洋08-320

「ロルナの祈り
      

                 2008(平成20)年12月16日鑑賞<GAGA試写室>

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
ロルナ/アルタ・ドブロシ
クローディ(麻薬中毒の男)/ジェレミー・レニエ
ファビオ(国籍ブローカー)/ファブリツィオ・ロンジョーネ
ソコル(ロルナの恋人)/アルバン・ウカイ
スピルー(ファビオの手下)/モルガン・マリンヌ
捜査官/オリヴィエ・グルメ(特別出演)
2008年・ベルギー、フランス、イタリア映画・105分
配給/ビターズ・エンド

<カンヌの常連、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟作品をはじめて!>
 ベルギー生まれで私より少し若いくらいのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟はカンヌ国際映画祭の常連で、2004年から2007年までパルムドール賞を2度と主演男優賞と主演女優賞を1度受賞している。そして本作では脚本賞を受賞したから、4年連続の受賞という快挙。
 そう言われても、私は過去1度もジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟の作品を観たことがない。そんな予備知識ゼロで観た本作の衝撃度は大きく、はじめて韓国の鬼才キム・ギドク監督作品を観た時と同じような衝撃を。

<過去4作と趣きの違うところは?>
 本作はダルデンヌ兄弟の長編7作目だが、プレスシートを詳しく読むと、過去3作目の『イゴールの約束』、4作目の『ロゼッタ』、5作目の『息子のまなざし』、6作目の『ある子供』とはかなり趣きが違うらしい。つまり3~6作は、➀主人公がすべて少年、少女、➁原題はすべて一語(3作目は『La Promesse』(約束)、4作目は『Rosetta』(ロゼッタ)、5作目は『Le Fils』(息子)、6作目は『L’Enfant』(子供))、➂音楽なし、というのが特徴。それに対して、7作目の本作は、➀主人公が大人の女性、➁原題が『Le Silence de Lorna』(ロルナの沈黙)、➂はじめて音楽を使用(ラストにベートーヴェンの『ピアノ・ソナタ第32番第2楽章アリエッタ』を使用)した点が違うとのこと。そこらあたりも意識して観なければ・・・。

<なるほど、これがダルデンヌ兄弟の作品の特徴>
 この映画の舞台はベルギー。そして、ヒロインはベルギー国籍の女性ロルナ(アルタ・ドブロシ)。しかし、ダルデンヌ兄弟がはじめて大人の女性を主人公としたこの映画が、日本のテレビドラマの延長のようなのっぺらぼうな作品であるはずはなく、ロルナはアルバニア人で、ベルギー人男性クローディ(ジェレミー・レニエ)と偽装結婚をしてベルギー国籍を取得している女性。それだけでも明らかに違法だが、彼らの偽装結婚のブローカーであるファビオ(ファブリツィオ・ロンジョーネ)の計画は、ロルナが麻薬中毒者のクローディと偽装結婚をしてベルギー国籍を取得すれば、すぐにロルナを「未亡人」とし、今度はベルギー国籍を欲しがっているロシア人男性と偽装結婚することによってひともうけしようというすごいもの。もちろん、ロルナはそれを了解済み。
 また、ロルナにはアルバニア人のソコル(アルバン・ウカイ)という恋人がいたが、ソコルもそれを了解済み。つまり、それくらいの危険を犯さなければ、アルバニア人移民がEU諸国のベルギーで一緒にバーを開くという夢を叶えることなどとてもできないのが現実というわけだ。もちろん、こんな恐ろしい計画だというナレーションが流れるわけではない。映画の前半スクリーン上には、麻薬中毒から足を洗うべく懸命な努力をしながらロルナに頼るクローディの姿と、そんなことは私の知ったことじゃないとしながらも次第にクローディに対して理解と協力を示していくロルナの姿が描かれる。そんなロルナとクローディの奇妙な「夫婦生活」の中に、時々ロルナと連絡をとるファビオの姿やソコルの姿が登場することによって、「なるほど、こういうストーリーか」ということが観客にわかってくるわけだ。そういう意味では、ダルデンヌ兄弟は決して今ドキの日本のテレビドラマ出身の監督のように観客に親切な監督ではない。つまり、スクリーン上には最小限の情報しか提示されず、セリフも決して多くはない。なるほど、これがダルデンヌ兄弟作品の特徴。

