洋11-104

「ベニスに死す」
    

                    2011(平成23)年10月10日鑑賞<テアトル梅田>

製作・監督:ルキーノ・ヴィスコンティ
脚本:ルキーノ・ヴィスコンティ、ニコラ・バラルッコ
アッシェンバッハ(老作曲家)/ダーク・ボガード
タッジオ(14歳の少年)/ビョルン・アンドレセン
タッジオの母/シルヴァーナ・マンガーノ
ホテルのマネージャー/ロモロ・ヴァリ
アルフレッド(アッシェンバッハの論争相手)/マーク・バーンズ
家庭教師/ノラ・リッチ
アッシェンバッハ夫人/マリサ・ベレンソン
エスメラルダ/キャロル・アンドレ
床屋/フランコ・ファブリッツィ
1971年・イタリア、フランス映画・131分
配給/クレストインターナショナル

<1971年の「名作」を今・・・>
 イタリア映画『山猫』(63年)は、豪腕政治家・小沢一郎が、06年4月の民主党代表選挙に立候補した際、「変わらずに生き残るためには、自ら変わらなければならない」というセリフを引用して演説したことによって今ドキの若い人たちにも有名になったが、この映画はイタリアの巨匠ルキーノ・ヴィスコンティ監督の代表作。それと並ぶ屈指の完成度を誇る傑作が本作だが、本作が公開された1971年当時、私は司法試験の勉強に没頭していた時期だからこれを観ていない。1971年の公開映画でラジオを中心として私に入ってきた情報では、何と言っても『ある愛の詩』(70年)と『小さな恋のメロディ』(71年)が双璧。さらに、考えてみれば何とも思わせぶりなタイトルで若者の興味を引いた藤田敏八監督の『八月の濡れた砂』が公開されていたが、これは日活がロマンポルノ路線に突入する前のラストの傑作だ。
 今私の手元に『週刊 20世紀シネマ館』1971(昭和46)年版があるが、この本を手にすれば、私の気持はたちまち22歳のあの頃に逆戻り。それから40年後の今、62歳になってはじめて『ベニスに死す』を観たが、さて・・・?

<なんて、傲慢な映画・・・?>
 『週刊 20世紀シネマ館』1971年版の32頁にある「青春プレイバック あの時、私は」のコーナーには、高校2年生の時に『ベニスに死す』を観たという、私の大好きな女優・秋吉久美子が「『なんて傲慢な映画だろう』と思いました。『よくもまあ延々と砂浜を見せるもんだな』と(笑)」と書いているが、まさに同感。トーマス・マンの原作では、主人公は小説家だったが、本作ではマーラー(らしき)老作曲家を主人公に据え、この美を求めてやまない芸術家アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)が、静養のために訪れたベニスのホテルで14歳の美少年タッジオ(ビョルン・アンドレセン)と出会い、その魅力に苦悩するサマが描かれる。
 いかにも大金持ちでわがままそうな老作曲家アッシェンバッハのホテルの中での振舞いが傲慢なら、「美」の論争相手となるアルフレッド(マーク・バーンズ)(これはアルノルト・シェーンベルクらしい)との激しい論争も傲慢。さらに、当時の上流階級の人たちが服装やマナーに気をつかっていたのは当然だろうが、サハラ砂漠から吹きつける「熱風」の中でもきちんと正装をして、砂浜の上のテーブルで仕事をしたり昼寝をしたりするのも傲慢?さすが、「おなかが大きくなるのはイヤ、卵で産みたい」と発言した秋吉久美子らしい、本作の印象に感心。

<自然に年をとればいいのでは・・・>
 音楽の世界で美を追い求める作曲家アッシェンバッハは、今必然的に自分が迎えている「老い」とどう向かい合えばいいの?ベニスのホテルに入るまでは自信タップリだった彼には、ギリシャ彫刻を思わせる美少年タッジオと出会うまではそんな心配や悩みはなかったかもしれないが、タッジオと出会うことによって必然的に自分の老いとその醜状を自覚せざるをえないことに。ラストからクライマックスにかけてそれをヤケに強調するのが、若返りを勧める床屋の口車に乗って髪を染めたり、おしろいを塗ったり、挙げ句の果ては口紅まで塗ること。たしかにそうするとその直後は若く見え、これから若い女と恋に入ることができるかもしれないが、暑さの中で髪の染め剤が黒くダラダラと顔を伝わってくると、その醜さは・・・?
 本作のバックにはマーラーの交響曲第5番第4楽章アダージェットの美しい旋律が流れているが、これが静かであるうえ1人でベニスに静養に来ているアッシェンバッハはほとんど誰とも会話を交わさないから、アッシェンバッハとアルフレッドとの論争シーンを除いて、本作はとにかく静か。他方では、世界有数の観光地たるベニスにコレラが蔓延し、アッシェンバッハ自身もそれに感染するという大変な事態も描かれるが、セリフをほとんど語ることなく老いと闘い、タッジオへの想いと闘い、そしてコレラと闘うアッシェンバッハの姿を演じる俳優ダーク・ボガードは大変。しかし、人間こんなに無理をせず、自然に年をとればいいのでは?今62歳の私はアッシェンバッハと同じくらいの年齢だろうが、つくづくそんな感想を・・・。

<時代状況の考察も、きっちりと!>
 中国(本土)では毎年10月1日が国慶節なら、台湾では10月10日が双十節。今年2011年は、清朝打倒のために孫文らが武昌(今の武漢)で1911年10月10日に蜂起した辛亥革命からちょうど100年の記念日にあたる。そこで中国(本土)では既に死亡したという誤報まで出ていた江沢民前国家主席まで登場して辛亥革命100周年記念大会が、2011年10月9日に盛大に祝われ、台湾では、10月10日に盛大な軍事パレードを伴う双十節が挙行された。これを詳しく書けばキリがないが、ヨーロッパで第1次世界大戦が起きたのは1914年7月のこと。しかして、ベネチアのホテルに(長期)滞在して海水浴に興じている姿がやけに目につく本作の時代設定は?
 それはどうも、第1次世界大戦の前夜20世紀初頭で、「ベル・エポック」と呼ばれる芸術の爛熟期を迎えていた時代らしい。そしてこの頃、中世には世界屈指の商業都市であったベネチアも長い歴史を経て「快楽都市」へと変貌を遂げていたらしい。なるほど、そんな時代だからこそ一見空虚そうにみえるアッシェンバッハとアルフレッド間の「美の論争」も熱気を帯びていたのだろうし、アッシェンバッハのタッジオに対する灼熱の恋(?)が年甲斐もなく燃え上がったのだろう。西洋のベニスと東洋の武漢とでは100年前にこれほど大きな違いがあったわけだが、いずれも同じ時代に生きた人間が行っていた営みだ。本作を観るについてはそんな時代状況の考察もきっちりと!必要では・・・。
                               2011(平成23)年10月11日記