洋07−39

「ドリームガールズ」
                   

                 2007(平成19)年2月17日鑑賞<三番街シネマ>

監督・脚本:ビル・コンドン
カーティス・テイラーjr.(野心的なマネージャー)/ジェイミー・フォックス
エフィー・ホワイト(ドリームガールズのメンバー)/ジェニファー・ハドソン
ディーナ・ジョーンズ(ドリームガールズのメンバー)/ビヨンセ・ノウルズ
ローレル・ロビンソン(ドリームガールズのメンバー)/アニカ・ノニ・ローズ
ジェームス・“サンダー”・アーリー(ジミー)(スーパースター)/エディ・マーフィ
マーティー・マディソン(ジミーの元ベテランマネージャー)/ダニー・グローバー
C.C.ホワイト(作曲家、エフィーの兄)/キース・ロビンソン
ミシェル・モリス(エフィーが抜けた後のドリームガールズのメンバー)/シャロン・リール
UIP配給・2006年・アメリカ映画・130分

<レイ・チャールズから敏腕マネージャーに・・・>
 この映画のミュージカルとしての主人公は、当然3人娘(4人?)のドリームガールズ。しかし、ストーリー構成上の主人公は、『Ray/レイ』(04年)でレイ・チャールズになり切っていたジェイミー・フォックス演ずる、敏腕(というより凄腕、辣腕あるいは悪徳)マネージャーのカーティス・テイラーjr.。
 映画の冒頭、時々、「これは実話にもとづく物語」という字幕が出ることがある。この『ドリームガールズ』にはそんな字幕はなく、あくまで架空の物語とされているものの、実はピッタリのモデルが存在することが、パンフレットにある吉岡正晴氏(音楽評論家)の「That’s 60’s」に詳しく解説されているのでこれは必読。
 ミュージカル『ドリームガールズ』は1981年に初演されたが、その舞台となったのは1962年のデトロイト。デトロイトといえば日本人も車のまちとしてよく知っているまちで、カナダに近いミシガン州にある工業都市。そのデトロイトで、ベリー・ゴーディー・ジュニアという企業家が1959年にスタートさせたのがモータウン・レコードで、すなわち、これがこの映画の主人公カーティスのモデル。この映画では、カーティスは中古車販売店を経営しながらいつか音楽業界に進出しようという野望を持った人物で、コンテストで落選した3人組の女性エフィー・ホワイト(ジェニファー・ハドソン)、ディーナ・ジョーンズ(ビヨンセ・ノウルズ)、ローレル・ロビンソン(アニカ・ノニ・ローズ)に目をつけたところが、ストーリーの出発点。
 この3人娘を売り出すために、店の車を全部売り払ってマネージャー業に命をかけて転身したのだから、その勇気と思い切りは立派なもの。もっとも、ジミーの昔からのマネージャーであるマーティー・マディソン(ダニー・グローバー)からジミーのマネージメント権を奪い取るカーティスのやり方を見ていると、かなりエゲツナイものだが、これからはこれがカーティス流・・・?
 このように彼は、中古車を販売するだけの才能ではなく、ショー・ビジネスの世界で生き抜いていくために不可欠なマネージメント能力、プロデュース能力を備えていたから、その快進撃は早かった。
 もっとも、中小企業のおっさんならいざ知らず、レコード会社を立ち上げた一大企業のオーナーたる者が商品である女性歌手に手を出すことは、厳禁のはずだが・・・?

<最優秀助演女優賞は・・・?>
 『ドリームガールズ』はアカデミー賞6部門にノミネートされたが、それはジェニファー・ハドソンの助演女優賞、エディ・マーフィの助演男優賞の他は、美術賞、衣装デザイン賞、録音賞、歌曲賞という技術的なもの。そこで注目は、日本人としてはじめて助演女優賞にノミネートされた菊池凛子らとの争いだが、主演男優賞が『ラストキング・オブ・スコットランド』(06年)のフォレスト・ウィテカーが一歩リードしているのと同じように、助演女優賞は『ドリームガールズ』のジェニファー・ハドソンが一歩リード・・・?
 映画の中で、「歌の実力よりも容姿を優先するのか!」と食ってかかっているように、そのぽっちゃりとした体型と顔立ちは一流とは言えないが、とにかく歌の実力はすごい。ただし、もともと黒人の音楽であったジャズもゴスペルもリズム&ブルースそしてソウルやラップさえも、白人が次第に奪っていく中、あくまでソウルにこだわるエフィーの歌は・・・?
 そんなストーリーの面白さもさることながら、恋人であったカーティスを失ったエフィーが歌い上げる『And I Am Telling You I’m Not Going』は聴いていて鳥肌が立ってくるほどすばらしい歌。もっとも、ミュージカル『ドリームガールズ』が初演された年と同じ1981年に生まれたジェニファーハドソンは、25歳にしてスクリーンデビューを果たしたわけだが、この第1作がすばらしいほど2作目が問題。どんな役でもオーケーという素材ではなく、適した役柄が限定される(?)だけに、よほど作品を選んで出演しなければ・・・?

