洋05−57

「キングダム・オブ・ヘブン」
           

                2005(平成17)年4月19日鑑賞<ナビオTOHOプレックス>

監督・製作:リドリー・スコット
主人公・十字軍の騎士 バリアン・オブ・イベリン/オーランド・ブルーム
主人公の父 ゴッドフリー・オブ・イベリン/リーアム・ニーソン
エルサレム王の妹 シビラ/エヴァ・グリーン
エルサレム王の軍事顧問 ティベリアス/ジェレミー・アイアンズ
聖職者 ザ・ホスピタラー/デヴィッド・シューリス
ギーの共謀者 ルノー・ド・シャティヨン/ブレンダン・グリーソン
シビラの夫 ギー・ド・リュジニャン/マートン・ソーカス
サラセンの指導者 サラディン/ハッサン・マスード
エルサレム王 ボードワン4世/エドワード・ノートン
20世紀フォックス映画配給・2005年・アメリカ映画・145分

<映画のタイトルと4つの誓い>
 この映画のタイトルである「キングダム・オブ・ヘブン」とは直訳すれば「天国の王国」。そして、この映画には再三「4つの誓い」が登場する。それは@恐れず、敵に立ち向かえ、A勇気を示せ、B死を恐れず、真実を語れ、C弱者を守り、正義に生きよ、というものだが、これはあまりにもハードルの高い誓い・・・?中世の騎士がみんなホントにこんな誓いをたてていたとは到底思えないが、この映画の主人公バリアン・オブ・イベリン(オーランド・ブルーム)だけは・・・?
 そうだからこそ、こんな「キングダム・オブ・ヘブン」というタイトルがつけられたわけだ。

<美形の主人公は?>
 映画の冒頭、鍛冶屋職人として黙々と働いている主人公バリアンの姿が登場するが、その表情はどこか悲しげ。このバリアンを演ずるオーランド・ブルームは、『ロード・オブ・ザ・リング』3部作(01年、02年、03年)でエルフ族の弓の名手レゴラス役を演じて一躍世界の注目を集め、その後『パイレーツ・オブ・カリビアン』(03年)、『トロイ』(04年)という大作に次々と出演しているが、1977年生まれとホントに若く、今後の活躍が注目される若手俳優の代表格。
 バリアンがこの時なぜ苦悩のどん底にあったのかは映画を観てのお楽しみに・・・。なお、キリスト教における「自殺」の意味(罪の深さ)についてもよく考えてみよう・・・。

<父と子の出会いはちょっと不自然・・・?>
 こんな最悪状態(?)のバリアンのもとを、数人の部下を率いて突然訪れてきたのが十字軍騎士のゴッドフリー・オブ・イベリン(リーアム・ニーソン)。ゴッドフリーはここでバリアンに対して突然、「俺はお前の父親だ」と名乗り、「聖地エルサレムに来い」と告げる。面白い導入部だが、突然そんなことを言われてバリアンはさぞ戸惑ったことだろう・・・。
 男同士の会話は、要点だけだからきわめてシンプル。短い話し合い(?)の結果、合意は不成立。そりゃそうだろう・・・。しかし、その後起こったハプニングによって・・・?

<エルサレム王の病は?>
 時代は12世紀、第2次及び第3次十字軍遠征の間のエルサレムには、束の間の平和が訪れていた。エルサレムを治めていたのは聡明なキリスト教徒の王、ボードワン4世(エドワード・ノートン)。そして彼を支えたのは軍事顧問のティベリアス(ジェレミー・アイアンズ)。
 他方、これと「敵対」するイスラム教徒(別名サラセン人)の国の指導者はサラディン(ハッサン・マスード)。サラディンは、キリスト教徒に対して軍事的脅威を与えつつエルサレムの平和を保つことがキリスト教徒、イスラム教徒双方の利益であることを理解する偉大なリーダーだった。そしてその点はボードワン4世も同じ。しかし不幸なことに、ボードワン4世はらい病(ハンセン病)に犯されており、余命いくばくもない身だった。

