洋画04年NO13

「シービスケット(SEABISCUIT)」

                     2004(平成16)年2月8日鑑賞<敷島シネポップ>
監督・製作・脚色:ゲイリー・ロス               
ジョニー・”レッド”・ポラード/トビー・マグワイア
チャールズ・ハワード/ジェフ・ブリッジス
トム・スミス/クリス・クーパー
UIP配給・2003年・アメリカ映画・141分

<予想通りの感動作>
 この『シービスケット』の大阪での公開は2004年1月末からだったが、公開前から前評判は非常に高かった作品。そして、2004年1月27日に発表されたアカデミー賞のノミネートで、この『シービスケット』は、優秀作品賞、優秀脚色賞、優秀編集賞、優秀撮影賞、優秀美術賞、優秀衣装デザイン賞、優秀音響賞の7部門にノミネートされた。
 そんな状況下で、私は2月8日にこれを観たが、予想通りの感動作。あらかじめパンフレットを十分読んでいたのでストーリーは十分頭に入っており、「なるほど、なるほど」という感じで観ていたが、ハイライトの競争シーンでは興奮し、トップでゴールインすると思わず、目がウルウルしてしまうから不思議。でも映画の感動とはそういうものだろう。
 普通は、教訓めいた字幕がスクリーンに現われたり、自分の感動の気持を上塗りするようなナレーションが流れると、「わかっているから、もういいヨ」という気持になるものだが、この映画に限ってはそれがない。将来に向かって希望を持って生きることの大切さや、この『シービスケット』という傷ついた馬と大恐慌の中で傷ついた3人の男たちがアメリカの人々に夢と希望を与えたことを、かけ値なしに教えてくれる名作だ。

<時代背景その1ーアメリカでは?>
 1929年10月24日のアメリカのウォール街での株の大暴落は有名だが、その時のアメリカ大統領は、その年に第31代大統領に就任したフーバー。彼は好況にわく1929年、「どの鍋にも鶏一羽を、どのガレージにも車二台を!」のスローガンを掲げて当選し、「未来は希望に輝いている」と大統領就任演説で述べたが、そのわずか半年後に金融恐慌が始まったわけだ。フーバー大統領は経済の自力回復を信じ、政府の不介入策をとったが、1930年代に入ってもアメリカの経済状況は回復しないばかりか次第に悪化し、泥沼化していった。企業の倒産、銀行の閉鎖が相次ぎ、失業率の拡大は何と25%まで進んだ。
 他方、1920年から施行されたアメリカの「禁酒法」は、アイルランド移民の増大、プロテスタントとカトリックの対立などの社会背景の下、それまでは単なる道徳的問題とされていた過度の飲酒が社会問題とされた結果だが、当然「ザル法」となり、十分機能しなかった。そればかりか、密造酒が大量につくられて「もぐり酒屋」に提供されたし、その橋渡しをしたギャングたちの「活躍」の場が広がることになった。この時代の、イタリア移民を中心としたギャングたちの活躍は、あの名作『ゴッドファーザー』(72年)を観ればよくわかる。1932年の大統領選挙では、「ニューディール政策」を掲げた、フランクリン・D・ルーズベルトが選ばれ、従来とは180度異なる政策の下で、強力な経済再建にのり出した。

<時代背景その2ー日本では?>
 ちなみに、1930年代のアメリカの経済不況、大恐慌は全世界に波及し、日本にも「昭和恐慌」という深刻な影響を及ぼした。その上、1931年の日本の東北・北海道地方での冷害、凶作は農村を壊滅的状態に陥し入れることになり、農村では娘の身売りが大きな社会問題となった。このような混沌とした社会状況は、軍部急進派によるテロや国家改造運動を生み、1931年9月18日の「柳条湖事件」(満州事変)、1932年の「5・15事件」、1936年の「2・26事件」を経て、1937年の「日中戦争」へと進んでいくことになった。

<大恐慌を乗りこえた本当の力は?>
 経済学的には、1930年代のアメリカの大恐慌は、ルーズベルト大統領のニューディール政策によって克服されたと言われている。しかしこの映画は、それを否定はしないものの、「長い不況を追い払ったのは、公共事業の力ではなく、目に見えない力」だったと語らせている。つまり、人々に夢と希望を与えた「シービスケット」の活躍と、これを支えた3人の男たちの挫折からの復活への物語こそが、アメリカを立ち直らせたという主張だ。
 1頭の競走馬の出現が、人々に夢と希望を与えることはよくあること。たとえば、日本に1973年突如出現した「ハイセイコー」は、オイルショックの時代、ややもすれば伏し目になりがちな日本国民に勇気と希望を与えたものだ。
 そして今人気の競走馬「ハルウララ」は、連戦連敗ながらも大人気。これはきっとこの馬が、貧しい人たち、弱い人たちの希望の星となっているからだろう。

