洋画03年NO97

「初恋のきた道」(我的父親母親/The Road Home)

                            2003(平成15)年11月29日鑑賞
(張藝謀(チャン・イーモウ)監督/章子怡(チャン・ツィイー)/孫紅蕾(スン・ホンレイ)/チョン・ハオ/チャオ・ユエリン)(配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント)(2000年/中米合作映画/88分)

<しあわせ三部作の第2弾>
 この『初恋のきた道』は、後に日本で「しあわせ三部作」とネーミングされた張藝謀(チャン・イーモウ)監督の『あの子を探して』に続く第2弾(第3弾は『至福のとき』)。『あの子を探して』はヴェネチア国際映画祭で、『秋菊の物語』に続いて2度目の金獅子賞(グランプリ)に輝いたが、この『初恋のきた道』は、第50回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した。

<すばらしいヒロインの発掘>
 この映画のヒロイン、チャオ・ディを演ずるのは19才で本作の主役に抜擢されてデビューした章子怡(チャン・ツィイー)。「第2の鞏俐(コン・リー)」として世界の注目を集め、本作の後、直ちに李安(アン・リー)監督の大作『グリーンデスティニー』(00年)で周潤発(チョウ・ユンファ)、楊紫(王京)(ミシェル・ヨー)、張震(チャン・チェン)らと共演して大ブレイク。
 2003年の『HERO(英雄)』では、残剣(梁朝偉/トニー・レオン)を想う侍女、如月として、残剣の恋人の飛雪(張曼玉/マギーチャン)と女同士の美しい決闘シーンを演じ、トロント批評家協会賞の助演女優賞、シカゴ映画批評家協会賞の新人女優賞、MTVムービー・アワードの格闘シーン賞を受賞した。また、米「People」誌の「世の中で最も美しい50人」の内の1人に選ばれるなど、ホントに世界一美しいのではないかと思うほどの超美人。日本では今、「アジアンビューティ」と呼ばれて「花王」のコマーシャルでも大活躍だ。

<邦題のつけ方は絶妙>
 『至福のとき』という邦題も絶妙だったが、この『初恋のきた道』という邦題も絶妙。中国の原題は『我的父親母親』だから、「私のお父さん、お母さん」という素朴なもので、言ってみれば息子のユーシェンの目から見たタイトル。しかし、『初恋のきた道』は、若き日の美しいヒロインの目から見たタイトルで、すごくオシャレ。私は中国語のタイトルよりも、そしてまた英題の『The Road Home』よりもこの方がずっと好きだ。

<現在と回想録の2ウェイ>
 物語は父の急死の知らせを受けたルオ・ユーシェン(孫紅蕾/スン・ホンレイ)が、その故郷である中国華北部の小さな山村、三合屯(サンヘチュン)へ帰郷するところからスタートする。老いた母は悲嘆にくれるばかり。そして遺体は町の病院に安置されたまま。遺体を担いで帰る昔ながらの葬式をあげようにも、村は老人と子供ばかりで、遺体の担ぎ手がいない。母はまた、棺にかける布も自分が織ると言い張った。そんな母の姿を見つめる中、ユーシェンはふと一枚の写真に目がとまった。結婚直後の若き日の父と母が並んだ写真。母は赤い服を着ている。さあ、ここから村の語り草ともなった、若き日の父と母の恋愛物語のスタートだ。

<若い先生の赴任>
 華北の田舎村に都会から若いチャンユー先生(若き日の父)がやってくることになった。さあ、学校を建てなければならない!村あげての大騒動だ。
 ヒロインのディは、目の見えない母親と2人暮らし。女たちは、井戸から水を汲んだり、学校を建てる作業に従事する村の男たちやチャンユー先生の食事を用意するなどの「裏方」仕事。若いチャンユー先生の食事づくりも各家庭の持ち回り仕事だ。しかしディは、先生に食べてもらえるかもしれない食事をつくってあげることが楽しくて仕方がない。なにしろ村に入ってきた先生を一目見た時から、俗に言えば「一目惚れ」してしまったのだから・・・。

<恋をゲットした「待ち伏せ作戦」>
 ディがチャンユー先生を見る目は明らかに違っている。ディの母親は直観的にそれを覚ったが、「身分違いの恋」は実るはずがなく、悲しくなるだけ。だから母親は「諦めなさい!」と言ったが、そう簡単に諦めることができれば苦労はしないし、初恋の苦しさや美しさも成り立たない。ディは、チャンユー先生との恋をゲットするため、遠くに住む子供たちを送っていく先生の「待ち伏せ作戦(?)」に出た。
 そして、若い男女の気持ちは自然に通じ合うもの。ディの住む村とチャンユー先生がやってきた都会を結ぶ何の変哲もない道が、2人を結びつける、まさに「初恋のきた道」となっていったのだ。