<「マイケル・ベネットに捧げる」の意味は・・・?>
 マイケル・ベネットとは、マイケル・ダグラスが主演したあの名作映画『コーラスライン』(85年)の元となったミュージカル版の演出・振付をした人物。その初演は1975年というから、今から31年前のこと。そして、1981年に初演し、1982年にたくさんのトニー賞を受賞したミュージカル『ドリームガールズ』の演出・振付をしたのもこのマイケル・ベネット。
 1981年初演の『ドリームガールズ』が誕生するまでには、エフィー役をどうするかについて、かなりの紆余曲折があったらしい。それについては、パンフレットにある矢崎由紀子氏(映画評論家)の「ミュージカル『ドリームガールズ』誕生秘話」が面白いので、是非読んでもらいたい。『ドリームガールズ』が感動的なのは、単なる美しいミュージカルショーではなく、ショー・ビジネス界を舞台とした生々しい人間ドラマを、美しい音楽の中で描いていること。

<ディーナ≒ダイアナ・ロス・・・?>
 前述した「That’s 60’s」を読んでビックリしたのは、1962年にレコード会社社長ベリー・ゴーディー・ジュニアが売り出した女性3人組のグループは、ダイアナ・ロスの他、メリー・ウィルソン、フローレンス・バラードという3人のグループ「シュープリームス」だったということ。そして、このシュープリームスでもともとリードボーカルだったメリーを途中からダイアナに変更させたのがベリーであったうえ、ベリーとダイアナは恋仲になったとのこと・・・?
 すると、映画『ドリームガールズ』のストーリーの内容は、この史実(?)と瓜二つ。そしてもちろん、1981年のミュージカル『ドリームガールズ』も同じようなストーリーだったというから、当のダイアナ・ロスの反応は・・・?それも上記解説に記述されているので、是非あなたの目で確認を・・・。
 今、ダイアナ・ロスがどうしているのか私は全然知らないが、彼女がシュープリームスを脱退したのが1969年とのこと。ソロになってからの彼女の大ヒット曲は、ライオネル・リッチーとのデュエット曲で、1981年に全米第1位を記録し、現在もデュエット・バラードの定番となっている『Endless Love』。また、1990年に日本のテレビドラマ『想い出にかわるまで』の主題歌に彼女の『If We Hold On Together』が起用されて大ヒットしたため、多くの音楽ファンはお馴染みのはず・・・?
 この映画で、カーティスの指示によってジェニファー・ハドソン扮するエフィーから交代して、新たにリードボーカルを担当することになったのはビヨンセ・ノウルズ扮するディーナ。すると、ディーナ≒ダイアナ・ロス・・・?
 今日本の国会では、「格差社会」をめぐって論戦が展開されているが、『ドリームガールズ』の世界は表面上の華やかさと裏腹に、ビジネス面では賄賂まで飛び交う欲望と策略が渦巻く世界、そして、シンガーやダンサーたちあるいは作詞・作曲家たちも、才能と努力のサバイバル競争が日々展開される世界・・・。