<紅一点の王女シビラはすごい美女だが・・・>
 ボードワン4世の妹で、今はギーに嫁いでいるものの、ゴッドフリーの死亡後父にかわってエルサレムに登場し、ボードワン4世に忠誠を尽くすバリアンに心惹かれたのが、この映画で紅一点のシビラ。このシビラを演ずるエヴァ・グリーンは1980年生まれだから、まだ25歳の美女。その彫りの深い顔はのっぺらぼうな顔だちの日本人(?)には到底太刀打ちできない美しさで、モデルに起用されているという話に十分納得!この映画は、十字軍騎士としてのバリアンの生き方がテーマだから、このシビラが「お飾り的存在」とされているのはやむをえないものの、少し残念。せめてバリアンとのラブシーンはもっと力を込めて描いてほしかったが・・・。また、シビラに惹かれたからといって、そんな「男女の気持」だけで動くことができないバリアンの気持の揺れや、バリアンへの想いを拒否されたシビラの反発など、心理的な悩みの面ももう少していねいに描いてほしかった気がするが・・・。

<狂気と強欲な十字軍の指導者は?>
 信仰を基盤にした組織である十字軍ともなると、狂信的な信者がいても不思議ではない。そして、そのリーダーが権力欲と領土欲をもつ場合、その信仰はより狂気と強欲性を増すことになる。そんな狂信的なリーダーがギー・ド・リュジニャン(マートン・ソーカス)。彼はボードワン4世の妹シビラを妻としていたから、ボードワン4世死亡後は、エルサレム王に就くことはほぼ確実・・・。また、オッサンのくせ(?)にやけに戦争好きで、いつもギーと行動をともにしているのがギーの共謀者のルノー・ド・シャティヨン(ブレンダン・グリーソン)。
 「神の栄光のためにイスラム教徒を討て!」といえば何でも正当化されるとすれば、それはかなり変な世界・・・?でも、この映画で観る限り、彼らがそれ以上の正当性を語っているとは思えないが・・・。

<私と日本刀>
 私は今から約20年前に大枚200万円を出して購入した、肥前国住陸奥守忠吉の名刀(?)1本(1振り)をもっている。これは日本刀を収集していた某社長が死亡した際に、その「形見分け」のような意味で1本購入したもの。夜1人静かに薄明かりの中、日本刀の手入れをしながら精神統一、という姿にもちょっと憧れたもの・・・。このように、ホントはちゃんと1カ月に1回手入れをしないとダメなのだが、忙しさにかまけてついつい放置・・・。
 日本刀についての解説本はたくさんあり、その道に入れば奥の深いものだが、私が知っている知識はちょっとした入り口だけ・・・。その程度の趣味でとどめておかなければ、いろいろとヤバイ・・・?

<刀あれこれ、格闘技あれこれ>
 日本の武士が使っている日本刀も、義経の時代と戦国時代では大きく違うが、それ以上に日本刀とヨーロッパの剣とは違う。つまり中世ヨーロッパの騎士がもつ剣は大きくて重いもの。そして、日本の剣術や剣道のような、技やテクニックで勝つというよりも、力まかせの腕力勝負・体力勝負の感が強い。これは中世ヨーロッパより前の、ギリシャ・ローマ時代でもイングランド周辺に君臨していたバイキングの時代でも同じ・・・?また、中国に始皇帝が登場した秦の時代や三国志の時代をみても同じだし、韓国映画『武士(MUSA)』(01年)を観ても同じだということがよくわかる。有名な「怪傑ゾロ」が軽快にさばく(?)フェンシングという華麗な格闘技(?)がヨーロッパに登場したのはずっと後・・・?とにかく、中世ヨーロッパの格闘技では重い剣で相手をねじり倒すというのがごく当然の原始的なやり方・・・。そしてまた、十字軍の騎士がもつ剣の柄は当然十字の形をしたもの・・・。

<迫力ある騎士たちの戦い>
 父子の「ご対面」を果たした後、「ゴッドフリー様ご一行」は追手からバリアンの引渡しを請求された。これはストーリーの展開上からすれば正当な要求だが、ゴッドフリーはそのモノの言い方が気に入らないことを理由にこれを拒否。その結果、「追手」と騎士団との間で壮絶な戦いが・・・。
 一流の騎士ともなると、さすが「文武両道」、いや文ではなく信、すなわち信仰と武道の両立は見事なもの。したがって、この騎士団たちの迫力ある戦いが前半のハイライトとなっている。もっとも、あの時代にも弓矢という飛び道具があるため、いくら格闘技に優れていてもやはり飛び道具には分が悪い。せっかく息子とめぐり合えたゴッドフリーは、この戦いの中矢に射られて重傷を負うことに。そして・・・?