<殺さなくても、離婚すれば・・・>
 2008年10月6日に観たケン・ローチ監督の『この自由な世界で』(07年)は、ポーランド、イラン、ウクライナからの移民に職業紹介をするイギリス人のヒロインの生き方を描いた問題作だったが、『ロルナの祈り』はもっと生々しく、偽装結婚の実態を描く中でロルナのラブストーリー(?)を浮かびあがらせる映画。日本では福田政権下で1000万人移民計画が急浮上したが、経済不況が深刻化した麻生政権下の今、そんな問題はどこかへ吹っ飛んでしまったようだ。つまり、増大する外国人労働者に対してどう対処すべきかという小手先の議論はあっても、大量の移民をどう受け入れ、どう付き合うのかという戦略的な議論は全くなされていないわけだ。
 それはともかく、懸命に麻薬を断ちきろうと努力しているクローディに対して情が移ってきた(?)ロルナが、クローディを殺さなくとも、離婚すればいいじゃないかと考え始めたのは当然。しかし、離婚するのには離婚原因が必要なうえ、手続きが面倒で時間がかかる。さらに次のロシア人との再婚が疑われる可能性もある。そう考えたファビオが、あくまでビジネスライクに計画を実行しようとしたのは当然。またソコルが、「クローディを助けたい」というロルナの気持に理解を示さなかったのも当然だ。
 そんな中、ロルナは一人「離婚原因」をつくり出すべくクローディに対して自分に暴力をふるえと言うのだが、肝心のクローディは優しすぎて「女に暴力をふるうなんてとても・・・」とどうしても実行できないありさま。そこで、ロルナは自ら頭を柱にぶつけて自分自身をケガさせる芝居までも。傷の治療をしてくれた病院の看護師モンクが証人になってくれると約束してくれたため、ロルナは夫から暴力をふるわれたと警察に申し出たうえ、離婚を裁判所に申し出ることに。
 ファビオがそんなロルナの行動にイライラし、警鐘を鳴らしていることは明らかだから、こんなことを続けているとチームワークが崩れるのでは?そして何よりも、なぜロルナはそこまでしてクローディが殺されるのを避けようとしたの?それが映画前半の、ダルデンヌ兄弟が観客に提示するテーマ・・・。

<失われる命と生まれてくる命>
 スクリーン上では必要最小限の要点のみを観客に提示しながら、ストーリーは淡々と進んでいく。クローディとの離婚に固執するロルナに手をやいたファビオは、「1カ月待つだけなら、ロシア人を説得してみよう」と態度を改め、さらにその後「ロシア人も了解した」と教えてくれたからロルナは大喜び。ところが、離婚できそうだという喜びを伝えようとロルナが家に戻ってくると、自分のことを構ってくれないため、ロルナから見捨てられたと思ったクローディは、麻薬の売人を家に呼んでいたから大変。さあ、ここでクローディの立ち直りを求めるため、ロルナがとった捨て身の行動とは?
 1979年コソボ共和国プリシュティーナ生まれというアルタ・ドブロシの美しい裸身を拝むことができる、そんな映画前半のハイライトシーンの内容はここでは書かないが、なぜかその次はロルナがクローディの持ち物を片づけているシーンとなる。そこに訪れてきたのが、クローディがなぜ麻薬を過剰摂取したのかについて、ロルナから事情聴取するためにやってきた捜査官(オリヴィエ・グルメ)。いろいろ総合すると、せっかく立ち直りかけていたのに、ロルナから離婚請求されたショックのため薬の過剰摂取をしたらしいというのがどうも結論・・・?こんなシーンが淡々と展開されていくものの、スクリーン上にはクローディが薬の過剰摂取をしているシーンはもちろん、クローディが死亡したことを示すシーンは全く登場しない。つまり観客は、ロルナがクローディの持ち物を片づけているシーンをみて、それを理解しろと要求されているわけだ。
 ここまでが、映画前半のロルナとクローディの悲しいラブストーリー。つまり、クローディの死亡によって失われたラブストーリーだ。これに対して後半は、新しく生まれるラブストーリーらしいが、さてその対象は?それは、新しく生まれてくる命・・・・・・?