<スーパースターにみる栄枯盛衰は・・・?>
 レイ・チャールズは死ぬまでスーパースターの座を維持し続けたが、それでもその人生においてさまざまな苦悩や挫折があったことは、映画『Ray/レイ』を観れば明らか。浮き沈みの激しい音楽やショー・ビジネスの世界で、10年も20年も生き続けること、ましてやトップの座に居続けることがいかに難しいかは誰にでもすぐわかること。
 この映画では、当初スーパースターであったジェームズ・“サンダー”・アーリー(エディ・マーフィ)が、物語のラスト近くになって切り捨てられていく姿が印象的に描かれている。ジミーの音楽は、黒人特有のソウルと1950年代のエルヴィス・プレスリーの登場で一躍大人気となったロックンロールを融合させた独特のもの。したがって、3人娘のプロデビューも、このジミーのバックコーラスとしてのものだった。ちなみに、3人娘の中で歌の実力は1番と自他ともに認められていたエフィーは、当初バックコーラスという立場に拒絶反応を示したが、あとの2人やカーティスからの説得を受けて、やっと了解したもの。そんなジミーだったが、彼の音楽が白人にどれだけ受け入れられるかは別問題。あまりにも黒人パワーを全面に押し出したセクシーなパフォーマンスには、露骨にイヤな顔をする白人女性客も・・・。そんな中でカーティスが下した決断は、3人娘をジミーから切り離し、新たに「ザ・ドリームズ」というユニットとしてデビューさせること。色っぽい衣装に身を包んだセクシーな美女たち(?)が、歌い踊る姿に全米の男たちがクギづけになったのはカーティスの読みどおりで、いわばかつての日本の3人娘「キャンディーズ」の姿に重ね合わせればいいだろう・・・。しかし、このザ・ドリームズの大躍進に伴って、ジミーの人気は低下の一方・・・。
 黒人の魂の叫びの歌であるソウルのすばらしさは、レイ・チャールズで実証済み(?)だが、リズム感の良さやノリの良さは、ジミーの歌を聴いているとよくわかる。もちろん、ジミーはこれをすべて即興でやっているわけではなく、ちゃんとした楽譜にもとづくものがほとんどだろうが、即興のノリで歌ったり演奏したりのすばらしさは、黒人音楽特有のもの・・・?スーパースターの栄枯盛衰は世の習いだが、近時の日本では、浜崎あゆみの没落と倖田來未の躍進がその最たるもの・・・?

<ここにも、あそこにも男女の仲が・・・>
 この映画がはっきり描いているのが、華やかなショー・ビジネスの世界の裏でうごめく商品売り込み策謀の数々だが、それとともに男女の仲もかなりはっきりと描いている。前述のように、そもそもカーティスが商品(?)であるはずのエフィーに手を出すこと自体避けるべきだが、カーティスとエフィーの仲は早い段階から公然。ところが、リードボーカルをエフィーからディーナに切り替えるとカーティスが宣言した頃から、カーティスとディーナの仲が怪しくなっていったから、エフィーがスネたのはある意味当然。このように、仕事目的で結集している仲間の中に一部男女模様が絡んでくると、大体ロクなことはないのだが、この映画ではそれだけではなく、ジミーとローレルもいつしか恋仲に・・・。
 ところが、独身のカーティスと違ってジミーには妻がいたから、コトは面倒だった。妻との離婚手続を進めないまま、「日陰の身」の関係が以降10年近く続いたため、ある日遂にローレルが切れてしまうとともに、ジミーにも悲惨な結末が・・・。さらにあえて説明すれば、作曲家のC.C.ホワイト(キース・ロビンソン)も、エフィーが抜けた後、新たにザ・ドリームズに加わったミシェル・モリス(シャロン・リール)といい仲に・・・。このように、この映画にはここにも、あそこにも男女の仲が・・・。

<「ファミリー」の皮肉・・・>
 このミュージカル映画には『And I Am Telling You I’m Not Going』の他にもすばらしいナンバーが目白押しだが、ストーリーとの絡みで、その中の2曲だけ紹介したい。その1つは、何度も歌われる『Family』という曲。これはレインボー・レコード社の社長兼マネージャー兼プロデューサーの役割を果たしているカーティスを中心とし、ドリームガールズの3人娘とエフィーの兄でドリームガールズの曲づくりをすべて担当しているC.C.ホワイトらによって、トラブルが発生するたびに「俺たちはファミリーだろう」という思いを込めて歌われるバラードの名曲。たしかに、カーティスがレコード会社を立ち上げてドリームガールズを売り出し、希望をもって前進している時はファミリーの結束は固く、揺るぎのないものだった。しかし、もともとエフィーと公然の仲だったカーティスの目が、次第にディーナに向けられていることを知った時、エフィーとディーナとの間では、リードボーカルの座をめぐる確執のうえに、男をめぐる確執が加わることに・・・。こうなると、女は恐い・・・?たちまち、3人娘の仲に亀裂が・・・?
 さらに、カーティスが白人と黒人との融合を表に出し、楽曲がソウルからポップスへと軸足を移していくにつれて、「音楽とは自分の思いを表現するものだ」と考えている作曲家C.C.ホワイトと、「売れることが最優先だ」と考えているカーティスとの間の対立が次第に高まっていくことに・・・。
 前者の男女仲をめぐる人間関係の確執も、後者のあるべき音楽とは何かを求める価値観の相違による対立も、人間が集団として活動していれば必然的に起こってくる問題。そのうえ最後には、今やディーナを世界の大スターに育て上げ、ディーナのハリウッド進出の夢を描いているカーティスと、自分は一体何だったのかと悩むディーナとの間に、生き方をめぐる価値観の衝突さえも・・・。そんな中、あれほど結束を誇ったファミリーも崩壊していくことに・・・。