<彼女がつくる「きのこ餃子」の味は・・・>
 中国映画には餃子がつきもの。
 はじめてディの家を訪れて食事を済ませたチャンユー先生に、ディは、「餃子は好きか?」と聞いた。そしてチャンユー先生がうなづくと、「必ず食べに来てね!」と。しかしチャンユー先生は彼女が心をこめてつくった「きのこ餃子」を食べることができなかった。
 この映画で設定された1958年という時代は、まだ文化大革命の嵐は吹き荒れていなかったものの、どうもチャンユー先生は「右派」らしい・・・?この時代の中国では、やはりそんな生臭い政治的な話から逃げられない・・・。
 そんなトラブルの中、チャンユー先生は都会へ呼び戻されてしまったのだった。餃子を食べてもらおうと、懸命に走ってチャンユー先生の乗った馬車を追いかけるディ。しかし、つまづき転んでしまったディの手から、器は落ちて無惨にも割れてしまい、餃子もまたバラバラに飛び散ってしまった。
 そのうえ、チャンユー先生が「赤い服に似合うから・・・」と言ってプレゼントしてくれた大事な「髪止め」までも・・・。これを何日もかかって必死になって捜すディ。
 この主人公の姿は何ともいじらしく、これを見ているだけで自然に涙があふれてきてしまう。

<モノクロとカラーの併用はお見事>
 父の死を聞いて、ユーシェンが村へ帰り、母親や村長と話をする場面はモノクロ映像。しかしディとチャンユー先生との初恋のストーリーが始まると、スクリーンは突然美しいカラー映像に。
 そして、張藝謀監督の他の作品と同様、この映画でも印象的な色は赤。貧しい山村の娘だから服をたくさん持っているわけではないが、ヒロインのディが着る綿入れのような服はピンクや赤だし、首に巻くスカーフは真っ赤。赤は張藝謀監督が使う最も特徴的な色であり、中国そのものの色。そしてその赤が、この美少女のディを演ずる章子怡(チャン・ツィイー)には実によく似合っており、忘れることができない。
 「2人がついに再会を果たした日、母は父の好きな赤い服を着て、道で待っていた。以来、父は母の側を離れなかった。これが父母の物語だ。2人は、この道で出会い、愛し合った」というナレーションが流れる中、2人の初恋の物語が終わると、スクリーンは再び現実の世界に。そしてまたカラーからモノクロの映像に逆戻りだ。

<父のお墓は学校が見える井戸の側に>
 亡き父を町から村まで担いで戻るという昔ながらの葬式は、父の教え子たちが大勢集まってやってくれた。そして父が生命をかけて実現しようとした学校の建替え計画もやっと現実に。父親の葬式を終えたユーシェンはいよいよ都会へ戻らなければならない。
 「一緒に行こう」と母に呼びかけても、母は「お父さんと一緒に」というだけ。そして父親のお墓は、水道が敷かれた今はもう使われていない昔水を汲んだ井戸の側に建てられた。ディがチャンユー先生の姿を見るため、そしてチャンユー先生の美しい朗読の声を聞くために通った井戸だ。この井戸からは学校がよく見える。亡き父もここならきっと安心だろう。

<昔と今がダブる美しいラストシーン>
 そして、今日はユーシェンが都会へ出発する日。この日ユーシェンははじめて古い学校の教壇に立ち、父がはじめてこの教壇に立った時に読んだ文章と同じ文章を子供たちに朗読した。わずか1時間だけの授業だが、実はそれが父の希望であり、母の願いだった。
 そして、いつしかその姿はユーシェンから若き日の父の姿に。そしてこれを見守る母の姿も、また母からディに・・・。教壇に立つ父とチャンユーそして学校の側でこの姿を見守り朗読を聞く母とディの姿が、モノクロ画面とカラー画面でダブりながら交差する張藝謀監督らしい印象的なラストシーンだ。
 そして本当のエンディングは、子供たちと一緒に楽しそうに歩いていくチャンユーとこれを追って走って行くディの回想シーン。美少女の顔をスクリーンで見ながら、感動の涙の中で迎えるこのエンディングは最高だ。
                              2003(平成15)年11月29日記