日08-204
「石内尋常高等小學校 花は散れども」 ![]()
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2008(平成20)年7月23日鑑賞<GAGA試写室>
監督・脚本・原作:新藤兼人
市川義夫(石内尋常高等小学校の先生)/柄本明
山崎良人(売れない脚本家)/豊川悦司
森山三吉(村の収入役)/六平直政
市川道子(義夫の妻)/川上麻衣子
藤川みどり(料亭の女将)/大竹しのぶ
2008年・日本映画・118分
配給/シネカノン
<100歳を前に、選んだテーマは?>
日経新聞で2007年5月1日~31日に連載された新藤兼人監督の「私の履歴書」を私は毎日興味深く読んでいた。彼が生まれたのは1912年4月22日だから、2008年7月の今、彼は96歳。プレスシートによれば、この映画の企画は2004年頃から動きはじめたそうだが、撮影は2007年9月1日~10月31日までの2カ月。つまり、新藤兼人監督は自らの原作・脚本を持ち、95歳の現役監督として現場を指揮したのだからすごい。
100歳を目前に彼が選んだテーマは、自らの小学生時代の体験を基にした恩師の思い出。彼の小学生時代といえば、1920年代はじめだから大正時代。その時代の小学校の先生は、さぞ厳しかったことだろう。
先生と生徒の絆をテーマとした小説の代表は壺井栄の『二十四の瞳』だが、これは太平洋戦争前後の小豆島の小学校での女先生と生徒たちの絆を描いたもの。さて、それよりずっと古い大正時代終わりの、広島市から山1つ奥にあった石内尋常高等小学校の教師と生徒たちの絆は・・・?
<実は、もう1つのテーマも・・・>
プレスシートの冒頭にある新藤兼人の「創作ノート」には、少年の心に残った先生の「人格」への思いが熱っぽく語られているが、実はこの映画にはもう1つ大きなテーマがある。それは、小学校を卒業した30年後の今、東京で売れない脚本家として生活している山崎良人(豊川悦司)と、今は地元の料亭の女将となっている藤川みどり(大竹しのぶ)との甘く切ない恋。小学校時代、良人は級長だったが、市川義夫先生(柄本明)の見立てでは、「お前は賢いが胆力に欠ける。粘りに欠ける」というものだった。また、みどりの良人に対する評価も、「グズで決断力に欠ける」というもの。新藤兼人監督の公私共のパートナーは乙羽信子だが、そんな彼の若かりし頃の同級生との恋が赤裸々に描かれる(?)から、要注目!それにしても、30年ぶりに開かれた恩師を囲む謝恩会の夜、はじめて結ばれるとは何ともロマンチック・・・。今は天国にいる乙羽信子は怒っているかもしれないが、もちろん既に時効・・・?
<冒頭で涙が・・・>
6月8日の秋葉原無差別殺傷事件、7月19日の中学3年生の女の子による父親殺害事件と、日本国の惨状は目を覆うばかりだが、その原因の大半は教育の崩壊。モンスターペアレンツなどという恐ろしい言葉が現実になっているのだから、ひと昔、ふた昔前に存在していた「金八先生」が絶滅危惧になっているのは仕方ない。しかし大正の終わり、石内尋常高等小学校で教鞭をとる市川先生の映画冒頭における熱血教師ぶりを見せられると、それだけで思わず涙が・・・。
「そんなバカでかい声を出さなくても・・・」と思わないでもないが、今市川先生が三吉に大声で怒り、バケツ持ちの罰を科したのは、授業中に三吉がいびきをかいて居眠りしていたため。しかし、意外にあの時代の教室は民主的で、さすが「大正デモクラシー」と呼ばれただけのことがある。つまり、市川先生は生徒たちに対して、自分が三吉に対してとった処置の是非を問うわけだ。もちろん、生徒たちの意見はそれに賛成。また、三吉自身もそれを了解。これにて一件落着となったわけだが、面白いのはその番外編。