<原作は?>
 この映画の原作は、『シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説』(ローラ・ヒレンブランド著・ソニー・マガジンズ)という本。436万部を超えるベストセラーとなったノンフィクションとのことだ。私はもちろんこの原作を読んでいないが、1頭の傷ついたシービスケットという馬の復活と、アメリカの大恐慌時代の中で、それぞれの人生に大きな傷を負った3人の男たちの復活がなし遂げられていく姿を感動的に描いているのだろうと思う。しかし原作を読まなくても、多くの人々の心を打つ作品に仕上がっているこの映画を観れば、その感動は十分だ。

<3人の失意の男たち>
 シービスケットを中心に集まる失意の中にある3人の男たちのキャラは次のとおり。
 まず。第1は、馬主となる大富豪のハワード(ジェフ・ブリッジス)。世紀の大発明である自動車にいち早く目をつけて、その事業をおこすことによって大富豪となったハワードも、大恐慌時代の中、事業の危機に陥った。そしてそれに追いうちをかけるかのように、交通事故で息子を失ったうえ、妻も彼の元を去っていき、失意のどん底に。
 第2は、シービスケットのジョッキーとなる通称レッドこと、ジョニー・ポラード(トビー・マグワイア)。少年の頃から乗馬の才能を認められたポラードも、親の失業によって、食っていくことさえできなくなり、やむなく草競馬のオーナーに身柄を預けられて成長。しかし、レースの合間に賭けボクシングのボクサーをやるような荒んだ生活の中、彼はその右目が不自由に。ふんだりけったりの状況だ。
 第3は、シービスケットの競走馬としての才能を見出したカウボーイのトム(クリス・クーパー)。自動車時代にとって変わられた今、馬を扱う仕事などは細々と食いつなぐだけのもの。そんなトムは、調教師として各地を転々とするだけの毎日だった。

<3人の力の結集が夢と希望の実現へ>
 こんな3人がシービスケットを中心にして結集し、これを競走馬として育てていくことに夢を賭けた。そして始まる夢と希望、そして栄光への日々。3人の役者の見事な演技には感心させられるが、私は特にハワードの重厚な演技に感激。失敗はつきものだが、その失敗のたびにそれを次のステップに転換していく大きな心。そして、シービスケットの最大の強敵である、東部の名馬「ウォーアドミラル」とのマッチレースの提案という大バクチをうつ度胸。危険を背負いこむことを覚悟した上で、将来の夢と希望に向けて大バクチをうつハワードの姿とそのプレゼンテーションの見事さには、大事業家としての風格と魅力がタップリだ。このハワードが3人の男たちの軸となっていたからこそ、シービスケットのサクセスストーリーが現実のものになったわけだ。もちろん、ポラードとトムもそれぞれに男臭く、魅力的。本当にいい役者をそろえたものだ。

<日本の構造改革と小泉改革の行方は?>
 今から3年弱前の2001年4月、「聖域なき構造改革」を掲げた小泉内閣が発足したが、道路公団民営化問題をはじめとする構造改革路線には、今や少し赤信号がついた感じが否定できない。そして、経済不況とデフレ経済からの脱却は・・・?今、デジタル家電や薄型テレビなどの製造業を中心とした大企業の一部は、景気をもち直したと言われている。しかしなお、失業者は多く、銀行の中小企業への貸し渋りは深刻だし、多くの日本国民が日本という国の未来に希望を持てず、また自分たちの将来に夢を描けない状況は深刻だ。しかしそれではダメ。この映画が教えてくれるように、閉塞状況にある現在の日本国や日本人を立ち直らせるものは、国の政策でもなければ公共事業でもない。私たち国民一人一人が将来に夢と希望を持ち、そのための行動に勇気をもって立ちあがることなのだ。この映画を観た多くの人たちが、1人でも多くそのように前向きに考えていけば、この国は変わるのではないか、そのような思いを強くしたことを記しておきたい。

<アカデミー賞の行方は?>
 2004年度第76回アカデミー賞の発表は2月29日。今年はこの『シービスケット』の他にも、『ミスティック・リバー』(6部門)、『マスター・アンド・コマンダー』(10部門)、『コールドマウンテン』(6部門)、『ロード・オブ・ザ・リングー王の帰還ー』(11部門)等、優れた作品が数多く、目が離せない。その行方を注目したいものだ。
                                 2004(平成16)年2月10日記