日04−3

「誰も知らない(Nobody knows)」         

           2004(平成16)年8月8日鑑賞<心斎橋パラダイススクエア>

監督・脚本・編集:是枝裕和
明/柳楽優弥
京子/北浦愛
茂/木村飛影
ゆき/清水萌々子
紗希/韓英恵
福島けい子/YOU
シネマカノン配給・2004年・日本映画・141分

<カンヌ映画祭最優秀男優賞で話題に>
 2004年5月、南フランスのカンヌで開かれた第57回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を獲得したのは、『誰も知らない』に主演した柳楽優弥君(14歳)。史上最年少での受賞という快挙に日本中が沸き立った。そんな話題性もあって、私が観た封切り後2日目の日曜日は満席状態。さてその出来は・・・?

<母親と4人の子どもたち>
 この映画の主人公は、優弥君演ずる12歳の長男明と、京子(北浦愛)、茂(木村飛影)、ゆき(清水萌々子)の4人の子供たち。この4人の子供たちの母親は福島けい子(YOU)だが、父親はそれぞれ違うというから、かなりイレギュラーな家族状況。
 4人の子供を産んだうえ、今それを一人で育てている母親と聞けば、一方で「たくましい女」というイメージもあるが、誰もが思うのは、「だらしない女」ということだろう。4人それぞれについて、結婚中に生まれた子供か、それとも未婚の母親なのかについては、映画は特に説明しない。ただ、「明のお父さんは羽田の空港で働いていたんだよ」という、ちょっとした母親の言葉があったり、母親が「蒸発」した後、明がお金を借りにいく場面で、離婚したゆきの父親が登場したりするだけ。また映画は、けい子が今4人の子供と一緒に生活するについて、離婚した夫から養育費をもらっているのかとか、けい子はどんな仕事をしており、いくらの収入を得ているのかというような現実的な問題は、ぼんやりとさせたままで特には示さず、4人の子供たちの生活に焦点をあてていく。

<学校に行かない子供たち>
 映画の冒頭はお引っ越しだが、そのやり方が何とも面白い。母一人子供4人の家族にアパートを貸すとなると、貸す側が用心するのは当然。けい子たちが引っ越しせざるをえなくなったのも、そんな事情があってのこと。したがって今回の引っ越しでは、けい子は、子供は明一人だけだとお隣さんに説明。そして何と、茂とゆきの2人は大型のトランクに入り込んでのお引っ越し。
 引っ越し1日目の夕食は出前のうどんと豪華だったが、そこでけい子が子供たちに語った、これからのわが家の「生活のルール」は、@大きな声で騒がない、Aベランダから外に出ないなど、現実的だが何とも悲しいルール・・・。
 ところで、明や京子の学校は?と当然考えさせられたが、どうも2人とも学校には行ってない様子・・・。さらに、弁護士の私としては、住民票は?戸籍は?と考えたが、後でパンフレットを読むと、実は・・・?

<それでも、幸せな家庭生活・・・>
 引っ越してからしばらくの間、母親と子供たち家族5人は、ルールを守り、助け合いながら幸せな家庭生活を営んでいた。けい子は、仕事からの帰りが時々遅くなるものの、子供たちへの優しさは十分に持っている。明は、毎日の買い物や食事の準備そして家計簿(?)つけや国語の自習。また、京子は洗濯、片づけ、茂とゆきの世話などに忙しい毎日。もちろん明も京子も学校に行きたいと思っている。ある時それを訴えた京子に対して、けい子は明るく、「学校なんか行っても仕方ないでしょう」と答えるが・・・?
 こんな問題点を抱えながらも、奇妙な5人家族の共同生活は順調だったが・・・。

<けい子はやっぱり女・・・?>
 この映画の大きなポイントは母親けい子のパーソナリティー。本来なら「髪をふり乱して」「必死になって」あるいは「子供たちに当たり散らしながら」というイメージだが、映画の中のけい子は全く違う。第一に、この母親はすごい美人。浅野温子によく似た顔立ちのYOUはすごく魅力的!これでは周りの男も放っておかないはずだから・・・?また、けい子は子供たちに対してすごく優しいうえ、対等の視線でつきあっている。したがって、話し言葉も「母親言葉」ではなく、「友達言葉」。もっとも、誰かさんにタクシーで送ってもらって夜遅く帰ってくることもあったから、ひょっとして夜の仕事あるいは付き合っている男性も・・・?このように思っていたら、案の定けい子が明に告げたのは、「今、好きな人がいるの」ということ。これに対する明の反応が面白く、「また始まったの?今度は大丈夫?」というもの。いくら子供でも明ぐらいの歳になればしっかりしたものだ。ところが、そんな「告白」があった後、20万円の現金と「お母さんはしばらく留守にします。京子、茂、ゆきをよろしくね」という明宛のメモを残して、けい子の姿がアパートから消えてしまった。さあ明たちはこれからどうするのか・・・?