<十字軍とは?>
 多くの日本人は十字軍という言葉は知っていても、その内容は全く知らない人が多いだろう。だって、自分の宗教や信仰のために他の宗教や信仰を叩くということは日本ではなかったことだから。ヨーロッパでこのようなことになったのは、ひと言でいえば、政治的・軍事的権力と宗教的権威が互いの利害で結びついたことによるもの。日本では一向宗(一向一揆)やキリシタン(踏み絵、島原の乱)のように、宗教や信仰が政治権力、軍事権力に対する抵抗勢力として存在することはあったが、政治・軍事権力と合体して他の宗教勢力と対決した例は1度もない・・・?
 中世ヨーロッパにおける十字軍の遠征は、1096〜1270年まで約200年の間に合計8回行われているが、これもひと言でいえば「聖地奪回」をスローガンにして、キリスト教徒がイスラム教徒を十字軍の名のもとに支配・征服しようとしたもの。十字軍の主力は、フランク王国(フランス)、神聖ローマ帝国(ドイツ)、イングランド王国(イギリス)などだったが、結局は特別な成果を挙げることなく終了・・・?

<この映画が描く時代は?>
 11世紀に入って中央アジアから起こったセルジューク・トルコは、急速に力をつけ、西への進攻を強めたため、神聖ローマ帝国と対立するようになった。そこで中部フランスのクレルモンで宗教会議が開かれ、聖地エルサレムを異教徒の手から取り戻すことが訴えられ、翌1096年に最初の十字軍が組織された。第1回十字軍によってキリスト教徒は聖地エルサレムを占領し、エルサレム王国が建国された。しかし1147年の第2回十字軍は失敗し、イスラム教徒(サラセン人)の指導者サラディンはセルジューク朝にかわってアイユーブ朝を開いてシリア、エジプトを支配下におき、このサラディンのもとに十字軍に対抗するシリア、エジプトのイスラム勢力が統一された。他方、エルサレム王国には聖地の守護を目的としてテンプル騎士団が組織されたが、サラディン率いるイスラム軍は強力だった。
 この映画は、そんな聖地エルサレムをめぐってキリスト教徒とイスラム教徒が対立する中で、束の間の平和が保たれていた時代を背景とした物語だ。

<聖地エルサレムとは?>
 言うまでもなく、エルサレムは十字架で磔にされたイエス・キリストが3日後に甦ったとされるキリスト教徒の聖地。またエルサレムは紀元前1,000年頃、ユダヤ人の王ダビデが聖所を置いていたためユダヤ教徒にとっても聖地。他方、イスラム教徒の聖地はメッカだが、イスラム教徒にとってもこのエルサレムは、イスラム教の開祖ムハンマドが6世紀に天使に導かれて礼拝を行った聖地とされている。このように、エルサレムはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教という3つの宗教の信者たちの巡礼の地とされていた聖地なのだ。

<束の間の平和の時代>
12世紀、束の間の平和が訪れていたここエルサレムも、後述の「ハッティンの戦い」によって十字軍が全滅したため、ついにイスラム軍の攻撃にさらされ、キリスト教徒は全員撤退させられることに・・・。もっとも、キリスト教徒たちが全員生命を保障されて出国することができたのは、バリアンがエルサレム市民を鼓舞激励して城塞に立てこもって奮闘したおかげ。映画では、ラストの場面で、新たにエルサレム奪回に赴くイングランド王として有名なリチャード獅子王率いる十字軍(第3回十字軍)の姿が登場する。このリチャード王はサラディンとの間で有利な休戦協定を結ぶものの、エルサレムの奪回は実現していない。そしてこの映画が描いたとおりの物語によって、キリスト教徒の聖地エルサレムは12世紀以降ずっとイスラム教徒の支配下におかれることになったわけだ。そしてそれは、第1次世界大戦が終了し、イギリスが1917年にエルサレムを占領するまで続いた。そして、第2次世界大戦後新たに建国されたイスラエルは、エルサレムの南西にあるガザ地区を中心として、今なおアラブ、パレスチナ諸国と抗争をくり返していることは周知の事実・・・。