<『One Night Only』にみる著作権争いは・・・?>
 抜群の歌の実力を持ちながら、リードボーカルの座とカーティスという男の奪い合いに敗れて、エフィーがドリームガールズから去っていくについては、エフィーの兄C.C.ホワイトも同意していたもの。それは、彼の基準から見ても、明らかにエフィーのわがままぶりがひどすぎたから。しかし、C.C.ホワイトにとって、エフィーの歌の実力は今なお魅力的。曲づくりにおけるカーティスの路線との対立が明確になってくる中、C.C.ホワイトはエフィーへの思いが次第に強まり、遂にエフィーの復帰を実現させることに。エフィーが歌ったのは、彼が作曲した『One Night Only』という自信作だが、この曲は黒人局においてみるみるうちに急上昇・・・。そして、この曲をエフィーに歌わせるについてC.C.ホワイトは、当然カーティスとの縁を切ったうえと考えていた・・・。
 ところが、これは、嫉妬心を含めてカーティスにとっては、面白くないもの。そこで、凄腕のカーティスがとった戦略は、なおC.C.ホワイトがつくる楽曲の著作権はレインボー・レコード社にあることを最大限活用した陰険なもの。すなわち、何と同じ曲をディスコ風にアレンジして、ドリームガールズに歌わせたのだ。カーティスの思惑どおりこの曲は大ヒットしたが、そこまでエフィー叩きとC.C.ホワイト叩きをすることに反発したのが、カーティスの妻として今や世界の頂点に立っているディーナ。
 そこで、ディーナがカーティスに対して起こした反乱とは・・・?そして、その反乱に対するカーティスの対応は・・・?ここらあたりのスリルとサスペンスに富んだ攻防戦(?)は、単なるお楽しみミュージカル映画をはるかに超えたすばらしいもの・・・。

<サヨナラコンサートはちょっと不自然・・・?>
 この映画のストーリーはよくできているが、不自然な点が2つある。その第1は、エフィーの代役として、もともと事務員として雇ったはずのミシェルがすんなりと収まってしまうこと。「モーニング娘。」くらいの大人数ならともかく、キャンディーズと同じ3人娘であれば、メンバーの1人が抜けることは致命的なはず。ところが、ザ・ドリームズは突然メンバーが1人入れ替わっても全然人気が衰えないというのは、ちょっとヘン・・・?
 第2の不自然さは、サヨナラコンサートの場面。山口百恵、ピンク・レディー、キャンディーズ等々のサヨナラ公演は歴史に残る名シーンが多いが、この映画ではディーナがカーティスの家を出ていった時点で、「ファミリー」はバラバラとなってしまったから、サヨナラコンサートを開けるような状況ではないはず。しかし、それでは映画のラストとして収まりが悪いから、あえて感動的なサヨナラコンサート(といっても1曲だけ)を用意したが、それは映画の収め方としてはやむをえないかも・・・?
 ちなみに、最後にビックリするのが、「ザ・ドリームズは4人でした」という宣言をしたうえ、舞台にエフィーが登場してくること。これも現実にはありえない話だが、映画のフィナーレとしてはやむなし・・・?さらに、カーティスやエフィーそしてディーナの今後の方向性を暗示するのが、舞台に上がって歌い踊るエフィーを観客席からじっと見つめている一人娘マジックの姿を、カーティスがここではじめて発見すること。このマジックの父親は、一体ダレ・・・?そして、エフィーはなぜそれをひと言も話さなかったの・・・?
 ザ・ドリームズのサヨナラコンサートは最高の盛り上がりの中で終わりを迎えたが、カーティスやエフィーそしてディーナたち、それぞれのこれからの人生は・・・?
                               2007(平成19)年2月20日記