「聖なる嘘つき その名はジェイコブ」     
                            1999(平成11)年12月29日鑑賞
(ピーター・カソヴィッツ監督/ロビン・ウィリアムズ/アラン・アーキン/ボブ・バラバン)

<生きる希望−情報>
 これは、ナチスドイツの占領下にあったポーランドのある町の、ユダヤ人居住区、すなわち「ゲットー」での物語。そして、そのテーマは「情報」。
 すなわち、ゲットーの住人ジェイコブ(ロビン・ウィリアムズ)が、偶然1台のラジオから流れてきた臨時ニュースで聞いた、「ソ連軍(解放軍)がわずか400km先の町、ベザニカまで侵攻している」、という「情報」である。これは並の「情報」ではない。ナチスによって外部との連絡を絶たれ、一切の情報から隔離されているゲットー内の住民にとっては、将来への希望をもてないことが、最大の不幸であった。だから逆に、ソ連軍がポーランドまで侵攻して、ナチスと戦っているという「情報」を得ることは、とりもなおさず、自分たちが解放されるかもしれないという希望をもてることを意味する。つまり、「ソ連軍の侵攻」という「情報」は、ゲットーの住民にとっては、生きる希望に直結する、何より貴重な情報なのである。この映画は、この「情報」をテーマとして、「人間が生きるとはどういうことか」、という最も根源的なテーマを描いている。

 偶然、当直士官の執務室でつけっぱなしになっていたラジオから、ソ連軍侵攻の情報を聞いたジェイコブは、希望を失った床屋の友人の自殺を思いとどまらせるために、やむを得ず、情報源を隠したまま、この情報を伝えた。さらに、友人の元ボクサーが、早まってバカなマネをしないためにも、やむを得ず、この情報を伝えた。もちろん、「絶対に秘密だぞ!」と厳命したうえで・・・。
 しかし、人々に希望をもたらすこの「情報」は、口から口へとまたたく間に伝わっていった。「ジェイコブが密かに隠し持っているラジオで聞いた、確かな情報だ」との噂とともに・・・。
 以降、ジェイコブには「何か新しい情報はないか?」「ロシア軍はどこまで進んできたか?」など、次々と質問が浴びせられる。そこで、ジェイコブはやむを得ず、人々に希望を与える情報─「聖なる嘘」─を伝えていく。
 ゲットーの住人は、次第に希望と勇気をもち始め、ゲットーの中での抵抗組織を結成し、ジェイコブをそのリーダーに選ぶ。

 しかし、コトはそううまくは進まない。その集会の場に現れたのは、ナチスの悪名高き「ゲシュタポ」(秘密警察)だった。「ゲットー内の誰かが、ラジオを隠し持っている」との情報を聞きつけたナチスは、直ちにラジオの捜索に入る。しかし、ラジオは容易に見つからない。もちろん、もともと存在しないのだから見つかるはずもない。
 業を煮やしたナチスは、人質10名を選出する。そして、「ラジオの持ち主が出頭しなければ、全員射殺する」と、恫喝する。やむを得ず、ジェイコブは出頭することを決意するが、その時既にロシア軍は、このゲットーのすぐ近くまで進攻していた。しかしもちろん、ジェイコブたちはこれを知らない。捕らえられたジェイコブは、司令官から「実はラジオなど持ってなかった」「ロシア軍が近くまで来ているなどというのは、偽の情報だった」と、全住民に告白するよう、強要される。

<聖なる嘘の値打ち>
 ラジオなど持っていなかったのは嘘ではなく、真実だ。しかし、偶然に得た「ロシア軍侵攻」というニュースが、どれほどゲットーの住人に希望を与えたか、そしてそれに続くジェイコブの「聖なる嘘」が、いかに人々に生き甲斐を与え、ドイツ軍に抵抗しようという勇気を与えたか・・・。 
 不安げにジェイコブの言葉を待ち、じっとジェイコブを見つめるゲットーの住人たちに対して、希望を失わせるようなことは絶対に言えない・・・。ナチスの恫喝にもかかわらず、じっと、微笑むジェイコブ。しびれを切らしたナチスは、ついに銃の引き金を引いた。しかしこれにより、住人は、ジェイコブの「情報」は嘘ではなかったと確信したのである。ジェイコブは、住人に向かって、「ナチスと戦え!」などと、大演説はぶたなかったが、彼がゲットーの人々に与えた「情報」=「聖なる嘘」は、まぎれもなく、人々に夢と希望と勇気を与えたのだ。

 この作品を観て、泣かない人はまずいないだろう。私も、途中から涙が出てとまらなかった。何回も何回も、ハンカチで顔をぬぐったものだ。ジェイコブを演じるロビン・ウィリアムズの名演技、またゲットー内の彼の友人たちの名演技は、本当に素晴らしいの一言。時には笑いを誘うシーンも入っているが、とにかく全編を通じて「聖なる嘘」の「情報」が、いかに人々に夢と希望を与えるか、このことを、ものすごい説得力をもって観客に伝えてくる。
 また、この映画の隠し味となっているのが、1人ぼっちの10歳の少女リーナ。ジェイコブはリーナにも、「元気になったら、ラジオを聞かせる。電気が戻ったら・・・」と「聖なる嘘」をついていた。もっとも途中から、リーナもすべてを理解していたが・・・。

 この作品は、メジャーの映画館ではなく、ミニシアター系の映画館で上映された。しかし、こんな作品こそ、長期ロードショーで多くの人達に観てもらいたい。そして、泣いてもらいたいと思う。人間が生きていくためには、夢のある情報がいかに大切か・・・。このことを本当に実感することのできる、「超お薦め」作品である。
                                     2001(平成13)年9月記