にはそんな風潮が蔓延しているが、コミュニティの住人たちがボートハウス近くのコミュニティから出て行く中で今警察への自首を決意した住田に茶沢がかける言葉は「住田、頑張れ!」というもの。そこに至るまでには、住田のことをいたく気に入った(?)ヤクザで金貸しの金子がプレゼントしてくれた(?)拳銃に住田が手をかけるシーンや、茶沢が心配したとおり川の中でピストルの引き金を引くシーンが登場するから、自分より悪い人間を見つけ出し、自らの手で殺すことすら容易にできない住田はホントに自殺したのでは?茶沢はもとより、観客もついそう思ってしまう。
しかし現実には、川の中から頭を出して立ち上がった住田は、敢然と警察に向かって歩き出すことに。そして、本作冒頭からずっとお邪魔虫のように住田のそばにつきまとっていた茶沢は今、住田の側に立って一緒に歩き出し、遂には「住田、頑張れ!住田、頑張れ!」と叫びながら共に走り出すことに。「ふつうの未来」とは全く異なる世界を生きざるをえなかった住田と茶沢がこれからどんな人生を歩むことになるのかは誰にもわからないが、今警察に向かって走り始めた住田の気持は純真なもの。また、それを「頑張れ!頑張れ!」と応援している茶沢の気持も全く混じり気のない純真なもの。そんな2人の魂が今融合していることは明らかだから、「少年法」によって軽い罪で済むことが予想される今のニッポンでは、住田のやり直しは十分期待できるのでは?
この延々と続く「住田、頑張れ!」のラストシーンは、3・11東日本大震災によるすべての被災者に対する園子温の叫び。そう考えると、「頑張れ!頑張れ!」は必ずしも禁句ではなく、茶沢のようにそれを叫び続けた方がいいのでは?
2011(平成23)年11月14日記