すなわち、「ところで・・・」として、「三吉は昨夜何をしていたのか?」と聞き、それに対して、三吉が「一晩中、田植えの手伝いをしていた」とその様子を詳細に答えると、市川先生は態度を一変。「ワシが悪かった。それを知らなかったから、まちがった罰を科した。許してくれ。机に戻れ。そして、いくらでも居眠りをしろ」と涙を流しながら謝る姿に、思わず私も涙・・・。
<30年間の熱い思いが口々に・・・>
あの「居眠りの三吉」が今は村の収入役(六平直政)。そんな三吉から今、東京で売れない脚本家をしている良人にかかってきたのは、30年ぶりに市川先生の謝恩会と同窓会をやるから参加してくれとの電話。会場はみどりが女将をしている地元の料亭だ。30年前の美人先生道子(川上麻衣子)と一緒に出席した市川先生の謝恩会に集まった6年1組の同窓生は16名。卒業した32名中16名が死亡したわけだから、やはり激動の時代を感じさせる。
今風の謝恩会・同窓会では、形式的なあいさつの後たちまちパーティー開始だが、この謝恩会がいいのは、1人1人30年の思いを語るスピーチ時間をとったこと。もちろん、30年の思いを2、3分に要約してしゃべるのは難しいが、そこは95歳のベテラン監督が仕切っているから見事な構成に。夫を戦争で失い、その弟に再度嫁いだところ2度目の夫も戦争で失った人や、ピカドンの被害をモロに受けて苦しむ人たちの30年の思いは重い。また、想う人を15年間も待ったのに、その人は手紙の1本もくれなかったこと、その結果今は料亭の女将に収まっていると告白するみどりの目が見据える先は・・・?
最後に立った良人は、地元に残った人たちそれぞれの30年の思いに圧倒され、丙種合格しかできなかった自分の「戦争体験」をわずかに語るばかり。そして、良人はしがない脚本家として日々を過ごしている自身のふがいなさを痛感させられるばかりだったが・・・。
<校歌と「晴耕雨読」について>
この映画には、新藤兼人作詞、林光作曲の『石内尋常高等小学校校歌』をフルコーラスで歌うシーンが数回登場する。今ドキ、校歌を聞くのは甲子園の高校野球、国歌を聞くのはオリンピックくらいしかないが、95歳の新藤兼人監督の思いを込めたその歌詞をしっかり味わいたい。
他方、多少時代がかった物言いをする傾向のある市川先生の口から再三出てくるのが「晴耕雨読」という言葉。定年を迎えた市川先生がはじめて購入したマイホームは石内尋常高等小学校のすぐ前だが、それはなぜ・・・?「晴耕雨読」とは、「晴れた日には田畑を耕し、雨の日には家にこもって読書をすること」、つまり悠々自適の生活を送るという意味の言葉だが、私がふと不安に思ったのは、この言葉を今ドキの若者たちは知ってるのだろうかということ。新藤兼人監督は、日本人(の成年)なら誰でも知っていると思っているはずだが、教育レベルが低下した昨今、その認識はかなり甘いのでは・・・?
<さらに5年後・・・>
時は移り、それからさらに5年後。三吉は村長になっていたが、脳卒中で倒れた市川先生は病床に。直近の大ニュースは、大阪で女をつくり、中華料理の修業をしていたというみどりの夫がヤクザに刺されて死亡したこと。みどりには同窓会の直後に生まれた良子という5歳の女の子がいたが、夫の死亡を聞いた良人はある告白をするべく故郷に戻り、みどりと再会することに。
新藤兼人監督自身を題材としているだけに、グズで決断力に欠ける良人と、肝がすわり決断力のあるみどりとの対比が面白い。とりわけ、大竹しのぶの芸達者ぶりが際立っているから、同窓会の夜の海辺への散歩中に起きた「ハプニング」や、良人からのプロポーズに対する「拒否」の回答シーンが印象的。描き方によってはかなりヤバくなりそうなストーリーを、ユーモアを交えたエピソードとしてまとめあげた新藤兼人監督の手腕はさすが。
市川先生と教え子たちの絆を中心にした感動の物語とともに、こんな危なっかしい恋模様の展開(?)も十分味わい、楽しみたいものだ。
2008(平成20)年7月24日記