<中学・高校時代の世界史のお勉強>
 私が松山で通った愛光中学・高校は男子ばかりの進学校だったし、私はもともと文系だったから、日本史、世界史、中国史は重点科目。とくに京大受験では中国史のウエイトが大きかったから、それは詳しくやったし、世界史も大好きだった。しかしそれだけ勉強しても、中世のフランスや神聖ローマ帝国などのキリスト教徒の国とエジプト、シリア方面のイスラム教徒の国との関係はわかりにくいもの。映画『アレキサンダー』(04年)がギリシャ時代の物語なら、『アラビアのロレンス』(62年)は第1次世界大戦の物語。そしてこの『キングダム・オブ・ヘブン』は12世紀の物語で、聖地エルサレムがそのポイントだが全体の地理的関係はすべて似たようなもの。中学・高校時代の世界史のお勉強は、結構これらの映画を理解するうえで役に立つもの。

<騎士とは?騎士道とは?>
 中世の騎士を描いた代表的な物語は、何といってもアーサー王の物語。そして最近の代表的な映画は『キング・アーサー』(04年)。騎士や騎士道は、日本の武士や武士道と忠誠心や武勇の点で共通する面がある。しかし、@武士は主君に対して絶対的忠誠を尽くすのに対して、ヨーロッパの騎士の主従関係は契約にもとづく任意のものであること、A日本の武士は戦いに敗れて捕虜になることを恥としたのに対し、ヨーロッパの騎士にはその感覚がないこと、等においては全く異なるもの。もっとも日本の武士道にも、新渡戸稲造の『武士道』によるイメージや東条英機の『戦陣訓』によるイメージなど多様なものがあり、「これが絶対!」というものは存在しないように思えるが・・・。

<「ハッティンの戦い」は、なぜかカラ振り>
 ボードワン4世死亡後、ギーは直ちに「イスラム教徒、打倒!」を叫んで軍を召集。そしてサラディンとの決戦に向かった。それを「ハッティンの戦い」ということは、この映画ではじめてわかったこと・・・。そしてその結果は・・・?エルサレムのまちから遠征したギー率いる十字軍は、途中で疲労困憊し、待ちかまえていたサラディンの軍に完膚なきまでにたたきのめされて全滅・・・。このようにこの「ハッティンの戦い」は、結構歴史的には有名でエポック・メイキングな戦い。すなわち、これによって以降エルサレムはイスラム教徒の支配下におかれたわけだ。
 しかし、なぜかこの戦いの様子はスクリーン上には登場しない。映画『アレキサンダー』(04年)における「ガウガメラの戦い」の迫力の再現を期待していた私にとっては、まさにカラ振り・・・。スクリーンで見せてくれたのは、疲れ果てて行進する戦い前の十字軍の姿と全滅して死屍累々状態となった戦い後の姿、そしてギーが処刑されるシーンなど。これは一体なぜなのだろうか・・・?

<圧倒的スペクタクルのエルサレム攻防戦!>
 中世ヨーロッパの都市はすべて石造りの城砦都市。ここが日本の都市とは全く異なるところ。そしてここエルサレムもこれと同じく、まち全体が石で固められた城塞となっている。したがってここを攻め落とすのは大変。そこで中世ヨーロッパでは、城攻めのためのさまざまな大道具、小道具が考案されていた。その攻防戦の大迫力をスクリーン上で見せてくれたのは、15世紀の百年戦争の時代における「ラ・ロック・キャッスルの攻防戦」を描いた『タイムライン』(03年)(『シネマルーム4』79頁参照)。それと同じように、この映画では、圧倒的な人数を動員してすばらしい迫力でその攻防戦を見せてくれる。これがこの映画最大の見モノ。

<新しいローマ法王は第265代>
 1978年からローマ法王を務めていたポーランド人のヨハネ・パウロ2世が去る4月2日(日本時間3日)に死亡した。その後継者選びは大変だったらしいが、26年半ぶりに行われた「コンクラーベ」と呼ばれる秘密選挙会議(?)によって、4月19日新たなローマ法王にドイツ人のヨゼフ・ラツィンガー枢機卿団長が選ばれ、ベネディクト16世となった。これによって世界のカトリック教会の信者11億人のトップが入れかわったわけだが、ドイツ人の法王は950年ぶりとのこと。そして何よりも驚いたのは、何とローマ法王はこのベネディクト16世で第265代目になるとのこと。私たち日本人にはヨーロッパの宗教についての知識が希薄だが、中世ヨーロッパの騎士と十字軍を描いたこの映画を観た4月19日に新ローマ法王が選任されたというのも1つのめぐり合わせ・・・。これを機会に大いに勉強しなければ・・・。
                              2005(平成17)年4月21日記