<意外な展開にビックリ!>
 誰にでもすぐにわかる平板な展開の邦画と違い、ダルデンヌ兄弟のつくるストーリーの展開は読みづらい。ロルナには嘘をついたものの、結果的にはファビオの計画どおりコトは進んでいるようだ。だって、騙されたことへの不満は不満、現実は現実、とばかりにロルナはしっかりロシア人と結婚するについての報酬をファビオから受け取ったうえ、クローディの入院手続等の特別手当1000ユーロもちゃっかり受け取っているのだから。さらに、ロルナはその金で念願のバーを開くための物件を契約し、今はいかにも楽しそうに電話で物件の様子をソコルに報告中。
 ところがそんな時、急にロルナがうずくまりお腹を押さえたから、こりゃ一体ナニ?ひょっとして・・・?

<妊娠騒動をどう理解?>
 想像妊娠が医学的にありうるのかどうかは知らないが、ロルナの場合は、あの時現実にクローディと性行為を交わしたことはまちがいないから、妊娠してもおかしくない・・・。今ドキの日本のませた女子中高生はみんな妊娠はヤバイと思っているから、妊娠したかどうかの検査方法くらいはしっかり頭に入っているはず。しかし、ベルギーでは、あるいはロルナの場合は、そしてまたダルデンヌ監督作品の場合は、尿検査でオーケーと簡単にストーリー展開しないところが面白い。
 ロルナがとっさに考えたのは、当然妊娠中絶。現にロルナはそのために病院に駆け込んだのだが、エコー検査の直前気が変わったのは一体なぜ?それをしっかり考えることが、この映画のポイントだ。ファビオにとってロルナが始末に負えなくなったのは、これから結婚しようというロシア人に対して、「私が妊娠していても結婚する?」と質問したこと。男にしてみれば、そりゃ絶対イヤな質問。その場のトラブルは「あくまで仮の話だ」とごまかすことによってケリをつけたが、激怒したファビオが「明日すぐに堕ろせ」とロルナに命令したのは当然だ。
 そんな中、再び倒れ込んだロルナを仕方なくファビオは病院に運び込んだが、そこで医師から宣告された意外な診察結果とは・・・?

<味わい深いラストをタップリと>
 この映画では、ヒロインのロルナが実にさまざまな表情をみせてくれる。それは、➀自分を頼ってくるクローディにいらつく姿、➁立ち直ろうとするクローディに対し同情を深めていく姿、➂麻薬を断ち切らせるため、あえて裸身をさらしてクローディを受け入れる姿、➃クローディの死を知って悲しみにくれる姿、➄妊娠した(?)ことに戸惑いと喜びを見いだす姿、➅再婚相手のロシア人やファビオに対して徐々に反抗していく姿、などだ。
 そんなロルナが、ラストではファビオの手下スピルー(モルガン・マリンヌ)に対してある思いがけない行動を起こし、その後さらに私には到底想像もできない世界へと向かっていく。思いがけない行動とは、自分がファビオから抹殺されると直感したロルナのスピルーに対する反撃。日本のドラマなら、「か弱い女の手で・・・」となるのかもしれないが、偽装結婚までして生き抜いているたくましい女ロルナの価値観は甘ったるいものでないことは明らか。さて、ロルナはどんな手段で反撃を・・・?
 その後、1人逃げ込んでいった森の中で古びた小屋を見つけたロルナはその中へ入っていったが、さてその小屋の中でみせるロルナの行動は?そして、そこから私たち観客が読み取るべきロルナの将来は?そんな、ロルナが最後にみせる姿と味わい深いラストをタップリと・・・。
                               2008(平成20)年12月22日記