<涙ぐましい明の奮闘>
 
けい子はその1カ月後にいったん戻ってきたものの、今度は冬物の服をカバンにいっぱい詰めて再び出て行ってしまった。「クリスマスには絶対に戻ってくる」と言っていたが・・・。
 明は、母親の蒸発後、「一家の長」として獅子奮迅の働き。しかしけい子からの仕送りが途絶えると、12歳の子供にはどうしようもないことに。いつも行っているスーパーのお姉さんからは、「警察か福祉事務所に相談したら」とのアドバイスを受けるが、「そんなことをすると、兄妹みんなが一緒に暮らすことができなくなるから」と明は回答。12歳ではバイトに雇ってもらうこともできず、お金が尽きた明たちのアパートは、ついに電気や水道が止められることに・・・。それでも明たちは、公園の水を汲み、スーパーの店員から賞味期限切れで廃棄されるおにぎりなどを回してもらうという涙ぐましい奮闘を続けた。
 最初は、よく頑張っているなと感心しながら明の奮闘ぶりを見ていたが、次第にボロボロの服になり、兄妹ゲンカが始まり、遂には末の妹のゆきがイスから落ちて倒れてしまう事態になると、少しずつ悲しみが込み上げてきて・・・。

<紗希の登場>
 こんな子供たち4人だけの奇妙な生活は、この映画のタイトル通り「誰も知らない」もの。もっとも、4人が公園で水を汲み洗濯をしている時、その公園のベンチには、いつも一人寂しく腰かけている制服姿の少女紗希(韓英恵)がいた。赤いスカーフを巻いているから、多分朝鮮人として差別をうけ、いじめられているため学校に行っていないのだろう。そんな紗希は、弱いもの同士の絆(?)によって、明やその弟妹たちと仲良くなった。そして最後のシーンでは、この紗希は、明と共に死んだ妹の死体をトランクに詰めて、飛行場近くまで運び、これを土の中に埋めるところまでつき合うことに・・・。

<万引きや援交(?)は悪い・・・?>
 物語の途中、明がスーパーにたむろしている中学生たちと知り合い、一時彼らとお友達になるシーンが登場する。彼らは普通に中学校に通う生徒だが、少しワルで、万引きの常習犯のよう。しかしこんな友達でも、始めてできた同世代の友達を大切に思う明は彼らを家の中に招くが、彼らはここをたまり場としてゲーム遊びをするばかり。だから明は少しずつ京子たち弟妹と対立することに。すると4人家族は、明という「求心力」を失ってバラバラとなり、部屋の中も荒れ放題に・・・。しかし明はエライ。友達たちから万引きを強要させられると、断固それを拒否!えらいものだ。しかしそんな明も、妹のゆきが倒れ薬を買うお金もない中、ついにスーパーの中で熱冷ましの薬に手をかけて周囲の様子をうかがった・・・。
 こんな「万引き」を、大人たちは、そして弁護士の私はどのように評価したらいいのだろうか。「万引きは悪いことなんだ」などという、通り一遍の言葉はいかにも白々しく、説得力がないことは当然。とてもそんなことを口にすることはできない、というのが正直な気持だ。
 他方、電気を止められて困っている明たちを助けるため、紗希は携帯電話の出会い系サイトで連絡をとった男とカラオケ店での「デート」。そして、これで稼いだ1万円を明に渡そうとしたが、明はそのお金の受け取りを断固拒否!紗希の、「カラオケに行っただけだよ!」との説明にも耳をかさない始末。しかし、紗希のこんな形でのお金の稼ぎ方を、一体誰が非難出来るだろうか?

<この映画のモチーフは現実の事件>
 この映画は、1988(昭和63)年に現実に発生した「西巣鴨子供4人置き去り事件」をモチーフにしたもの。パンフレットにある是枝裕和監督の「演出ノート」によれば、この事件は、次のようなもの。
 すなわち父親の違う4人の兄妹を残し、母親は新しい恋人と暮らすために、アパートを出る。子供たちは誰も出生届が出されておらず(つまり法律的には彼らは存在していない)、学校へも行ったことがなかった。彼らは、時折母から送られてくる現金書留を頼りに、アパートの一室で半年にわたって生活を続けていく。
 この事件は、逮捕された当時14歳の少年に対して刑事罰を問うことが出来ず、また少年による折檻死そのものも否定されたとのことだが、この事件の中に登場する、新しい恋人と失踪した母親、妹の死亡(折檻死?)、戸籍のない子供たち等のテーマが是枝監督の頭の中で構想され、この映画の完成に結びついたわけだ。
 またその演出ノートによれば、何よりも大変だったのは、優弥君を始めとする子役選び。オーディションで、演技力の達者な子供たちを選んだのは、監督以下のスタッフの力量によるものだが、私がいかにもピッタリの配役だと感心したのは、けい子役のYOUと、紗希役の韓英恵。この二人のキャラクターが、この映画の悲しいストーリーと結末をより深く訴えかけている。

<カンヌ国際映画祭審査官の鑑賞眼に拍手>
 この映画での優弥君の演技には確かに感心させられる。もっとも、それは特にセリフ回しの工夫をしているとか、いい表情をつくりだしているとかそういうレベルではなく、私にはただまっすぐひたむきになっていると思われるほど明役になりきっているのがいい。こんな優弥君に対して、最優秀男優賞を与えた審査員たちの鑑賞眼に拍手を送りたい。もっともこの審査員たちが、この映画のモチーフとなった事件や、その事件が社会に与えた衝撃、そして是枝監督が持った問題意識についてどこまで理解できていたのかは疑問。多分彼らの多くはそういう背景事情は知らないまま、優弥君のひたむきでみずみずしい演技に票を投じたのではないかと思う。作品賞ではなく、男優賞だからそれでいいのだろうが、私としてはせっかくならついでに最優秀作品賞も与えて欲しかったと思うのだが・・・。
                                2004(平成16)年8月11日記